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私の昼寝の邪魔をしないで!

短編小説です

 それはある晴れた日のことだった。太陽の暖かな日差しを浴びながら、私はいつものように緑の寝台で昼寝を楽しんでいた。

 しかし、数分ほど前から大きな陰が眠りを妨げていた。 

「ねえあんた...さっきから何見てるのよ」

 ぶっきらぼうに問いかける。こちとら連日の移動で疲れ切った体を休めているというのに、せっかくの一時が台無しではないか。

「ご、ごめんなさい」

「いや、ごめんなさいじゃなくて...何で見てるのかって聞いてるのよ」

「珍しかったから、つい...」

 バツが悪そうに大きな瞳が伏せられる。人の昼寝を邪魔をしておきながら何をしおらしくなっているのかと、文句の一つでも言ってやりたくなるが、珍しいと言われて嫌な気はしない。

 確かに私の羽は仲間内でもひときわ美しい部類に入る。つい目を奪われてしまうのも無理はないだろう。しかし、それとこれとは話が別だ。

「珍しいのは分かったわ。でも御生憎様、私はお昼寝の真っ最中なの。邪魔だからどっか行きなさい」

「ご、ごめんなさい...」

 強めの口調でハッキリ言うと、大きな瞳が先ほどよりも下を向く。少し言い過ぎたかも...と一瞬後悔するが、昼寝を邪魔される事を考えれば、天秤にかけるまでもない。

 しかし、目の前の大きな瞳は食い下がってきた。

「お昼寝の邪魔をしたのは悪かったよ。でもさ、もう少しだけ見させてくれないかな?」

「ダメよ」

「そんな...」

 今度は大きな瞳が僅かに潤む。虹彩と瞳孔が日差しを反射し、まるで黒い真珠の光沢のように輝いていた。角度的に見上げていた私は、不覚にも綺麗だと思ってしまった。

 ──ひょっとして、向こうもこんな気持ちで見てきたのだろうか?

 そう考えたとき、不思議と不快感は薄れていき、入れ替わるように優越感が込み上げてきた。

「...あんたさ、そんなに私の羽に興味があるの?」

「うん!すごくキョーミある!」

 先ほどまでの憂いが嘘のように、今度は大きな瞳が光を帯びる。次から次へと忙しないものだが、私の一言でコロコロ変わる様は見ていて面白かった。

 ──暇つぶしに適当にあしらってから、飽きたら追い返そう。

 そう思って、徐ろに緑の寝台から体を起こすと、自慢の羽を広げて見せる。

「まあ、あんたが興味を持ってしまうのも仕方がないわ。私の羽は世界で一番美しいもの」

「わあ...!本当にキレイだと思うよ!」

「そ、そう?」

「うん!」

 半ば諂うつもりで言ったのだが、実直な感想が返ってきたものだから虚を突かれてしまう。瞳は磨かれた黒真珠のように輝いており、陽の光を浴びれば花珠にも成り得るだろう。

 理由は分からないが、なぜだか胸の奥をチクリと不快感が走った。

「...で?あんたはこんな所で何してんのよ?」

 最初よりかは柔らかいが、ぶっきらぼうな口調で訊いてみる。決して、目の前の存在に興味が湧いたわけではない。ただ、私の羽に勝るとも劣らない瞳をもう少しだけ見ていたかっただけだ。

「僕?僕はカブトムシを探しているんだ!」

「カブトムシぃ?何よそれ、変な名前」

 初めて耳にする単語が可笑しくて笑ってしまう。名前からして虫の一種だと想像がつくが。

「全然変じゃないよ!カブトムシはね、こう角が長くってカッコいいんだ!」

 身振り手振りで大きな角が表される。その特徴からしてカブトムシとは、夜になると木の幹に集まるアイツの事だろうか?毎晩物音を立てては睡眠を妨げてくる憎き虫だ。

「アイツはカブトムシって名前だったのね」

「知ってるの!?」

「まぁね。それより、あんなものを探してどうする気なのよ?」

「それはもちろん、捕まえるんだよっ!」

 大きな瞳が輝く。よくよく見ると、太い首からは緑色の大きな檻が下げられており、同族が数人は収まりそうなスペースを確保していた。随分と大げさな装備だと思うが、本気でアイツを捕まえようとしている事が分かる。

 あんな虫を捕まえたって傍迷惑なだけだろうに、この世界の住人は随分と変わった趣味をしている。

「理解に苦しむわ」

「え?ごめん、よく聞き取れなかったんだけども」

「何でもないわよ。それで?そのカブトムシとやらはもう捕まえたの?」

「それがまだ一匹も...。他の友だちはもう沢山捕まえているのに」

 肩がしゅんと沈む。その姿を見下ろすと、確かに檻の中は空っぽだった。私ですら腐るほど見かけているというのに、あんな虫一匹も捕まえられないなんて。ひょっとして才能がないのではないだろうか。

「諦めたら?きっとあんたには才能がないのよ」

「才能?」

「そうよ。だって他の友だちは捕まえてるんでしょ?なのにあんただけ捕まえられないなんて、才能がないとしか思えないもの」

 小馬鹿にしながら言う。昼寝の邪魔をされた仕返しだと思うと、少しだけ胸がスッとした。

「才能...。そっか...僕には才能がないのかな...」

 すると予想外な事に、大きな瞳から大粒の雫が溢れた。

 思わずギョッとしてしまう。

「ちょ、ちょっと!なにも泣くことないじゃない!冗談よ!」

 まさか泣かれるとは思わなかった。先ほどの意向返しも兼ねた、ちょっとした意地悪のつもりだったのに。

「ううん、君の言う通りなのかも。だってこれだけ探しても見つけられないんだもん...」

 そう言って、大きな瞳から幾つもの雫が地面に落ちる。胸の奥に大きな不快感が走った。これではこっちが悪い事をしたようではないか。最初は適当にあしらったら追い返すつもりだったのに、何とも傍迷惑な話だ。

 だが、自慢の羽を褒められたのは悪い気がしなかったので、少しだけお節介を焼いてみる事にした。

 言っておくが、ほんの気まぐれに過ぎない。

「また夜に来てみなさい」

「え...?」

「夜になれば、この辺の木に沢山いるわよ」

「本当!?」

「嘘を付いて何になるのよ」

「そうなんだ...!教えてくれてありがとう!」

 蕾が開いた花のような笑顔が向けられる。ついさっきまで泣いていたというのに、こんな情報一つで明るくなるなど単純なものだ。

 そう思ったのも束の間、直ぐに花に陰が掛かった。

「あっ、でもやっぱりダメだ。夜なら出歩けないや」

「何でよ?」

「あんまり遅い時間に出歩くと、お父さんとお母さんに怒られちゃうもの。だから虫取りは明るい間しか出来ないんだ」

「ふーん?」

 聞くところによると、夜間の外出は禁止されているらしい。不便な生活を送っているものだ。私は自由に動き回れるというのに。

「どうしよう...このままだと、僕だけ仲間外れにされちゃうよ」

「仲間外れ...」

 その言葉に思わず反応してしまう。こちらの世界の事情はよく知らないし興味もないが、仲間外れにされる辛さは良く知っていた。綺麗な羽を得た今となっては有り得ない話だが、仮にまた同じような目に遭ったとすれば、辛くて堪らないはずだ。

 そう考えると、なんだか一気に目の前の存在が放っておけなくなった。

「...木の下とかは探してみたの?」

「えっ?」

「木の下よ!たまに夜に騒いだ後、そのまま下で眠っている子がいるのを見かけたのよ。だからもしかしたらって」

「さ、探してみる!」

 お気に入りの大木に振動が伝わる。振り落とされないように、そっと寝台の端から覗き込むと、夢中になって木陰を掘り起こしている姿が映った。

 そこまでして手に入れたいのか。そう訝しんでしまうが、必死な姿を眺めていると、そんな思いもどこかへ消えてしまった。

 やがて、下から弾んだ声が上がった。

「いた!いたよ!」

 大きな手が向けられる。土で塗れた指に握られているのは、紛れもなく夜になると騒ぐアイツ──カブトムシだった。

「へえ、本当にいたのね」

「うん、これで仲間外れにならなくて済むよ!」

 カブトムシが慎重に檻の中へ入れられる。思い返せば虫一匹で仲間外れなど大げさだが、心底嬉しそうな様を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。

「見つかって良かったわね」

「うん、本当にありがとう!君のおかげだよ!」

「...っ!」

 顔が熱くなる。胸の奥にあった不快感は失くなり、代わりに温かな心地良さが込み上げてきた。

 まさかこんなに面と向かって感謝されるとは思わなかった。初めは適当にあしらってから追い返すつもりだったのに、こんなにも喜んでもらえるのならば、お節介を焼いたかいがあったかも知れない。

 ──て、私は何を考えているのだろうか。らしくもない。

 元々こいつは私の昼寝の邪魔をしに来たのだ。仲間外れという単語につい同情してしまったに過ぎない。これは一時の気の迷いだ。そもそも、私のお気に入りである木の土を掘り起こすだなんてとんでもない!

「どうかした?」

「なんでもないわよ!」

「えっ、でも何だか顔が紅くなってるよ?」

「うっさい!こっち見んな!」

「ご、ごめんなさい!」

 怒鳴り声を上げると、大きな瞳が背けられる。きっとこの頬の熱さは、いつの間にか一面を染めている夕日のせいだろう。

 そう自分自身に言い聞かせていると、目の前から思い出したような声が上がった。

「あっ、もうこんな時間!早く帰らないとお母さんに怒られちゃうや!」

 ようやく何処かへ行くようだ。全くもって清々する。

「またね、綺麗な虫さん!」

 そう言い残すと、大きな影が小さくなっていく。それが完全に見えなくなった後、私は小さく呟いた。

「...誰が虫よ」



 ──あれから数日経ったある晴れた日のこと。この日も私は、いつものように緑の寝台で昼寝を楽しんでいた。

 しかし、数分ほど前から大きな陰が眠りを妨げていた。

「ねえあんた...さっきから何見てんのよ?」

 私はぶっきらぼうに問いかける。こちとら連日の移動で疲れ切った体を休めているというのに、せっかくの一時が台無しではないか。

「あっ、ごめんなさい!」

「いや、ごめんなさいじゃなくて...何で見てるのかって聞いてるのよ」

「綺麗な羽だったから、つい...」

 バツが悪そうに大きな瞳が伏せられる。人の昼寝を邪魔をしておきながら何をしおらしくなっているのかと、文句の一つでも言ってやりたくなるが、珍しいと言われて嫌な気はしない。

「はぁ...。今度はどうしたのよ?」

「えっとね、クワガタを捕まえに来たんだけど、まだ一匹も捕まえられていないんだ」

「クワガタぁ?」

「うん!こう、牙が鋭くてカッコいいんだ!」

 身振り手振りで口元に牙が表現される。コロコロと変わる表情は見ていて飽きないものだが、私の昼寝の邪魔をするなど、傍迷惑な話だ。


 ──だが、不思議と悪い気はしなかった。


「そういえば、君はなんて名前の虫なの?」

「私は虫じゃないわよ」

「えっ?それじゃあなんなの?」

「それは──秘密よ」


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