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婚約を外された私は、敵国公爵に拾われました  ―役目を失った令嬢の、静かな逆転劇―  作者: 月岡紬


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第24話 遠い足音

リュネスに、はっきりとした変化が現れたのは、数日後のことだった。


朝、商会へ向かう途中、街路に見慣れない兵装が増えていることに気づく。派手ではないが、統率の取れた動き。中立都市の自警団とは違う。


――帝国だ。


噂が、現実になり始めていた。


商会に着くと、代表が珍しく早く来ていた。机の上には、封を切っていない書簡が置かれている。


「今日、少し慌ただしくなるわ」


そう前置きしてから、代表は言った。


「帝国の使節団が正式に到着する。

中立交易に関する再交渉よ」


再交渉。

つまり、条件を詰めに来る。


「対応できる人間が必要になる」


代表の視線が、まっすぐセラに向けられた。


「記録と条件整理を任せたい」


即答だった。


「承知しました」


声は、落ち着いている。


胸の奥に浮かんだ名前を、意識的に押し戻す。

ここで思い出す必要はない。


仕事だ。


午前中は準備に追われた。

過去の契約書、覚書、通行税の履歴。

帝国側が突いてきそうな点を洗い出し、反論の材料を整理する。


頭は、冴えていた。


――私は、もう逃げない。


午後、街の中心部へ向かう途中、帝国の使節団とすれ違った。


黒と濃紺の外套。

無駄のない動き。

そして、その列の奥に感じる、ひときわ強い存在感。


姿は見えない。

それでも、分かった。


来ている。


セラは、足を止めなかった。


振り返らない。

探さない。


ここで感情を動かす必要はない。


商会へ戻ると、代表が静かに言った。


「明日の会合、あなたも同席して」


命令ではない。

依頼だ。


「立場は?」


「実務担当。

発言は必要な時だけでいい」


それで十分だった。


夜、宿の部屋で一人になる。


机の上には、明日の資料。

自分の名前でまとめた、条件整理の紙。


「……また、同じ席に立つのね」


小さく呟く。


けれど、前と同じではない。


かつては、

呼ばれるのを待つ側だった。


今は、

呼ばれなくても、立てる。


窓の外では、帝国の灯りが街の一角を照らしている。

その光は、以前よりも近い。


それでも、胸は静かだった。


もし、再会することになっても。

もし、目が合っても。


私は、もう――

役割のために、ここに立つのではない。


自分で選んだ場所で、

自分の条件で、

仕事をするだけだ。


セラは、灯りを落とし、目を閉じた。


遠くで、足音が近づいている。


それは、

過去が追いついてくる音ではない。


――未来が、交差点に向かって歩いてくる音だった。

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