表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約を外された私は、敵国公爵に拾われました  ―役目を失った令嬢の、静かな逆転劇―  作者: 月岡紬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/30

第28話 それでも、選ばない

翌日の会合は、前日よりも短かった。


条件のすり合わせは順調に進み、残る論点は細部だけだ。互いに譲るべき場所と、譲らない場所が明確になったことで、空気に無駄な緊張はなかった。


セラは資料を確認しながら、静かに思っていた。


――終わる。


この交渉も、

そして、この距離も。


休憩に入ったとき、商会代表が声をかけてきた。


「帝国側から、個別に話があるそうだ」


視線の先に、エルヴィスが立っている。昨日と同じ、曖昧な距離。だが、今日は彼の方から歩み寄ってきた。


「業務の続きだろうか」


セラがそう言うと、エルヴィスは首を振った。


「別件だ」


二人は建物の奥、小さな応接室へ通された。扉が閉まる。今度は、明確に二人きりだった。


「先に言っておく」


エルヴィスが口を開く。


「これは命令でも、要請でもない」


セラは黙って頷いた。


「帝国に戻らないか」


唐突だが、回りくどさはなかった。


「正式な地位を用意する。政務補佐としてだ。

中立都市での経験も、評価されている」


条件は悪くない。

いや、むしろ破格だ。


「生活の保証もする。安全も、名も」


名、という言葉に、胸が一瞬だけ反応する。


――呼ばれる名前。

与えられる立場。


かつて、喉から手が出るほど欲しかったもの。


「……なぜ、私に」


セラは、静かに問い返した。


「能力がある」


即答。


「そして、今の君は、帝国にとっても有益だ」


感情は混じっていない。

だが、昨日までとは違う重みがあった。


セラは、視線を落とした。


頭の中で、二つの風景が重なる。


帝国公爵邸の執務室。

与えられた机。

役割を果たす安堵。


そして、

中立都市の雑踏。

名もなき契約。

自分で立った場所。


「……お断りします」


答えは、迷いなく口をついて出た。


エルヴィスの目が、わずかに見開かれる。


「理由は」


「戻れば、私はまた“居場所を与えられる側”になります」


セラは顔を上げ、はっきりと彼を見る。


「それは、もう選ばないと決めました」


沈黙が落ちる。


拒絶ではない。

だが、退路もない。


「ここで築いた立場は、不安定です。保証もありません」


「分かっています」


「それでもか」


「それでも、です」


言葉は短いが、揺れはなかった。


エルヴィスは、しばらく何も言わなかった。視線を外し、窓の外を一度見る。そして、再びセラに向き直る。


「……変わったな」


「ええ」


セラは、小さく頷いた。


「あなたに教わりましたから」


それは皮肉ではない。

事実だった。


人は、役割で判断される。

だが、役割に縛られる必要はない。


「私は、あなたの提案を軽んじてはいません」


セラは続ける。


「ただ……もう、戻れないだけです」


戻れば、楽になる。

だが、楽になることと、前に進むことは違う。


エルヴィスは、深く息を吐いた。


「分かった」


短い言葉。


「この話は、ここまでだ」


強要はしない。

それが、彼の矜持なのだろう。


扉を開ける前、彼は一度だけ立ち止まった。


「……後悔はしないか」


セラは、少しだけ考え、そして答えた。


「後悔は、します」


正直な答え。


「でも、選ばなかった後悔より、

選ばなかった“自分”を嫌いになる方が、ずっと怖い」


エルヴィスは、何も言わなかった。


扉が開き、光が差し込む。


二人は再び、公の場へ戻った。


それぞれの役割へ。

それぞれの場所へ。


セラは歩きながら、胸の奥に確かな感覚を抱いていた。


選ばなかった。

けれど、逃げてもいない。


それは、初めて自分で下した、

揺るぎのない選択だった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ