「仮定」の話
初のミステリーなので生温い目で読んでね!!
非常に暇である。
昼飯を食ってぼーっとする。
今は夏休みの真っ只中だと言うのになぜ俺は学校に居るのか?
しかも月曜日という一番やる気の無い日に。
それは文化祭の出し物の準備をするためだ。
今年の我々の出し物は「ピタゴラス◯ッチ」で、何人かに振り分けられた班ごとで出し物になる仕掛けを作っている。
ありがたいことに俺は班長という大役を承った。
しかし実際のところ、これは罰ゲームである。
夏休みに自主的に登校する生徒など、ほとんど居ない。
居るとしたら、ホントに暇で、真面目なやつに違いない。
そう真面目な俺は素晴らしいのだ。
だからこの真面目な俺へのご褒美として、誰かがピタゴラス◯ッチを完成させてくれれば良いのだが。
今日も誰一人来て居ない。
午前中に教室で作業していて、来たのは四、五人程度。
そのうち作業して行ったのは女子の二人組だけだった。
あとは部活の合間に休憩してるやつや、物を取りに来た奴くらいのものだ。
さて、ぼーっとするのもそろそろやめて仕掛けを作らなければ。
せっかく学校に来ているのだから、ド派手で無くとも、人を唸らせる面白い仕掛けを作りたいものだ。
仕掛けづくりを再開しようとすると誰かがドアを開けた。
そしてその誰かはこちらを見ると、
「お、頑張ってるねー。」と声を掛けてきた。
こいつのことは「メガネ」と読んでおこう。
非常にメガネが似合う男で、どこかの映画で出てても違和感のない整った顔立ちをしている。
どうやら女子に結構モテるらしい。
羨ましいやつめ。
「何しに来たんだ?」
茶化しに来たのかと訝しんで、少し険のある言葉をかける。
しかし、相手は気にしてない様子で、笑いながら俺の近くの椅子に座った。
「いやー今日は美術部の活動で学校に来たんだが、面白いことがあってね。」
「ほーん。そこの木材とってくれないか?」
「おいおい面白いことだぞ。話を聞いてくれよー。」
こいつの面白いこととは大抵しょうもない話なのだ。
しかも妙に長い。
華麗に受け流したはずだが、お気に召さなかったようだ。
「これは美術部にとって大きな問題なんだ。」
「大きな問題と面白い話がどう結びつくんだ。」
「そう。そこなんだよ。」
「実はね、夏休みに入ってから美術部では石膏像のデッサンを行ってるんだ。」
「なんと、その石膏像が毎日角度を変えているんだ。」
「ほう。」
「つまり、お前は石膏像が自ら動いていると言いたいのか?」
「そんな面白いことだったら、どれだけ良いことか。」
「さすがにそれは無いだろうけど、石膏像を果たして誰が動かしてるかって話だよ。」
「誰だって動かせるだろ。」
「やっぱり君は美術部員じゃないから知らないんだね。」
「石膏像のデッサンをしている間は石膏像は動かしてはいけないんだ。」
「と言うと?」
「デッサンをする時はみんな決まった角度で書く。」
「それを毎日動かしてたら精確なデッサンなんて描けないだろう。」
「つまり、石膏像のデッサンをする期間はみんな暗黙の了解として石膏像を動かすどころか触りはしないよ。」
「ほーん。なるほど。」
「つまり誰も触らないはずの物が動いてるから、不思議で、不思議で面白いということか。」
「そういうことだよ。」
「どうだい?君も見に来ないか?」
正直興味が無いと言うのは嘘になる。
動かないはずのものが動く。
果たしてどういう原理で動いているのだろうか。
このピタゴラス◯ッチを完成させるより、幾分か有益な時間が過ごせそうだ。
ーーーーーーーーー
「メガネ」について美術部屋に入ると、幾人かの女生徒が会話をしていた。
女生徒の一人がこちらに気がつくと「メガネ」に声をかけに来た。
「「メガネ」くん。この人は誰?」
「ああ、暇そうな野次馬を連れてきたよ。」
暇そうな野次馬とは失礼な。
俺は石膏像の謎を解明しようとしている、立派な野次馬である。
声をかけて来た女生徒はなんだか「華のある」顔立ちをしている。
「華のある女生徒」さんとしよう。
「石膏像が動いているって話を聞いて来たんだが、その石膏像はどれなんだ?」
美術部屋を見回すといくつかの石膏像やモチーフがあって一見でそれとはわからない。
「それならあの石膏像です。」
「華のある女生徒」さんが指さす方を見ると、髭を蓄えた男の石膏像が置いてあった。
「あの石膏像は結構人気で、みんながモチーフに選ぶんです。」
「でも何日か毎に角度が変わって困ってたんですよ。」
「しかも困ったことに今日は大きく変わってて、みんな困ってます。」
「誰が動かしたのか、誰も見てないのか?」
「みんなが居るときは動かせないし、今日朝来た時から角度が大きく変わった状態だったそうです。」
「なんなら、一番最初に見た人に聞いてみますか?」
俺が頷くと、
「◯◯ちゃーん」と「華のある女生徒」さんは女生徒の一人に声をかけた。
女生徒の集まりの中から、「大人しそうな女生徒」がこちらにやってきた。
「どうしたの?」
「この人が石膏像が動いてるのに興味があって見に来たんだって。」
「大人しそうな女生徒」さんが緊張した面持ちでこちらを見る。
どうやら男生徒にあまり免疫がないらしい。
「私が今日朝一番に来た時から角度は変わっていました。でも私は何も触ってないですよ?」
特に何も言ってないのだが、「大人しそうな女生徒」さんは自分が疑われて居るのではないかと訝しんでいるようだ。
「君はどうして一番最初に来たのかな?」
「私が夏休みの鍵当番だからです。」
「石膏像の角度が変わる度に私がやったんじゃないかって言われてて、すごく困ってます。」
「朝一番に来た人が疑われてるってことは、帰る時の石膏像は絶対に角度が変わることは無いの?」
「そうですね。」
「終わる時は先生が講評をしてくれて、その後は一斉に帰宅するので、誰も動かせないはずです。」
「動かせるとしたら先生くらいじゃないですか?」
彼女は怒っている。
彼女が犯人かどうかは別にして、疑われるということは気分が悪いのだろう。
そして彼女は先生が怪しいと思っているようだ。
「先生ってどんな人なの?」
この質問には「メガネ」が答えてくれた。
「悪い人では無いよ。指示も講評も的確だ。」
「ただ、欠けているとしたら熱意じゃないかな?」
女生徒二人もその意見には賛成のようで、小さく頷いている。
「不真面目ってことか?」
「そういうわけでもないけど。やることだけやるって感じの先生かな。」
「そんな感じだから不満はあるけど文句は誰も言えないね。」
先生が怪しい。
理由はあまりやる気を感じないから。
だからひと目の無い所でなんかしても、
例えば石膏像をずらしても何も言わないのではないか。
そういうことだろうか。
どうにも日頃の不満の矛先が向いてしまっているようだ。
同じあまりやる気の無い人間として少し同情してしまう。
「じゃあ先生がやったってことで良いんじゃないか?」
「それが先生が変えたとしたら先週の金曜日の帰りになるはずなんだけど。」
「その日は先生は学校に来てなかったんだよ。」
「メガネ」が説明をすると、更に「華のある女生徒」が説明を加える。
「他の角度が変わった日の前日には来てたんですけど、今回の前日には居なかったんです。」
つまり一番疑わしい犯人が居なかったと。
だが一つ疑問が残る。
居ないことが学校に一度も来ていない証拠になるのかどうかということだ。
いわば、これは学生の視点での話、学生が見ていない範囲で学校に来たとしても分からないのではないのだろうか。
「生徒が帰った後に来た場合があるんじゃないか?」
「何をしに?」
「いやわからんが生徒が帰った後に美術部屋によって角度を弄った可能性もあるんじゃないか?」
「それならその確認をしてみるかい?」
「メガネ」がニヤリと笑う。
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「こんにちはー」
メガネが挨拶すると「不愛想な警備員」が「おう」と返事をした。
俺も知らなかったが、この学校には夜間に入る用の入り口が存在しているらしく、その入り口の横に警備室があった。
たまに夕方巡回している警備員を見たことがあったが、どうやら警備員が夜の入り口を管理しているようだ。
「何だ?」
「不愛想な警備員」が俺たちに聞いてきた。
特にこちらに圧をかけている訳では無さそうだが、顔が怖くてどうにも尻込みしてしまう。
どう答えるか迷っていると、「メガネ」が答える。
「美術部でとある問題がありまして、先週の金曜日の夜中に誰が来たのか確認したいんですけど。」
「美術部ってのは、どっちの話だ?」
「不愛想な警備員」が答えたが、どういう意味だろう。
この学校に美術部が二つ存在するのだろうか?
意図していない質問に「メガネ」も俺も答えられないでいると、「不愛想な警備員」が「まあいいか。」と呟いて、書類をひとつ取って、開くページを探した後、俺たちにそれを見せてくれた。
どうやら、夜間に誰が出入りしたかを記載したリストで、先週の金曜日の夜に誰が入ったかを見せてくれた。幾人かの名前が書かれていたが、俺が確認した限り、「美術部の顧問」の名前は書かれていなかった。
「メガネ」もそれを確認したのか、「ありがとうございます。」といってリストを「不愛想な警備員」に返した。
「不愛想な警備員」に「満足したなら出てってくれ。」と言われ、警備室を後にした。
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美術部屋に戻ると「華のある女生徒」と「大人しそうな女生徒」だけが残っていた。
どうやら他の部員は帰ったらしい。
気付けば夕方になっていた。
「結局誰がやったのかな。」
「メガネ」が呟く。
「また明日になれば先生に聞けば良いよ。」
「華のある女生徒」が答える。
確かにその通りだ、問題だ問題だと騒いだが、これは結局は暇つぶしのネタにすぎないのだ。
そして誰かが「自分がやった」と言えばそれで終わる話なのだ。
だが、どうにも引っかかる、俺は暇つぶしにも真剣になってしまうたちの人間のようだ。
雑談している「メガネ」たちを横目に美術部屋を観察しているとあることが引っかかった。
「絵の具とか置いてくんだな。」
「ああ、絵の具とかは種類が増えると持ち帰りが面倒だからね。筆洗桶なんかは中身を捨てたりするのも色々手間なんだ。」
「ほう」と返事をする。
すると「華のある女生徒」が興味深いことを教えてくれた。
「そういえば誰のかわからないものも結構あるよね。」
その言葉に反応して「メガネ」と「大人しそうな女生徒」が更に話を盛り上げている。どうやら石膏像の話題は彼らの中ではもう終わった話になってそうだ。
だが俺は一つ気になることがあって、スマホを取り出し、学校のホームページを確認したのだった。
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あの後は結局何も結論が出ないまま、何なら別の話題で盛り上がる「メガネ」たちとは別れを告げて帰った。
そして、火曜日はめんどくさかったので、ピタゴラス◯ッチはサボって、水曜日に学校に登校した。
教室で作業をしていると「メガネ」が入ってきた。
「やあ、その不格好な仕掛けはいつできるんだい?」
失礼なやつめ、わりかし不格好ではあるがキッチリ動く。
不格好ではあるが。
俺が答えず黙々と作業していると、「メガネ」は更に声をかけてきた、
「昨日は何で来なかったんだい?美術部の石膏像の話の結末は気にならなかったの?」
「どうせ先生がやったことになったんだろ?」
メガネが驚いた顔をする。
「良くわかったね。確かに先生が自分がやったって言ったよ。」
「でもその言い草だと他に心当たりがありそうじゃないか。」
「まああるが、あくまで仮定でしかないな。」
「ほう、興味深いね聞かせてくれないかい。」
俺は咳払いをすると話を始める。
「俺の想像だが犯人は違うやつだ。」
「そしてそれを先生が庇ったと思っている。」
「もしかして「大人しそうな女生徒」さんが?」
「メガネ」が怪訝そうな顔で聞いてくる。
「いや違う。」
「犯人はもう一つの美術部の部員だ。」
「メガネ」の顔が完全に固まった。
何を言ってるんだという言葉が顔にありありと出ている。
「「不愛想な警備員」が言ってたじゃないか。「どっちの美術部の話だ?」って。」
「それに、誰のかわからない美術道具が置かれているんだろ。」
「この学校には普通の美術部の他にもう一つ美術部があるんだ。」
「夜間の美術部がな。」
「夜間って、この学校に夜間の学部なんてあったっけ?」
「あるぞ。学校のホームページを見たら載ってた。」
「でも、それだけで犯人がそうだとは限らないんじゃないか。」
「俺の予想としては、お前たちが言ってた暗黙の了解ってあるだろ。「デッサンの期間は石膏像を動かせない。」あれを夜間の学生は知らないんじゃないかと思ってな。」
「ああ。でもそれは先生が言ってくれてるんじゃないかな?」
「それを確認したのか?」
「メガネ」が首を振る。
「そこなんだ。」
「今回「顧問」が自分を犯人だと言ったことは嘘ではない。」
「なぜなら、「暗黙の了解」を夜間の学生に伝えず問題を起こしてしまった要因になったからだ。」
「話をまとめるぞ。」
「今回疑われたのは「大人しそうな女生徒」さん、そして「顧問」の先生だ。」
「そして、「顧問」の先生が自分がやったと言った。」
「ここで、「大人しそうな女生徒」さんは候補から抜けても良いだろう、やれる可能性もあるが、「顧問」の先生が庇う理由もない。」
「では、庇う理由がある相手は誰か。それは石膏像を動かすことが悪いと知らない人物になる。もっと言えば知らされていない、知ることが出来ない生徒。そして、その人物は誰か?」
「この学校には「夜間」があること、そして「誰のかわからない美術道具」があること。」
「「不愛想な警備員」の「二つの美術部」。」
「ここから導き出されるのは、「暗黙の了解」を知らない「夜間」の「もう一つの美術部」の生徒の存在であり、その人物こそが犯人であり、それを庇って「顧問」の先生が「自分がやった。」と答えたんじゃないか?」
俺は自分の「仮定」を述べると「メガネ」が驚いた顔をしていた。
それはそうだろう。何故なら俺はこんなに喋る人間では無いからだ。
さぞかし驚いただろう。
だが、俺の考えとは反して、「メガネ」が拍手をしだした。
なんだ?羞恥プレイか?
「いやー素晴らしい「仮定」だね。」
「まさか君がここまで考えるやつだとは思わなかったよ。いやお見事。」
「おいおい、やめろ照れるだろ。」
「それが当たってるかはわからないだろうね。「仮定」の話だし。」
「まあそうだな、「顧問」に聞けばわかるかも知れんが。お前が桁違いの話をして恥をかきたいならの話だが。」
「何だかんだ、あの人は「やることはやる顧問」だからね。多分教えてくれないよ。「仮定」が合ってたとしても。」
「それに今回大事なことは合ってるか、合ってないかじゃないからね。」
「というと?」
「君がここまで考えたことの方が僕にとっては重大な事実さ。」
「それにそのことが今後僕の暇つぶしに面白さを足してくれそうだ。」
どうやらこいつは褒めているらしい。
そしてどうやら今後俺に謎を持ちかけて遊ぼうという魂胆だろう。
酷いやつだ。
だが、意外と悪くない時間だった。
「推理」というにはおこがましいが、
「仮定」の話では充分だろう。