12.ちょっとだけお高い装備
大目玉を食らった。特に何も壊してはいないが、それでも一歩間違えれば火事になったり店が水浸しになったり、或いは爆発に巻き込まれてテーブルが吹き飛んでもおかしくはなかった。故に大目玉。
叱られるくらいで済んで良かったと思うべきか、何も壊していないのに大げさな、と思うべきか。
それは兎も角も、私とホナカは急いで注文したものを胃袋に収め、店外に脱出した。ただただ気まずかったからだ。味も何もあったものではないが、何となく甘いということだけは分かった。
そして、私とホナカは再び街に繰り出して買い物の続きをすることにした。生活に必要な物は一通り買ったが、雪山で異形を討伐するにあたり必要な物が揃っていないからだ。
「師匠、確か協会の隣ですよね?」
「ん」
ホナカが以前までに使っていた装備は全て人攫いに渡されたものである。しかしそれは、地上の遊戯用の道具一式であった。
地上ではスキーは国民的スポーツであり、古くから人々に親しまれてきた。全国各地に雪が降る山々があり、一年を通してスキーが楽しめる。無論、異形は出ないが。
小学校、早いときには幼稚園から、人々は社会学習や体育の授業の一環としてスキー演習という名目で雪が降る山々に赴き、スキーという遊戯に興じる。
故に、この国に住まう人々は九分九厘スキーが出来る。その上で魔法の扱いに長けていれば、地上で生まれ育った人でも雪山での戦力になるのだ。
だが勿論、一般人とプロでは技術や装備において圧倒的な差がある。
「師匠、師匠!ここですか?おっきいですねー!」
協会前の大通りから見て右側、あまり大きくはないが店の外装にネオンがぐるぐる巻きになっているが故にかなり目立つ外見の建物。
これこそが、巫専用雪山装備専門店である。専門店は他にもある。が、私の師匠、ツクモ曰く、ここは協会公認の店である為、ぼったくられる心配がないらしい。
この店も明らかに怪しい外見をしているが、他は立地から外見、内装、店員、全てが怪しいらしい。そう考えると、ここで買うのが一番だという結論に落ち着く。
「じゃあ、私はここで待ってる」
「はーい!……って、え?何言ってるんですか?師匠も一緒に選んで下さいよー」
断固拒否したい。私はここにいるとある職人が苦手だった。だが、装備の購入となれば、その職人と顔を合わせることになるだろう。無口で何を考えているのか分からず、その上、会話術が圧倒的に下手な野郎なのだ。
装備の製作に関する技術は一流だが、コミュニケーション能力は皆無だ。壊滅的と言っても良い。よって、断固拒否したい。
「いいから行きますよー!」
断固拒否、出来なかった。ホナカに首根っこをつかまれ、ずるずると引き摺られながら入店。
「師匠、どこから見ればいいと思いますか?」
そう聞かれ、私はぐるりと店内を見回す。件の職人は見当たらなかったが、スキー板や靴に関しては、職人に相談しつつ決めた方が良いだろう。
「ウェアから決めよう」
それぐらいであれば、私でも何となく分かる。私たちは歩を進め、店内の一角、スキーウェアがずらり並んだ棚の前で立ち止まった。
因みに巫の装備品には、時折異形の死体がもととなって作られた、大変性能が良いものがある。それは何もウェアに限った話ではなく、スキー板や靴、グローブやゴーグルにもある。だが、数に限りがあり、大変お高い。
見た限りではこの中にそんなものはなさそうだ。内心でほっとする。正直、そんなものをホナカにねだられたら破産する。
「師匠、何を基準に選べばいいんですか?」
「まず、魔法耐性と物理耐性付与は必須」
「成程」
「それから、白と黒、暗色系のウェアはやめた方が良い。遭難したときに見つかりづらいから。赤、橙、黄、緑、明るめの青のどれかが良い」
特に、赤や橙、黄は、自然界には無い色であるためなお良いと、ツクモが言っていた。
因みに、私のウェアは明るめの青色である。
「あのー、師匠、質問してもいいですか?」
「ん」
「ここにモノクロとか暗色系とかないんですけど、その時は何を基準に色を選べばいいですか?」
ウェアの数々を眺める。確かに、それらしきものは見当たらない。
「それから」
と、ホナカはさらに言葉を紡ぐ。
「このウェアについてるタグ、全部、魔法耐性と物理耐性が付与されているって書いてあるんですけど」
数々のウェアについているタグの数々を眺める。確かに、全てのタグにくっきりとした文字で、「魔法耐性付与・物理耐性付与」と刻まれていた。
「……」
昔、師匠のツクモに教わった基準で考えてみれば、ここにあるものは全て対象らしい。ならば、どれでも良いのではなかろうか。ホナカの色の好みで決めてしまっても良いのではないか。
私がそう、口を開きかけた時。
「おい」
と、声を掛けられた。
聞き覚えのある、あの低い声。脳裏に不愛想な男の顔をちらつき、思わず顔を顰めそうになる。それを取り繕って、私は振り向いた。
「……職人さん」
件の、一見何を考えているのか分からない、無口な職人がいた。つなぎ姿だった。もしかしたら、装備のメンテナンスか、或いは製作を行っていたのかもしれない。
職人は、ホナカを上から下まで見てから言った。
「ウェアか?」
相変わらず口下手だな、と思った。私が言えたことではないかもしれないが。
私はホナカにこそり、耳打ちする。
「色々聞かれると思うから、まとめて話した方が多分楽。あの職人さん、口下手だから」
それを聞いて、ホナカが一歩前に出た。
「いえ、ウェアを含めた一式を揃えたいと思ってます。あたしは炎魔法の使い手で、樹氷の巫、十八歳、身長は百五十五センチくらい、趣味は料理と掃除で、お風呂に入るときは長風呂です!」
身長は恐らく後で測るし、後半二つは正直いらないが、上々だと思う。これで私の出番はない。職人と会話しなくて良い。
職人を見やると、少し考えたそぶりを見せ、それからぽんと手を打った。そして、何も言わず棚の陰に消えていく。少しして戻ってきたその手には、黄みがかった赤のウェアがあった。
ホナカに手渡されたウェアは圧倒的な存在感を放っていた。触ってみるとすべすべした感触で少し軽く、しかし魔力耐性が高そうであることが見て取れた。
「あの、これは魔法耐性と物理耐性以外に何か付与が施されていますか?」
ホナカが職人に尋ねた。職人は、またも考えるそぶりを見せてから、言った。
「……魔法大耐性、物理耐性、炎魔法威力上昇」
吹き出しかけた。新人の巫が持てるような代物ではない。樹氷の巫の一部か、或いは「三の花」のトップクラスしか持っていない貴重なものではなかろうか。魔法大耐性と魔法威力上昇が共に付与されているものなど、そうそうお目にかかれない。
「素材は、とある異形の死体だ」
またも吹き出しかけた。だが、同時に腑に落ちた。そこらの素材に魔法大耐性、物理耐性、炎魔法威力上昇を三つ同時付与など、出来るはずもない。
ホナカがこちらを見たので、首を横に振った。ホナカも同じく振る。
恐らく、他と比べて明らかに高い。値段を聞かなくても分かるくらいだ。互いに無理だと考えたのも無理はない。
これを買えるのは、貯金趣味の樹氷か、三の花や六の花の共用貯金か、もしくは……
そこまで考えて、はたと気が付いた。いる。あのウェアを買える人が、それも、とても身近に。
「あの、別のウェアは……」
「待って」
私はホナカの声を遮った。
「え……師匠?」
「それ、買います」
私がそう言った瞬間、ホナカが思い切り吹いた。
「な、ななな、何考えてるんですか!?」
慌てるホナカを無視して、私は言う。
「今から私が言うところに、請求してほしいんですけど……」
私は一応貯金趣味の樹氷である故、買えないこともないが、もっと良い方法があることに気が付いたのだ。自分の懐を傷めずに買う方法。闇金だとか借金だとか、そういう方法ではない、恐らく合法であるこの方法。
私がそれの名前を出した瞬間、またもホナカが思い切り吹いた。
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