閑話 冷蔵庫の中身
鍋の買い出しに行く前の二人の会話です。
「……ミズマリさん、これはないですよ」
台所に向かい、冷蔵庫を開けたホナカが溜息を吐いた。
冷蔵庫の中身はありとあらゆるものだったが、私にとっては見慣れたものだった。どこがおかしいのだろうか。
私は首を斜めに傾けてから、全体的におかしいのかもしれない、と気づく。気づいたが、そんなはずはない。……多分。
「ちょっとドン引きなんですけど……」
「具体的には?」
ちょっとドン引き、という若者がよく言う矛盾した日本語はあえて無視して、私は尋ねた。
「えぇ……具体的には、って言われても……全部としか答えようがないんですけど……」
ホナカはそう前置きしてから冷蔵庫の中身を取り出していく。
「なんで茄子とじゃがいもが冷蔵庫に入ってるんですか。いつのやつですか、これ。ジャガイモに芽が生えまくって、最早別の植物になりかけてるんですけど」
「えっと……」
「あ、やっぱ言わないでください、怖いので」
ホナカは私が今まで見た中でも特大の顰め面をしつつ、茄子とじゃがいもをごみ箱に放り込んだ。
哀れ、茄子とじゃがいも。一応手を合わせておこう。
「……何やってるんですか」
「冥福を祈っている」
「誰のせいだと思ってるんですか」
私はそっとホナカから目をそらす。痛いところをついてくる後輩である。
「……ミズマリさん、なんでアイスの箱が冷蔵庫に入っているんですか」
「ん。それ、何日か前に買ったやつ」
どうやら間違えて冷蔵庫に入れていたようだ。
「どうするんですか、これ。完全に溶けてますけど……」
私はホナカと顔を見合わせてから、再び目をそらす。臭い物には蓋を。処理ができない芋はごみ箱へ。溶けたアイスは……
「……捨てますよ。細菌繁殖してたら怖いし、多分味は落ちてるし」
溶けたアイスはごみ箱へ。
哀れ、アイス。一応手を合わせて……
「いちいち冥福を祈らなくていいですからね」
本当に、鋭い後輩である。が、私は聞こえない振りをして、手を合わせた。何故か、ホナカが溜息を吐いていたが、気にしない。気にしたら負けである。
「ミズマリさん、お酒飲むんですか?」
ホナカの目線の先には、金と青のパッケージの、大量のビール缶があった。
私は納得の声を漏らす。私は酒が飲めないが、私の師匠であるツクモが飲むのだ。大きな蛇、とか言うやつらしい。ツクモにビールを何本か渡せば、夕食をご馳走してくれる故、買い置きしているのだ。
余談だが、ツクモはとあるブランドの、とあるプレミアムビール以外は受け取ってくれない。本当に、面倒くさい師匠である。
「私はゲコゲコガエルだから、お酒飲めないけど、私の師匠が大きな蛇で……」
「ミズマリさん、ストップ」
「……何?」
「いや、それはあたしのセリフです。なんですか、ゲコゲコガエルと大きな蛇って」
もしかして、ホナカは知らないのか。私以上の無知がいたのか。
そう思いつつ、私は鼻高々にホナカに説明する。最も、私もツクモから聞いたのだが、それはこの際置いておこう。
「酒が飲めない人のことをゲコゲコガエル、たくさん飲む人のことを大きな蛇って言うの。知らないの?」
「初めて聞きました。下戸と上戸なら聞いたことありますけど」
「ゲコ?」
ゲコゲコガエルの略称だろうか、と私は首を傾げる。
「……ミズマリさん。因みにそれ、誰から聞いたんですか?」
「私の師匠。ツクモ」
「……へぇー……」
何故だろう。ホナカが少し呆れたような顔をしてこちらを見ていた。
来週はいつも通り投稿できるかもしれないです。ですが、過度な期待はしないでください。