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15.ツクモ

「お前は馬鹿か?それとも阿呆か?ああ、両方か、それなら仕方ない」


 協会。街に住む人々が必ず厄介になるその組織。その組織は、雪山の下にある街の中で最も大きな建造物の中で運営されている。街は地下に掘られた大きな洞窟のような空間だが、その岩壁を支えるようにしてそびえ立っているのが協会である。


一見すると城のような荘厳なその建物。その最上階。その中でも一等大きい部屋、それ即ち協会長の部屋であるが、私はそこで正座をしていた。いや、させられていた。

 もっと詳細にいうなれば、私の目の前には師匠のツクモ、即ち協会長が仁王立ちしており、その横ではホナカがおろおろとしている。


 そう。お察しの通り、私は叱られていた。



  ❀❀❀



 時は数十分前にさかのぼる。広場に転移した私たちは、この事態を協会に報告すべく、受付にて会長への取次ぎを頼んだ。ホナカにはその間、と言っても五分くらい、ロビーに置かれているソファで待ってるように頼んだのだが、


「ねえ、あんたさあ、何様のつもり?あたしたちに説教垂れるなんてさあ」

「え、えっと、そういうつもりじゃ……」

「じゃあどういうつもりだったの?あんたがぶつかってきたんだよねえ?」


 そのわずかな時間でチンピラに絡まれていた。否、素行の悪い「六の花」たちに取り囲まれていた。

 ちがうんです、という小さな声が暖房の風に乗って運ばれてくる。


 確かあの「六の花」は協会内のブラックリスト入りしている連中である。雪山と協会には滅多に姿を見せないが、街の繁華街では露出度の高い服装で遊び歩いているのがよく見られるらしい。それから、雪山や協会では新人いびりがひどい。


周囲の人たちは彼女らがどんな人物であるか知っているためか、見てみぬ振りである。まあ、気持ちは分かる。私もそうしたい。というかしていいのではないだろうか。

師弟関係を結んでいるとはいえ、期間限定である。それに、そのような人間関係にまで師匠が口を出すべきだろうか。いや、私の師匠はそうじゃなかった。基本放任主義だったというところも大きいのだろうが、私が同じ目にあっても助けてくれた覚えはない。それから、私もなんだかんだとそういうのは躱していたような気がする。

 さらに付け加えるならば、ホナカは現在、私に腰巾着している居候である。金などない。ジャンプしてみろよ、オラオラ、とか言われても別にチャリンチャリン言わないのである。


 まあ、あれだ。新人の巫に対する一種の試練のようなものである。ならば仕方ない。私は一人頷く。


「おい」


 その時。ふと、聞き馴染みのある低い声が聞こえて、私は顔を上げた。


 まず目に飛び込んできたのは、痛いぐらいに輝かしい金色の着物。それは周囲の光を反射して、非常に目の毒である。金色で眩しいだけでも目立つのに、それは洋服ではない、和服だった。ついでに言えば、スパンコールがジャラジャラなっていて喧しい。

次に、頭は髷を結っている。ように見えるが。あれはかつらである。数秒見つめれば、それが日焼けしたような浅黒い肌が髪の生え際から日本人らしい黄色の肌に変化していること、つまりかつらをかぶっていることが分かるだろう。

 そして、その両目は黒いサングラスで覆われている。サングラスはシンプルなそれなのだが、それを正規の位置より若干下げている辺りが鼻につく。

そう、即ち、突然現れた彼は、いかにも「海外の人が、某サンバが有名な日本人の真似っこをしてみた」というか格好をしていたのである。見ているだけで視力が下がりそうだ。


「何をしているんだ?」


 某サンバが有名な日本人のコスプレをした彼はそう問うた。「六の花」に。

 ただそれだけ。ただ、それだけである。


「……ちっ」


 にもかかわらず、彼女らは一つ舌打ちを残していくと、何も言わずに去っていった。


「いやー、災難だったね、お嬢さん!」


 某コスプレ野郎は彼女らの去っていく背中を、ちらり、一瞥すると、彼女らには特に何も声を掛けずにホナカに向き直った。


「あ、えっと……ありがとうございます。あたし、その、びっくりして……」


 何にびっくりしたのだろう。チンピラ、もとい「六の花」に絡まれたからだろうか。それともコスプレ男に助けられたからだろうか。あるいはその両方か。


「まあ、いいよ。そんなかしこまらないでくれて。俺と君の仲なんだし」

「は?」


 意味深。非常に意味深である。周囲の人がこの奇抜な男と新人の巫の会話に聞き耳を立てているのが薄ら分かる。

 それは何も、この男が派手な格好をしているからではない。彼がこの協会内でも最高の権力を持つ者、即ち協会長だからである。


 だが、そうだ。そうなのだ。この男が協会長であるということは、それ即ち……


「いやー、それにしても弟子のミズマリがまさか弟子をとることになるとは。何人かいた弟子の中でも、あいつはずーっと樹氷のスタンスを崩さなそうなタイプだったから、意外も意外。まあなんにせよ、我が弟子の弟子が窮地に陥っていれば颯爽と登場して今のように助けて見せます故、以後、お見知りおきを」

「はあ……えっと、ミズマリ師匠の、師匠……え!?ミズマリ師匠の師匠!?え!?」


 まあ、つまりそういうことである。


「とりあえずは、お互い親睦を深めるというのはどうだろう?我が協会長室でお茶と菓子を振舞おう」

「え、でも……えっと……」


 まずい。この流れはまずい。師匠のツクモは情報収集能力に長けている。ということは、ということはだ。私がやらかした何かしらの件についてのお説教だろう、これは。心当たりがありすぎる。

 ホナカ、駄目だ。絶対につられるな。ホナカが釣れれば、私も必然的に釣れる。芋づる式なのである。


「チョコレートがふんだんにかけられたロールケーキ、フルーツのたっぷり乗ったショートケーキ、様々な種類のパイやシュークリームやアイスクリーム……お気に召すものはあるかな?」

「はぅっ……えっと……いいんですか?」


 あ、駄目だ。釣れた。釣れてしまった。


「勿論。私も弟子に弟子の紹介をいつされるかワクワクしていたからね。つい、たっぷりと用意してしまったよ」


 良くない。全く良くない。

 師匠のワクワクと言えば、弟子だった私には少しばかり嫌な思い出のある単語なのだが。ついでに言えば、少し寒気もしてきた。

 ホナカには今すぐにでもツクモの口を塞いで協会を飛び出してほしいのだが、これは駄目だ。ホナカの目がキラキラ輝いている。対人コミュニケーション能力に長けていない私でも分かる。これはツクモにつられてしまったホナカだ。


「そうと決まれば、早速協会長室に移動しましょうか。君のお師匠様も一緒に」

「え?」


 ホナカの疑問の声。それとほぼ同時に、手首をがっしりとつかまれる。

 私はばっと振り返った。失態だ。こんな近くまで接近されるまで気が付かなかった。私の落ち度だ。


「……はっ。相変わらず」


 私はツクモの弟子だった時代に、ツクモの厳しい特訓から逃れようとして散々彼につかまった。今はあの時より成長しているはずなのだが、手首を振りほどくことさえできない。ツクモはおろか、彼より戦闘能力に劣っているとは。


「そちらこそ。お久しぶりです」


 相も変わらず愛想笑いすら浮かべないツクモの執事兼護衛の男がそこにいた。……名前?そんなものは知らん。

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