第三話
回想を終えたアルテミオは心が熱く高鳴るのを感じながら、その和樹が苦悩している画面に視線を戻した。
絵里は画面を見つめ顔を強張らせている。
モニターの中の和樹は着実に勝利を重ねていたようだ。
死の恐怖は、彼のプロとしての闘争心に火をつけていた。元の世界に戻るために、愛する妹を守るために、目の前の敵を倒し続け、必ずこの遊戯を終わらせ元の世界に戻る。
異世界に転移した和樹は最初の戦いの場として、Cランク・トーナメントでの戦いを始めた。
Cランクの相手は、和樹の技量には遠く及ばなかったが、初期デッキの貧弱さは大きなハンデだった。彼は勝利のたびに得られるわずかなポイントを使い、新たなカードを得るためにガチャを回した。
本来は野良バトルを繰り返しポイントを貯めたいところだが、デスゲームと思われるこの世界でそれをやるのはリスクが高い。なるべく戦いを少なくして一気にクリアを目指すことに決めたのだ。
幸いなことに彼はすぐにCランクを突破することができた。
どれだけ戦い続けてもお腹は減らず、睡魔も襲ってこないこの世界。
だがその精神は、確実にすり減って行った。
それは観戦している絵里も同様で、定期的に食料を買い込んでは壁にもたれかかりながらも観戦を続けていた。さらには睡魔とも戦いながらの観戦となっていた絵里。それでも僅かな仮眠で必死に兄の活躍を見続けていた。
その後、Bランク、Aランクと、和樹は戦いの舞台を上げた。
闘いの日々は苛烈を極めた。和樹に与えられた期限は次の振り込み日となる三週間後だ、それまでに戻らなければ……、振り込みが遅れたとしたら彼らが何をするか想像できない。
悪い想像ばかりが脳内に思い足掻かれ、気が狂いそうな精神の中で必死に戦いに集中した。
和樹は眠ることも休むこともせず、ただひたすらに連戦を続けた。精神力と肉体は限界をとうに超えていた。彼の意識が途切れそうになるたびに、彼は唇を強く噛み締め意識を引き戻していた。
睡魔はこなくとも一晩ぐっすり寝れば幾分精神は回復するだろう。だがそれを拒むのは言う間でもなくタイムリミットの存在であった。和樹は限界を超えた戦いを続けていた。
ランクが上がるたび、手持ちのカードを消費してガチャを回す。幸いなことにガチャ運は悪くはなかった。デッキの自由度も上がったが、ゲームの中で使っていたレアカードの組み合わせには遠く及びもしなかった。
Bランク、Aランクの戦いでも、和樹は火属性の複製系の召喚士カードを駆使して、速攻攻撃の戦略を貫いた。しかし彼の速攻型は、この世界のトーナメントではマイナーな戦術であり、対策カードを持つ敵も多い。
特にAランク終盤の戦いは壮絶だった。
相手は和樹の速攻戦略を完全に読み切り、防御と回復に特化した「永続の聖盾」を中心とするデッキを組んでいた。和樹は最後のライフを削りきるために、大量の召喚士の生贄を駆使しながらも、辛勝を続けた。
彼は勝利した。
だが勝利した直後、彼は荒野に倒れ込み動けなくなった。
アルテミオは椅子に優雅に腰掛け、パソコンのモニター画面と絵里を交互に見つめていた。
「もうすでに彼の精神はボロボロです。あとどれぐらい耐えられるのでしょう?もう、楽しみでしかたないですよね」
アルテミオは、満面の笑みをこぼし、絵里はそれを虚ろな目で眺めていた。
「彼がSランクで戦うためには、かなり苦労してデッキを構築し直さなければならないでしょう」
アルテミオは、さらに絵里に毒を注入する。
「そして、この世界のSランク・チャンピオンは、彼の天敵となる戦術を持つ者です。さて、どうなることになりますやら。本当に、本当にわくわくしますね!」
絵里はアルテミオを睨みながら、震える唇をかみしめていた。
三週間の期限が迫る中、和樹はついに最終トーナメントの場へとたどり着いた。
パソコンのモニターの中、和樹はトーナメントの開始を待つ間、周囲の威圧的な雰囲気を遠慮することなく出してくる対戦相手に囲まれていた。
その中に、ひときわ巨大な影があった。
Sランクチャンピオンのガブリエレ・ノヴァーリスだ。
ガブリエレは身長が二メートルを超える巨漢で、全身を重厚な鎧で覆っていた。
兜の隙間から覗く鋭い眼光は、和樹のような疲れ切った人間を一瞬で食い尽くすかのような獰猛さを秘めている。彼は自身の最強たる所以を示すかのように、傲然と荒野に立っていた。
「見てください!彼はついにSランクへと到達しましたよ!」
アルテミオが、うとうとしていた絵里の耳元で囁いた。
「彼には、もう逃げ場はありませんよ。このSランクは、彼がこちらでプロとして戦っていた場所と同じランク。最高峰のカードと最高峰の戦略がぶつかり合う。一歩でも間違えれば、彼の魂は直ちに消滅する!」
嬉しそうに説明を加えたアルテミオ。
絵里は震える体を抱きしめながら、画面を悔いるように眺め、そして祈った。
「私の目的は、貴女の絶望を、彼が命を失う瞬間の、極限なる衝動を感じることです!さあ、最高の舞台の幕開けですよ!」
そんな神の演説の数時間後、モニターの中の和樹は激しい戦いを勝ち抜き、硬い表情のままSランクチャンピオンのガブリエレ・ノヴァーリスと向き合っていた。
舞台はSランク・トーナメントの最終決戦。
荒野は、巨大な岩石と紫色の光を放つクリスタルで覆われた特殊なフィールドへと変貌していた。その中央で、黒沼和樹はSランクチャンピオンのガブリエレ・ノヴァーリスと対峙する。
ガブリエレは、身長二メートルを超える巨体と、全身を覆う重厚な鎧が発する威圧感だけで、和樹の精神を大きく削り取っていった。
和樹の身体は極限まで疲弊していた。三週間というリミットギリギリの期間、連戦を続けていた彼の意識は限界を迎えようとしていた。目の前でガブリエレの姿がおぼろげで、視界が揺れ動く感覚に吐き気を感じた。
「貴様、このランクまで這い上がってきたとは思えんほど、ゴミのような貧相な体をしている、まともに戦えるとは思えんな。大人しく尻尾を巻いて帰ってもいいのだぞ?」
ガブリエレの声は低く、重く、地面を這うようだった。
和樹はこのガブリエレという男のデッキ構成が、自身にとって最悪の天敵であることを知っている。
このゲームで一番相性の悪いボスキャラとなる彼が、寄りによってこの世界で立ちはだかるのかと叫びたくなるが、精神はボロボロで今にも倒れそうになっていた。
ガブリエレの戦術は、防御と回復に特化した「永劫の結界デッキ」と呼ばれるものだ。
彼の使用するカードは自身のライフを回復させ、召喚士に強力な防御シールドを付与することを主にする構成だ。和樹が得意とする火属性の速攻は、鉄壁の守りを誇るガブリエレとの相性は言うまでもなく最悪であった。
そんなガブリエレの言葉を無視して思考をまとめ上げる和樹。
観客の見守る中、最後の試合の開始の時間まで残り僅かといったところ。
今はこの世界の王が席を外し、その帰りを待っているという、このゲームのストーリーモードでもある演出だった。
この間にデッキ構成を考え入れ替えるのがセオリーだった。もちろん和樹がストーリーモードを楽しんでいたのは遠い昔のことだったが。
「これまでの戦いで稼いだポイントで、俺は攻撃型のSランクカードを数枚手に入れた。だがあいつの鉄壁を崩すには、相性が悪すぎるな」
最後の戦いを前に、気合を入れなおし意識を引き戻した和樹は、目の前の敵の煽りを無視して戦術を再構成し始めた。
今の和樹のデッキでは、ガブリエレの防御一辺倒の戦術に、完全に封じ込められる運命にあった。まだ重く、痛みを感じる頭を悩ませながらも思考を働かせる。
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