監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されたやり直し令嬢は立派な魔女を目指します!
「君を大事にするよ」
「は、はい。よろしくお願いいたします。ロウド陛下……」
私、ディーヴィア・ルージェー。
十二歳になった翌月、隣国マロウド王国国王ロウド陛下に輿入れした。
ロウド陛下は今年で三十四歳になられた方で、私の出身国マーゼリク王国はマロウド王国に隣接するキュオウド帝国に圧をかけられており、属国を避けるために同盟国のマロウド王国国王ロウド陛下の三番目の側室になったのだ。
ロウド陛下はすでに正妃様と側室がお二人おり、正妃様と側室お二人にはそれぞれお子様がいた。
私はあくまでも政治のための生贄。
貴族として生まれた以上、お家のため、お国のために操を捧げる覚悟はできていたけれど、年頃ではなく初潮もまだ迎えていない私が二回り以上年上の男性の妻になるなんて――。
「あ、あの、ロウド陛下……今宵は初夜なのですよね……? こ、こちらの貴族たちは……?」
「うん? 見届け人と、用向きのある文官たちだ。なにも気にする必要はないぞ?」
「……!?」
初夜は十人以上の見届け人と文官に囲まれ、心と体が引き千切られそうな痛みにぐちゃぐちゃになった。
その後の王妃様や側室お二人との初対面のお茶会はもっと最悪。
「陛下との閨ではずいぶんな痴態だったとか」
「まあ、隣国では旦那様を満足させる術を教わったりいたしませんの?」
「致し方ございませんわ。陛下はとにかく若い血筋の確かな娘を所望なさったそうですから」
「ほほほ、王妃様は陛下より二つも年上ですから、たまには味の違う娘も……と思われたのかもしれませんわね」
「ほほほほ」
「まあ、おほほほほほ」
地獄だ。最悪だ。もう家に帰りたい。
王妃様や側室お二人の耳にも初夜の痴態が知れ渡り、廊下を通るだけで「初夜はずいぶん……」と嘲笑う声が聞こえてくる。
一人きりになりたくても、実家から連れて来た侍女たちすら王妃や側室お二人からの嫌がらせを警戒して離れることはない。
陛下のお渡りがある夜は毎回二十人以上の人間がついてくるし、行為は全部見られるのが普通。
一人寝で涙を流す時、声を殺さないと次の日には城中に噂が流れる。
幼い私の心は一ヶ月でボロボロ。
二年後、十四歳の私がいたのはギロチンの前。
隣国からロウド陛下を篭絡するために来た、この国の国費を私情で圧迫した悪女――そういう冤罪をかけられて処刑台に登らされた。
初潮を迎えた若い女に陛下が通い詰めるようになったことで、王妃様たちの怒りを買ったのだ。
私は胎にロウド陛下の子を入れたまま、落ちてきた巨大な刃に首を落とされる。
この胎の子さえ、王妃たちに「誰の子かわからない」「不貞の証」などと言われていた。
そしてこんな時まで、王都の広場を埋め尽くすほどの平民に見られる。
この国の人間は私の死まで大勢で“見る”。
稀代の悪女と呼ばれて、公開処刑される私を……娯楽として……!!
ああ、もうやだな。
私の人生なんだったの?
マロウド王国なんて、滅んじゃえばいいのよ。
どうにでも、なれよ……!
あーあ……できることなら……もう誰にも見られたくないな。
落ちた首は晒し首だろうから、無駄、か………………。
「いいわよ。その願い、叶えてあげましょう」
『だ、誰?』
赤い、血のようなルージュが弧を描く。
完全な漆黒の闇の中から、黄金に輝く髪を靡かせた際どいドレスの美女が現れた。
本当に誰……?
私の転がった頭を拾い上げ、滴る血で顎やドレスを汚しても笑みをたたえたままの美女。
「あなたを過去に帰してあげる。貴族の籍を捨て、深淵の森にいるアタクシの下へ来なさい。弟子にしてあげる。アタクシの跡を継いでちょうだい」
『あなたは、誰なの』
私の思想を読み取る謎の女。
私の疑問に彼女は赤い目を細めた。
「アタクシの深淵の森に棲む金の魔女。大陸を走るルディール山脈に魔力を流し、金や宝石、魔物を生み出すのが仕事」
『ま、魔物を生み出す……!?』
「そうよ。でも怖がる必要はないわ。だってどうでもいいでしょう? 人間の世界なんて」
『………………』
憎悪が湧き上がる。
そうね、どうでもいい。
マロウド王国も、私をあんな国に差し出した故郷マーゼリク王国もきっかけを作ったキュオウド帝国も、人間の国は全部全部どうでもいい……!
全部全部許せない。全部全部全部……!
『わかったわ。深淵の森ね?』
「あなたが嫁入りする、その話が出る前の五年前に戻すわ。貴族の籍を捨てて、アタクシのところへいらっしゃい。巻き戻して最初の夜、迎えを送るわ。約束よ」
『約束するわ』
魔女が笑みを深くして、私の頭を漆黒の中に手放す。
そうよ、どうでもいい。
私の心も体も子どもも見殺しにしたこの大陸の人間は、全部、どうでもいい!
「――――――」
チュンチュン、と小鳥の声に目を開ける。
どこからどこまでが夢だったのだろう?
夢じゃないといいのに、と思いながら目を擦り、上半身を起こす。
「え」
手が小さい。
顔を上げて、両手を眺める。
子どもの手だ。
嫁入りした頃よりも、もっと小さい。
――『あなたが嫁入りする、その話が出る前の五年前に戻すわ』
魔女の声が響く。
じゃあ、アレは夢ではなかったの?
ベッド、部屋、窓の外、そして鏡台まで見まわす。
あまりにも懐かしい、マーゼリク王国、ルージェー侯爵家本宅二階の私の部屋。
ベッドから降りて、柔らかな絨毯の上を歩き、窓の前に立つ。
間違いない、懐かしい、私の生家の庭が見える。
磨かれた窓ガラスに映るのも、輿入れの五年前……七歳の私の姿だ。
「やっぱりロウドは変態ね」
今から五年後だって十二歳。
二年後だってたったの十四歳。
そんな小娘を差し出すマーゼリク王国も、打診されて断らなかった両親も、全部私の敵よ。
窓ガラスに映る自分の顔の険しさに気がついて、スッと表情のリセットを行う。
一瞬でも一人になれないあの国で、常に笑顔を浮かべていなければなにを言われるかわからない。
「お嬢様、そろそろ起床のお時間です――あら? 一人で起きられたんですか?」
「……アメリア? ……ええ、起きました」
笑顔を張りつけたまま振り返る。
この女。アメリア。この女も……なにをぬけぬけと。
マロウド王家からマーゼリク王家に対して『侯爵家以上の若い子女を妻に』という打診に対して、年頃のルマイア侯爵令嬢ではなく、私を推薦したのはこの女。
ルマイア侯爵令嬢は打診当時十八歳。
この女、私の侍女であるアメリアとは同級生だった。
この女が私マロウド王家への生贄に相応しいとお父様に打診しなければ……!
「ど……どうかされたのですか? あ、あの……」
「どうもしませんよ。顔を洗いたいので、桶を置いてくださる?」
「は、はい。すぐに」
確かに、七歳の私はここまで淑女教育が進んでいるわけではないわよね。
あの地獄のような監視国で過ごしてよかったところは、常に人の目があったから毒殺の心配が極めて低かったことと王妃教育が異様に身に着いたことくらいかしら。
顔を洗い、カジュアルドレスを纏い二階の食堂で食事を取る。
この国は社交界デビューまで親と同じテーブルについて食事を取ることはない。
社交界デビューはおおよそ十二歳から十四歳。
私は形だけデビューして、そのままマロウド王国に輿入れした。
両親と食事を取った回数は片手の数。
「ごちそうさま」
「あ、あの……ほ、本当にどうなさったのですか? お嬢様……」
「なにが?」
「いえ、あの……か、完璧で……いつの間にそこまで……? 昨日までは……」
「魔女と取引したの」
「え?」
七歳の頃の私は、親と会えない寂しさでよく癇癪を起したから当然ね。
急に自分で起床し、ドレスを着せられ、完璧な所作で食事を終わらせれば奇妙にも思われる。
優しく微笑みながら本当のことを教えてあげると、アメリアの口元が引き攣った。
この大陸で「魔女と取引した」は、二つの意味を持つ。
魔女と取引をした――魔女に愛を捧げることで、その国を治める権利を与えられる。
または、魔女に願い事をする時、魔女が指定するものを捧げて取引を行う。
後者の場合は魔女の住処まで赴かねばならないが、前者は魔女に愛されて莫大な義務と権利、財産を得ることができる。
私は屋敷から出ていないから、私の「魔女と取引した」という言葉を信じるのならそれは私が魔女の寵愛を与えられたという意味に受け取れる。
「ま、魔女と……? な、なにをお考えなのですか?」
「ふふふ」
笑ってごまかし、夜までの間組まれていた授業を受ける。
この年齢だと長い文章の書き方。
手紙の枕詞や、王族、格下の貴族、同性、異性、仕事相手など、手紙の書き方は幅広い。
王妃教育にも携わったことのある家庭教師のご婦人に「素晴らしい。完璧です! 予習をしっかりされたのですね!」と大絶賛をいただいた。
なんなら「これほど完璧であれば、シュドー王子の婚約者候補になれますわ」と太鼓判を与えられる。
シュドー王子とはこの国、マーゼリク王国の第二王子。
私と同じ七歳。
この国の王太子は国王陛下の指名制だから、第二王子も十分王太子の可能性がある――が、もちろん冗談じゃない。全力でお断りよ。
笑顔で先生に「ありがとうございます」と完璧なカーテシーでお礼を言うと、先生は「素晴らしいわ」とまた褒めてくれた。
入口に立つアリシアの表情はますます青くなっているように見える。
「ルージェ侯爵様と侯爵夫人には大変すばらしかったとお伝えしておきますね。また来週、今度は刺繍の授業でお会いしましょう」
「はい、楽しみにしております」
先生がお帰りになったのは夕方。
部屋に戻ってから部屋着に着替え、お風呂。
お風呂のあとは夕飯。
一階から両親仕えの使用人が二階に上がってきて、「食後に談話室へ」と言付けをもってきた。
食事が終わってから一階に下りると、滅多に会えない両親が揃って待っている。
「聞いたぞ、ディーヴィア。完璧な立ち居振る舞いと手紙の書き方で、このままならジュドー王子との婚約も難しくないだろうといわれた。お前の勉強態度では無理かと思っていたが、そういうことならジュドー王子との婚約を視野に手回しをしようと思っている。ディーヴィア、お前自身はどうだ?」
「……もちろん、喜んで。そのような栄誉、わたくしには身に余るとも思いますけれど……我が家から王子妃を出せればお父様のお力になれますわよね?」
「そうだな。では、そのように手回しを始めよう。明日以降も王子妃に相応しい淑女になるために励むのだぞ」
「はい。頑張ります!」
両親の望む姿を演じて、夜も遅いので、と挨拶をしてから二階の自室に戻る。
これから睡眠時間なので、アリシアも頭を下げてから部屋から出て行く。
迎えを寄越すと言っていたけれど、どうやって――
『もう、親との別れは済ませたかしら?』
「はい」
聞こえた声に答えると、白銀の毛並みの狼がベッドの前へ現れた。
白銀の狼は赤い瞳を持っており、私をジッと見つめてくる。
「私を魔女様の下へ連れて行ってくださるかしら」
『どうぞ、こちらへ。我が背に乗ってください』
「ありがとうございます」
『持って行くものはなにもないのか?』
「ございませんわ。なにもかも捨てていきます。今着ている部屋着くらいかしら」
白銀の狼の背に跨り、いつでもいいです、と答えると横たわっていた狼が立ち上がる。
そしてどうするのだろうと思っていたら、ガラス扉の方に向かって走り出す。
ぶつかる、と思ったらガラス扉を通過して、夜空に飛び出した。
三日月が輝く夜空は、とても美しい。
美しい、と思った自分に少し驚いてしまう。
私にまだ、月や星空を美しいと思う心が残っていたのね?
三十分ほど上空を駆け抜けると、深淵の森が見えてきた。
白狼が森の中心部に向けて急降下していく。
見えてきたのは黄色い薔薇に覆われた小さな城だ。
黄色い金の柵、屋根、空中庭園にも黄色い薔薇が咲き誇っている。
城の横には湖。
全体的に金と緑、青に溢れた、美しい古城だ。
白狼は空中庭園に降り立つと私を乗せたまま城の中へ入った。
冷たい印象を受ける石作りの城内は、人の気配が一切ない。
辿り着いたのが大きな観音開きの扉の前。
触れてもいないのに扉が開いていく。
「ようこそ」
玉座に座るのは夢で見た金の髪の魔女。
足を組み、髪を手で横に流し、笑みを深めて私を出迎えてくれた。
私は丁寧にカーテシーでお辞儀をしてから、笑みを返す。
「改めて、アタクシは金の魔女。そなたの名は?」
「ディーヴィア・ルージェーと申します。ですが、今し方家を捨ててまいりましたので、ただのディーヴィアですわ」
「それでいい。魔女は持たざる者。その代わり世界と繋がり“世界を使える”。世界のあらゆるものをこの胎で生み出し、与え、そして育み奪う。聖女のように癒しと守りを与えるだけの女ではなく、創造と破壊を司る」
顔を上げる。
世界の創造と破壊。
神に祈り、癒しの力と魔物を阻む結界を生み出す聖女は、教会に所属し各国でもっとも強い祈りの力を有するものを大聖女として国の代表聖女とする。
今まで聖女こそ素晴らしいものだと思っていたけれど、彼女の話を聞くと魔女の方が上位存在のようね。
確かに魔女は世界に五人のみ。
西の金の魔女、東の銀の魔女、南の虹の魔女、北の白い魔女、空の黒い魔女。
この世界を創造した女神マアテラの“五人の娘たち”。
魔女たちは世界の調律者。
人類の“姉”たち。
「今そなたが使っている名前とは別に、魂の名を自らで知ることにより魔女の資格を得られる。五十年ほど修行の後、金の魔女の魂をそなたの魂の中に入れて融合すれば、次の金の魔女の完成だ」
「お元気そうに見えますが、なぜ魔女の地位をわたくしに引き継がせようと……?」
「肉体の“アップデート”。魔女の肉体の限界はだいたい五百年。魔物を生み出し続けると、人間の願いを喰らっても胎に宿る魔力が衰退してしまうのだ」
なるほど、魔女としての仕事ができなくなるのね。
でも、まだ魔女の業務がよくわからないわ。
それに――
「あの、どうして私が次の魔女に選ばれたのでしょうか?」
「女の胎の魔力も個体差がある。お前はかなり潤沢な魔力を持っている上、元々の選出基準に世界への強い憎しみと絶望を抱いている者が好ましい。憎悪は反転すれば愛になる。魔物の母として、人類の姉として愚かで矮小な人類を愛してあげなければいけないの。今はまだ憎しみと絶望だけだろうけれど、上位存在である“魔女”になれば人間なんて哀れで可愛いものに見えてくる」
そう言って真っ赤なルージュが弧を描く。
美しい金の髪を靡かせながら、長い足を組み直す魔女。
人間の上位存在。
だから人間を可愛らしく思えるなんて……そういうものなのだろうか?
「さて、早速お前に魔女になるための資格――自分の魂の真名を知ってもらおう。その魔法陣に乗って、床に寝そべりなさい。目を閉じると、おのずと真名が見えてくる」
「わかりました」
魔女の指差した方に、金色の魔方陣が浮かび上がる。
言われた通り、魔方陣の中心に横たわり目を閉じた。
しばらくはなにもなかったのに幼い体はだんだんと眠気が勝ってくる。
「すや……すや……♪」
『寝てしまったな』
「ふふふ……まだ生まれたてだからな。寝るのが仕事だ。こんな幼い赤子を下界に置かねばならないのは、いささか心苦しくなってしまう」
体が温かいものに包まれた。
自分が眠気に負けて、淡い黄色い雲の上に眠る夢を見る。
――ヴィヴィアロードプリシア。
浮かんだ名前、これは私の魂の名前だ……。
◇◆◇◆◇
「ふあぁ……。ここは……?」
目が覚めたらそこは城の一室……ではなく、ふかふかのパッチワークベッド。
狭い部屋の中に大きなベッドと鏡台、クローゼットと小さなチェスト。
窓にはオレンジの花柄カーテン。
カーテンを開けると、森と小さな畑。
首を傾げながらクローゼットを開けてみると可愛いカジュアルドレスがいっぱい入っていた。
その中からピンクサーモンのシンプルなものを選び、足首までのブーツを履く。
驚くほどすべてが今の私のサイズぴったり。
「ここは、いったい……どこなの?」
不安を感じながらドアを開けると、そこはダイニングになっていた。
ハーブの匂いが充満しているダイニングの近くには、キッチンがある。
食器、調理器具、薪、水瓶も揃っているし他の家具も一通り設置してあって今すぐ生活できそうではあるのだけれど……。
「目が覚めたか?」
「ひっ!? ……あ……だ、誰?」
真後ろから声がして、驚いて振り返る。
立っていたのは白銀の髪と真紅の瞳の大男。
彼はフン、と私を嘲笑うと、長ソファーにどすんと腰かける。
「われはハクア。金の魔女の使い魔だ」
「使い魔……」
「今日からさっそく、お前には偽名を名乗ってこの地で人間や知性を持つ魔物の願いを叶えていくがいい。そして自分自身の使い魔を探すのだ。使い魔は何人、何匹いても構わない」
願いを叶える? 人間の?
嫌だ、と心から思うと顔にそのまま出ていた。
ハクアと名乗った使い魔は、フン、と私を鼻で笑う。
「願いの叶え方はお前次第だ。恋敵を蹴落としたいという願いなら、その恋敵を殺せばいい。金が欲しいものにはその身内から財産を取り上げてくれてやればいい。王になりたい者には、王殺しの汚名をくれてやればいい。願いはどれも叶えて終わりではないのだから、そんなこともわからぬ馬鹿には相応の叶え方で構わないだろう。それと、願いを叶える前には必ず“報酬”をもらうこと。願いに応じた報酬を受け取り、願いを叶えるのだ。魔女らしく残酷に、気に入ったものは存分に贔屓して」
「魔女、らしく」
「そのあたりの立ち居振る舞いも、ゆっくり学んでいくがいい。そのための修行期間だ」
そういうことか。
では、ここで人間や魔物から対価をもらい、願いを叶えていくのが課題なのね。
そして自分自身の使い魔を探す。
気に入った者の“対価”に私の使い魔になることを条件にすれば、使い魔は難しくなさそうね。
「そしてこれも渡しておく。魔女が使える権能や魔法の使い方を教えてくれる指南書だそうだ。話しかければ、該当ページが勝手に解決方法など今お前が必要なことを教えてくれる」
「ありがとう存じます」
手渡されたのは大きな本。
でも、受け取ってみるとすごく軽くてびっくりする。
私が本を簡単に受け取ったのを見て「自分の真名はしっかり理解したのだな」と呟かれた。
不思議そうに見上げると、この本は自らの真名を知らぬ者には大岩のように重いのだという。
ハクアは金の魔女に依頼されて持ってきたから免除されているらしいけれど。
「やるべきことは自分で考えながら励むがいい。来月また様子を見に来る」
「想像以上に丸投げですのね」
「なんだ? まさか一人は寂しいのか? なら、さっさと使い魔を得ることだ。使い魔は何匹いてもいい。自分で魔物を産めるようになったら、それを使い魔にすることもできる」
「別に寂しいわけではありません」
むしろマロウド王国での生活を思い出すと、一人で生活すること自体初めてで不安と期待で胸がいっぱいになる。
食事は、と聞くとハクアに「自分でなんとかしろ」と突き放された。
庭には畑もあっただろう、と顎をしゃくられて私もダイニングの窓の外を見る。
つまり、自給自足でなんとかしろってことね。
できるかしら? いえ、やるしかないもの。
わからないことはこの本に聞けばいいってことだものね。
「わかりました。やってみます」
「じゃあな」
「はい。ありがとうございました」
ハクアは扉を開けて外に出ると狼の姿になり、天空へ向けて駆け始めた。
これで本当に独りきり。
思わず本を抱いたまま、深々溜息を吐き出す。
不安。でも、それ以上に……。
「一人暮らし……!」
あの地獄のようなマロウド王国では、夜寝ている時もトイレにいる時も旦那様との睦言の時ですら人の目があった。
常に護衛という名の他人が十人以上周りを固めている。
慣れとは怖いもの、人に囲まれた生活も半年経つと慣れてしまった。
まあ、三十人近い貴族や騎士に囲まれながらの閨は慣れることはなかったけれど。
アレに慣れたら人として最低限のプライドを砕かれたと思う。
だからこそ一人の生活というのには憧れが止まらない。
私、一人暮らしができるんだ……! 嬉しい、嬉しい……!
――とはいえ、産まれてこの方人に世話されて生きてきたから、どうやって一人で生活すればいいのだろう?
えっと、朝は起きたら顔を洗う。
そのあと着替えて、食堂で朝食。
食後のお茶を飲みながら家族の予定を確認して……昼間は自宅で勉強したりお茶会や夜会があればその準備。
まあ、貴族の生活をすることもなくなったから、お茶会や夜会の準備なんてすることもないだろうけれど。
そういえば、ルージェー家は今頃どうなっているかしら?
私がいなくて多少騒ぎになっているのかもしれないわね。
まあ、もう関係ないけれど。
隔離されて育っていたのでほとんど会ったことはなかったけれど、私には兄と姉がいたから家は兄が継ぐだろう。
マーゼリク王国の貴族――特に男が産まれたあとの女子はいずれ嫁に出すので、両親は元より兄弟姉妹とも分けられて育てられる。
情を持ちすぎて、手放すのが惜しくなる……そんなことにならないための教育方法。
マーゼリク王国の王侯貴族は愛情を抱くと依存気味になってしまうのだそう。
それを避けるために情のうつらない育て方をする、と。
だから私の方も、親に対して情は持っていない。
マロウド王国に嫁がされた憎しみこそあれ……ね。
「もういいわ。過去……いえ、この時間軸では未来だけれど、マロウド王国に嫁ぐことは絶対にないから忘れましょう魔女として成長し、自活していくことを考えましょう」
と、するのならばなにを犠牲にしても最優先で考えるべきは食糧!!
魔女の見習いになったから食べなくてもよい、というわけではなさそうなのはキッチンの充実度を見ればわかる。
外へ出ればそこそこの畑もあるしね。
早速本を開いてみると、全部空白……?
と、思った途端、畑の使い方やパンケーキのレシピなどが浮かび始めた。
なるほど!
ハクアが言っていた魔女が使える権能や魔法の使い方を教えてくれる指南書は、今の自分が必要なことを教えてくれるってこういうことなのね。
もしかして、聖女や魔女が使える魔法の真相って、こういうことだったのかも?
まあいいわ、家の外の畑に行って作物を育ててみましょう。
本の中身を見ると、光が本から細く伸びて軒下の木棚を指す。
その棚には小袋が並んでいる。
光の紐はその中から触手豆とマンドラゴラ味人参、人面ジャガイモの種を持ち上げて持ってきた。
……これ食べられるの? なんか気持ち悪……。
ま、まあ、飢え死ぬよりましよね。
すでにある程度整えられている畑の畝に、種を蒔いていく。
手を放しても本は中に浮かび、種の撒き方の書かれたページを開いたまま見せてくれる。
なんて便利なのかしら……!?
触手豆は指で土に三センチ程度の深さの穴を開け、その穴に一粒ずつ入れて土を被せる。
マンドラゴラ味人参は直線上に溝を作り、種を被さらないように並べていく。
それにしっかり押さえつけるように土を被せる。
人面ジャガイモは少し離れたところの畝の谷部分に芋を並べていく。
株間は25センチから40センチと、かなり広めに。
土を被せ、しっかりとスコップで土を被せる。
「……ふう……! 楽しい~~~!」
土いじり、ってこんなに面白いものだったんだ~。
一番最初に収穫できるのは、魔法水で育てた場合のマンドラゴラ味人参。
普通の水なら一カ月かかるが、魔力を込めた魔法水なら約四日らしい。
農業用の魔法水の作り方も、次のページに載っていた。
同じく木棚の下の方に置いてあった水色のシャープなじょうろ。
ここに井戸から水を汲み、本に書かれた文字を指で真似して水の中で書く。
自分の“魂”と対話を行い、自らの魂の真名を知った者は魔力を得られる。
多くの国でそれは特権であり、王族にのみ、真名を知る術は伝えられていた。
魔法はそれほど特別で、強力だったから。
だからマロウド王国に嫁いだあとも、陛下は魔法を使えても王妃や私たち側室は法的に王室に迎えられただけで真名を知る機会に恵まれることはなかった。
まあ、信用されていなかったってことでしょう。
あれだけ多くの人間に監視されていたのにもかかわらず。
だからこそ、聖女たちは王家と同等の扱いを受ける特別な存在なわけね。
しかし、この本に教わった魔力文字……じょうろに広がる魔力が水に宿る。
そのじょうろで水を畑にまく。
虹色の光を宿した水が土に染み込んでいくのを確認してから、じょうろを木棚の横に置いた。
「これで野菜を育てるのね。他にもなにか植えておくべきかしら?」
作物を育て、日々の食事を用意しつつもう一つ……魔女の修業のことも考えないとね。
確か、知性のある魔物と人間の願いを叶える。
叶え方は私の自由にして構わないし、贔屓もしていいし、適当にしていい。
そしてもう一つは私の使い魔を探すこと。
人間の使い魔か、魔物の使い魔でもいい。
ハクアは金の魔女様の使い魔。
使い魔って、小間使いや使用人って感じの存在なのかしら?
使い魔は何匹いてもいいって言ってたし、家自体は小さいけれど畑担当やシェフやお掃除係がいてくれると助かるんだけれど。
つまり最低三匹くらい?
ハクアは乗り物としても活躍していたから、そういう魔物もいた方がいいのだろうか。
じゃあ四匹?
「それに使い魔ってなにか……雇用契約とかするのかしら? ――あ?」
私の呟きに反応して、指南書のページがパラパラと捲れていく。
とあるページで止まると、そこに文字が浮き出る。
使い魔とは――という章題から説明文が丸々一ページびっしり書いてあった。
掻い摘むと、使い魔とはその名の通り魔女に使える小間使い。
魂の真名を魔女に捧げることで魔女と同じ寿命を得る。
魔女が次代に受け継がれる時、前の魔女と次代の魔女が合意すれば使い魔の引継ぎも可能。
つまり、金の魔女様が私にハクアを渡してもよいと言ったらハクアが私の使い魔になるってことね。
そこに使い魔の意思が介在しないのがちょっと怖いところだけれど。
魔女は使い魔をいくら増やしても構わない。
使い魔は魔女に血を与えられれば霊格という格が上がり、魔女に近い存在となり使い魔自身の使い魔を得ることができるようになる。
ただし、魔女に近しい存在になると魔女からの支配力が強まり逆らう意思を持てなくなる。
使い魔が使い魔の意思で魔女の使い魔を辞退したい場合、魔女に許可を得て転生するしかない。
魔女の使い魔になるには、使い魔予定者の同意が必要。
使い魔はいついかなる時も魔女の呼び出しに応えなければならない。
「使い魔になることを同意した者の真名を覗き、一文字を奪い、自分の魂に取り込む。それにより使い魔は魔女に逆らえなくなり、かつ魔女は使い魔の魂の一部を取り込むことで魔女としての力を増し、霊格が上昇する」
度々出てくるこの霊格とは?
再びページが捲れると、霊格についても見つかった。
霊格とは魂の格のこと。
まずこの世界を創った女神マアテラと五人の魔女たちの魂の格は霊格の上の神格と呼ばれるらしい。
その名の通り魂の格が“神級”だと神格で、それに準ずるのが“霊格”と呼ばれる。
真名を知る前の私は“凡格”。
指南書曰く真名を知っていることが凡格から霊格に上がる条件であり、魔法を扱えるようになるための最初の条件ということらしい。
なるほどね。
「勉強になるわ、ね……あ……」
顔を上げたら空がオレンジ色に染まっていた。
いやだわ、いつの間にこんなに時間がかかっていたのだろう?
本を閉じて、宙に浮かべたあともう一度は畑を眺めてから家の中に入る。
次は夕飯作りだけれど、地下の食糧庫に小麦粉や野菜がたくさん入っていた。
指南書に声をかけると材料が表示される。
階段を下りて人参とジャガイモ、タマネギ、天井につり下がったソーセージを取ろうとして――背が届かなくて一時停止。
あ、そ、そうか。
私、七歳の体に逆行していたんだった。
どうしよう? 今のままでは届かないわ。
辺りを見回すと、指南書が目の前に下りてきてとあるページを開く。
魔法文字を使うと体が浮かび上がる。
階段近くの壁にハサミがつり下がっていたので、それを取りに浮遊するが……バランスを取るのが難しい。
それでもなんとかハサミを取って、再びソーセージのところに戻り、一本をハサミで切って他の材料とともに揃えてから一階へ戻った。
鍋に水瓶から水を汲み、材料をそのまま入れると指南書に魔法文字が浮かぶ。
それを鍋の上で指を滑らせ書き上げると、鍋が光り始めた。
「えーと、このまま五分放置するのね。で、その間に小麦粉と砂糖と塩、酵母、オリーブオイル少々をボウルに入れる。魔法文字を書き上げて、濡れ布でボウルを覆って十分放置……」
五分後、鍋を開けるとポトフが出来上がっており、十分後に濡れ布を取るとパン生地が完成していた。
パン生地は適当にちぎって鉄板に載せて窯へ入れ、再び魔法文字を書き入れて窯を閉じる。
十分後に、パンが完成。
「すごーい……! 簡単!」
きっと野菜は皮を剥いたり、カットしたり味つけしたりと作業があるだろうにポトフは全部終わって出来上がりだけが鍋の中にある。
パンも同様。
魔法を使わないレシピを教えて、と指南書に頼むとパン生地は一日くらい放置しなきゃいけないんだって。
へええ、やっぱりかなり時間がかかる作業だったのね。
「魔法のおかげで一人でも十分やっていけそう。体が縮んでしまったから、ちょっと感覚が慣れないけれど……」
さっきのソーセージを取る時のような。
でも、生活自体は魔法文字のおかげでやっていけそう。
なんなら魔法文字で魔法を使うのすっごく楽しい~!
「むしろこれなら他人の願いを叶えるという課題も楽しくできそう。でも、あれよね……こんな幼い姿だと馬鹿にされそうなのよね。変身魔法とかないのかしら――」
なんて焼きたてのパンをちぎりながら、夢中になって指南書を読み続ける。
これ、しばらく寝不足になりそう。
◇◆◇◆◇
「全然来ないわね」
大きなローブを被り、浮かぶ魔法で裾が地面に着かないくらい浮かび上がる。
これで幼女の姿だからと侮られることはないだろうと準備したんだけれど……。
「うーん、別に宣伝するほどのことでもないと思うけれど、このまま誰も願いを訴えに来ないと課題がこなせない……。使い魔も見つけられないのも困る」
一人暮らしはすっごく楽しい。
気楽だし、誰かに監視されない生活マジサイコー!!なんだけれど、今の私は魔女として修業中の身。
出された課題を早く終わらせたいのよね、性分的に。
「そうだわ。胎の魔力を使わずに小型の魔物を作り出す練習をしてみよう。魔女の胎の魔力で生み出すのは、霊格を上げてから出ないと命にかかわるって書いてあったし……」
霊格を上げるには使い魔を増やす、人間または知性ある魔物の願いを叶えると、使い魔になった者や願いを訴えてきた者の魂の一部を取り込む。
魔法文字は体から滲み出る分を使うので、大がかりな魔法を使わないのであれば魔女見習いに負担はない。
小さな魔物を作るのは、この滲み出る魔力をこねて形にして解き放つ。
魔物なんて貴族として家の中に暮らしていた私は見たこともない。
マロウド王国に嫁いだあとも血なまぐさい話題は聞いたことがなかった。
おそらく後宮の妃の耳には入らないように遮断されていたんだろう。
あの異様な監視体制は、私たち妃の不貞を許さないためのものでもあり情報統制のためでもあったんだろうな。
……だから魔物がどんなものなのか、まったく知らないのよね。
せいぜいおとぎ話の挿絵くらいだ。
「魔物の魔力生成方法を教えて」
指南書に声をかけるとページが捲れる。
開かれたページに、作り方が絵柄で表示された。
わかりやすーい。
「ええと、適当なお皿に魔力を貯める」
食器棚から底の深めな小皿を取り出して、ダイニングテーブルに載せる。
初めてなので子どもの手でも持てるくらい小さなお皿。
ここに魔法文字で[魔力を貯める]と書く。
指先から金の液体が流れ落ち、小皿に少しずつ溜める。
遅いなぁ、と思いながら頬杖をつきつつ満タンになるのを眺めていると、外から人の気配を感じて顔を上げた。
「どなたか――願いを叶える魔女様はいらっしゃいませんか……」
これって中断していいのだろうか?
また最初からは面倒くさい。
小皿を抱えて姿を偽る用のフードを被り、窓から覗く。
小さな包みを抱えた年若い女が、畑の側をウロウロしている。
顔はやつれ、服はところどころ破けて小汚い。
畑にはマンドラゴラ味人参がほぼ収穫できるようになっている。
女は人参を見下ろして物欲しそうな顔をするが、その人参にマンドラゴラのような顔があることに気がつくとわかりやすくガッカリとした顔をした。
なに? 野菜泥棒? お腹が空いているってことかしら?
「誰?」
「あ……!! ま、魔女様でいらっしゃいますか? どうか願いをお聞き入れくださいませんか」
声で子どもとバレそうなものだけれど、家から出ると深くフードを被った長いローブの長身女に、包みを抱えた女は唇を震わせ顔を青くする。
しかし、すぐに跪いて頭を下げてきた。
「あ、あ、あ、私はアンと申します。魔女様に願いを叶えていただきたくて」
「内容と対価によるわ」
「あ、あの、こ、これを……」
胸に抱いた包みを差し出す女。
包みの中から出てきたのは――赤ん坊。
「………………」
蘇る記憶。
私の胎にいたマロウド王国国王の赤子。
私の胎から生まれることもなく、私が首を落とされたことで一緒に死んだあの子。
この女、赤子を差し出してどういうつもり――?
「お願いします、魔女様……この赤子を捧げますので、私の村を助けてください! 領主の税金が重く、今日食べるパンもないのです! このままでは村が飢えて、誰も彼も死んでしまいます。お願いします、どうか、どうか……!」
手を組み、願いを口にする女。
ああ、顔を覆うフードが長くてよかった。
私は今、きっととんでもない顔をしていることだろう。
赤ん坊を対価に村を救え?
確かに誰も願いを言いに来ないから退屈に思っていたけれど、初めてのお客さんがこんな内容だなんて驚きだわ。
どうしましょうね、この願いの叶え方。
――願いの叶え方はお前次第だ。
ハクアの言葉がよぎる。
この願いをどうやって叶えるかは私の気分で決めていいのよね。
『恋敵を蹴落としたいという願いなら、その恋敵を殺せばいい。金が欲しいものにはその身内から財産を取り上げてくれてやればいい。王になりたい者には、王殺しの汚名をくれてやればいい。願いはどれも叶えて終わりではないのだから、そんなこともわからぬ馬鹿には相応の叶え方で構わないだろう』
叶え方は私の自由。
私が「その赤子はお前の子?」と聞くと、震えた声で「はい」と頷く。
指南書を開き、嘘を見抜く方法を念じると魔法文字が浮かぶ。
マントの下で手早く書き上げると、耳と目がほのかに温かくなる。
『だ、大丈夫。なにも嘘をついてないもの。村長の言った通りにしているんだから大丈夫』
女の口は動いていないが、耳に届く女の声。
コレが心の声というやつのようね。
嘘はついていないんなら、この赤子は女の子どもに間違いない。
村も疲弊している?
「――?」
指南書が『嘘を見抜く方法』とともにおすすめ、と出してきた魔法文字は『過去を覗く魔法』。
確かになにが起こってここに来たのかを見られれば、どのような叶え方がお似合いなのかがわかるはず。
指先で魔法文字を書いてみると、女の姿が波紋のように揺れる。
『お待ちください領主様、これ以上税を重くされると我々が食べる小麦が足りなくなります!』
『貴様らが何人犠牲になろうが、知ったことではない!』
『そ、そんな……』
これは村長?
話している相手は見た目からして貴族。
場面が移り変わり、貴族の男が執事と話している。
『今年は水害が多く、小麦はどこも品薄。王族に捧げる量を増やせば我が家の覚えもめでたくなるはず。民が何人死のうが、王侯貴族さえ無事であればいい。民などいくらでも増えるのだから。そんなことより、ジュドー王子の婚約者候補を我が家からも出さねば』
『今年は乗り切っても、王家の魔力が減り続ければ帝国の属国になるか、マロウド王国から食糧を買いつけねばならなくなりますね』
『そうだな。国王陛下がもっと魔力の多い方であれば、我らがこんなに苦労することもなかっただろうに……』
――なるほど。
真名を知り、魔力と魔法を手に入れるのは魔女と聖女、一部の王族。
魔女は魔力で魔物を生み出し、自然の恵みを豊かにする。
聖女は魔力で癒しを振りまき、守りの力で魔物から人々を守る。
王は魔力で国を守り、国を豊かに導く。
だが今代のマーゼリク王は自らの真名を知っても魔力が少なかった――霊格が低かったということなのだろう。
金の魔女様は私の胎の魔力が豊富とおっしゃっていたが、私は自分の真名を知らず宝の持ち腐れだったわけね。
確か、胎に魔力を持つのは女だけ。
つまり男は実質さほどの魔力を持たないということ?
ああ、だから各国は聖女をありがたがるのね。
魔女や王族と違って自然発生して、王侯貴族も好きなように丸め込めるし国民にも魔物を退ける象徴として愛される。
貴族たちはまだそれなりに若いながらもすでに魔力が尽きる王を見限り始めているのか。
そのしわ寄せが民に――そして五年後の私にも来たというわけね。
ふざけたことを。
「あの、魔女様……?」
まあ、それはそれとして民は抜け穴として魔女に縋る、
この女は我が子を報酬に「村を助けて」としか言ってなかったから、村を救う方法は私が勝手に決めていいのよね?
助け方も、なにを以て村の救済なのかも。
とりあえず、食べ物……食糧難ということは理解した。
口元が勝手に歪んでしまう。
「……ええ、いいわ。食べ物がほしいのね?」
「は、はい! 小麦があれば……パンを焼いて保存ができるんです!」
「数日以内に食糧を送りましょう。その赤子もあなたが連れて帰りなさい。対価はお前の村の人間から、魂の一部を少しずつもらうわ」
「た、魂の一部……?」
「なにも怖がることはないわ。お前の村の人間すべてを私の下僕にしようというわけでもない。魂の一部をちょっとだけもらう程度。せいぜい一年くらい寿命が短くなるくらい。いいでしょう? 別に。村の人間一人一人が均一に支払えば、それでお前は我が子とこれからも暮らしていくことができるのよ。しかも、食糧まで手に入る。どうする? それでも我が子を差し出す? お前が『魔女は赤子を差し出したお前を憐み、報酬を受け取ることなく食糧を与えてくれた』と言えば村の者は寿命が少し縮んだことも知らぬまま過ごせるし、お前は我が子と暮らしてゆけるし、私の評判も上がるから誰も損をしないでしょう? それともお前は、村の人間に言われた通りその子を犠牲にするべきだと思うの? 必要なのは村の食糧なんでしょう? お前の子だけが犠牲になればいいと、本当にそう思うの?」
女は急に真顔になる。
母親なら、しかも見るからに初めて子を産んだばかりの母なら我が子一人を犠牲にしてのうのうと生き延びようとする村を許せない。
案の定女は頭を下げ、「村人の魂を差し出します」と告げた。
笑いそうになるのを耐えながら、家の中に作り置きしてあるパンを包んで持たせてやる。
「帰り道に食べるといいわ。これは山牛の乳。子に飲ませておやり」
「よ、よろしいのですか……!?」
「いいのよ。お前のおかげで魂のかけらをそれなりに手に入れられそうだもの」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
いいわね、平民は。馬鹿で。
何度も礼を言い、頭を下げて去っていく女を見送ってから家の中に戻る。
食糧庫の小麦袋を一袋、[小さくする魔法]で持ち上げてから家の外へ出て先ほどの女をこっそりつけた。
女は赤子に乳を与え、休み休み進んでようやく森から出る。
小さな馬に乗り、二日かけて村に帰った。
村は女が赤子を連れて戻ったことに困惑したり怒鳴りつけたりしたが、女は私が告げた通り「魔女様はとても慈悲深いお方だった。村の窮状を話すと大層憐れんでくださり、対価は不要だと言ってくださった。近日中に食糧を送ると約束してくださった」と涙ながらに説明してくれる。
想像以上にお涙ちょうだいの名演技……いえ、本人は演技しているつもりはないのかも。
村を見回すと倉庫を見つけたので、そこにこっそりと先ほどの小麦袋を置いていく。
小麦袋に[巨大化の魔法]をかければ、倉庫いっぱいの巨大な小麦袋が出来上がる。
中身を確認すると、粉自体も大きくなっていた。
それを指で砕くと、子どもの力でも容易く砕けて粉々になる。
うん、粉も砕けば問題なく小麦粉として使えるわね。
他にも野菜やソーセージを一本、置いて巨大化させる。
野菜と肉も巨大化させておいておけば、村人全員で食べていけるんじゃない?
野菜の一部は……倉庫から飛び出しちゃったけれど……まあ、私の家の食糧庫のように鮮度停止の効果が付与されていないから、早く食べないと悪くなってしまうものね。
姿が見えなくなる魔法を使い、そのままいつ村人が気がつくか観察していると、子どもが数人はみ出た野菜に気がついた。
すぐに大人を呼びに行き、村中大騒ぎになる。
あっという間に村は歓喜の声に満ちるが、その喜びようがいつまで続くか見物よね。
受け取ったのも見届けたし、村人全員から魂のかけらを――報酬をいただくことにしましょうか。
魔法文字で村全体に範囲を指定。
そしてさらに範囲内の人間全員を指定。
魂の一部を強制刈り取り。
なにも問題ないわ、だってちゃんとあの女から了承を得ているもの。
無事に契約成立――と、私の中に村人の魂の一部が入ってくる。
今までにない、不可思議な感覚。
お腹の中が温かい。
「ふふ……」
なるほど、自分の魔力が強くなっているのがわかる。
これが格が上がったということか。
餌は撒いたし、あとは勝手に自滅するだろう。
私は報酬をもらったあとだし、もう関係ない。
「あははははは!」
新しい魔法……[瞬間転移]が使えるようになった。
それを使って深淵の森の家に帰る。
教養もない平民たちはきっと、慈悲深い魔女に対価もなく願いをかなえてもらったと思うだろう。
実際はちゃんと村人全員から魂のかけらをもらっている。
あの女が本当の報酬を話したところで、あの女が悪者にされて責められるだろう。
近隣の村々は一ヵ所だけ潤ったあの村に交渉を持ちかけ、あるいは嫉妬される。
嫉妬した村は領主に報告するはず。
そして、強欲で平民の命をなんとも思わない領主は、あの村だけが潤っていることに憤り、得た食糧を取り上げるんじゃないかしら?
多少賢ければ、あの村の食糧を他の村に配分するか。
どちらにしても、あの村の食糧は他に取り上げられる。
「またほしくなったら縋ってくるかしら? その度にたくさんの魂のかけらを手に入れられるから、私は構わないんだけれど。ふふふ……」
領主は何度取り上げても食糧が出てくると村人に理由を問うだろう。
口止めしていないから村人は「深淵の森の魔女に願った」と話し、領主から王家にまで話が広まれば――。
「たくさん願いを叶えて、全部糧にしてあげよう」
この国ごと喰らってやってもいいし、憎い憎いマロウド王国の喉元にも噛みついてやれるかもしれない。
魔女だから、好きに生きていいのよね。
国に手を出す時は金の魔女様に聞いてからにするけれど、許しが出たら滅ぼしてしまおうかしら。
なんてね。
◇◆◇◆◇
その五年後。
“前回”はマロウド王国に嫁いだ年齢――私は十二歳になった。
が――。
「全然成長しないのだけれど?」
「肉体年齢は自由に変化させられるはずだ。お前自身がその操作方法を覚えていないんだろう。他に困っていることは? ないなら今月はもう帰るぞ」
「はい、まあ、そうですわね。傾国については魔女様にお許しももらいましたし、肉体年齢の操作方法を覚えれば問題ないのでしょう?」
「そうだな。では定期報告は、また半年後に」
「はい。今回もありがとうございました」
半年に一度のハクア経由の金の魔女様への報告会。
五年経つのに使い魔の一匹も手に入れられていない私に対するお咎めもなし。
話し終えてから急に気になってしまい、去り際のハクアに「使い魔を見つけられないこと、魔女様はなにもおっしゃっていません?」と聞いてみると「使い魔は最低一体いればいい。使い魔同士、主の寵愛を求めて殺し合いに発展することもある」と渋い表情。
へえ、と頬に手を当てて聞くと、先代黒の魔女は十人程度の強い魔物や騎士を使い魔にし、閨を共にし、より深い忠誠心を捧げさせて血を与え、魂を半分以上侵食したあと嫉妬を煽り殺し合わせ一番強い者に『魔女の守護騎士』の座を与えたとか。
そんなものがあるのかと思ったら、先代黒の魔女が考えた称号で魔女集会に出た時に「真似していいわよ」と自慢していたらしい。
金の魔女はそんな先代黒の魔女の奔放さが性に合わず、ハクアしか使い魔を作らなかったという。
「まあ、男遊びも魔女の嗜みという魔女もいる。そのあたりはお前の自由にするがいい」
「そう……そういうものなのですね」
「どんな魔女になるか、それもまたお前次第だ」
「わかりました。使い魔に関してはもう少し吟味してみます」
ハクアが狼の姿になって、空に向けて駆けあがる。
見送ってから溜息を吐く。
使い魔から搾り取るだけ搾り取って、殺し合わせて一番強い者を護衛に残す。
結構効率がいいと思ってしまったわ。
人間ならいいかもしれないと思っている自分がいる。
でも、人間の使い魔なんて気持ちが悪くていらないとも思う。
魔物からも願いを訴えかけられるとハクアや指南書は言っていたけれど、今のところ知性の高い魔物は私のところには来てくれないのよね。
それじゃあまあ、今日は肉体操作の練習でもしてみようかしら?
と思って背伸びしていると、結界内に人が侵入してきた。
聖女でなくとも、結界魔法は使える。
またグレーマフ子爵かしら?
――五年前、初めて私に願いを乞うてきた女が住む村のある領主、グレーマフ。
てっきりそれなりの馬鹿かと思ったら、想像以上に馬鹿で使いやすい小物だった。
村の評判を聞きつけ、予想通り村長を誘拐してきて食糧を魔女に依頼した、と聞いたグレーマフは自ら深淵の森に私の下へ赴き金がほしいと跪く。
もちろんそれだけで終わるわけもなく、金の次は地位がほしいと言い出した。
爵位に関しては数代かけて王家に尽くし、その貢献度によって王家が決めること。
なので領地を毎年豊作にしてやる代わりに、領民全員――もちろんグレーマフ本人含む――の魂の一部をいただくことにしたのだ。
もちろん、契約は一年更新。毎年魂の一部をいただくわ。
グレーマフにはグレーマフ自身も対象だということ以外の契約内容を言ってあるけれど、領民たちは知らない。
可哀想に、グレーマフ領地の領民は毎年少しずつ寿命を捧げていると知らずに豊作を喜んでいる。
本来国内の領地に魔力を巡らせ豊かに保つのは、その国の王の仕事。
その代わりを、私が報酬をもらってやっているだけ。
しかし私の想像以上に効果は絶大で、グレーマフ領は他領の数倍の収穫量を記録した。
隣領の領主たちはこぞってグレーマフ領を調べ始め、翌年には私の下に辿り着いた領主が数人。
それらにも同じく豊作を望まれたから、同じ条件で願いを叶えてやった。
今ではマーゼリク王国の三分の一が私と契約している。
むしろまだマーゼリク王の耳に入っていないのかと呆れているくらい。
自国の貴族の管理もできていないと自白したも同然なのだが、もしかしたら足りない魔力を私を使って補っているくらいに思っているのかもしれない。
でもそんなのんびり構えていたら、私がお前の国の国民の寿命をどんどん吸い上げていってしまうわよ。
いつまで私を放置するのか楽しみになってきているくらい――。
と、思っていたところだが。
「深淵の森の魔女殿……! どうか僕の願いを叶えてください……!」
先ほど結界に引っかかった気配の主は十代前半の男の子。
着ているものもかなり質がよい。
隣には護衛の騎士も一人。
騎士の鎧は王家の専属護衛……近衛騎士の軽装版。
あらまあ、と頬に指先を滑らせる。
王家関係のお坊ちゃまが、まんまと飛び込んできたわ。
この国は貴族だけじゃなく王族まで馬鹿なのかしら?
「ようこそ。用件を聞きましょう」
「妹の病を治していただけないでしょうか……!? あの子が助かるなら、僕の命を捧げます!」
「ジュドー様……!」
……ジュドー……!?
マーゼリク王国の第二王子。
私が貴族だった頃、婚約者候補にされそうだった相手!
ということは正真正銘の王族じゃない。
血縁者程度かと思ったら、王族が直々に来るなんて。
騎士に咎められても顔を左右に振るうジュドー王子は、漆黒の髪と青い瞳の美しい少年。
でも、今の私から見ると子どもでしかない。
心を覗く魔法で見ながら「どのような病状なのかわからなければ、どんなお薬を処方すべきかわかりかねます」と答えると、ジュドー王子は泣きながら「僕が悪いんです。僕がシュリナを一緒に馬に乗せたいと言わなければ」と崩れ落ちた。
彼の記憶を覗くと、幼い姫がジュドー王子の差し出した手を取って馬に跨る。
だが、馬がなにかに興奮して立ち上がり、姫と王子が馬から落ちてしまう。
よりにもよって王子が姫を押し潰す形で落下して、姫は頭から血を流して意識を失った。
ベッドに運ばれた姫を国中から集められた薬師が囲む。
しかし、姫は高熱にうなされたまま目覚めることはない。
頭を強く打っている。
出血も多いし、応急処置が雑だった。
記憶を見て正解ね。病ではなく大怪我みたい。
「今この国に聖女はいないのです。頼れるのは魔女様だけ。お願いします! 妹を助けてください!」
「その対価にあなたの命を差し出すと?」
「僕は第二王子で、兄のスペアにすぎませんが妹はこの国でたった一人の“王家の女”なのです!」
なるほど、若い王子は女の方が魔力が多いと知っているのね。
長男長女関係なく、各国は長子が継ぐのが通例。
長女が好ましいとされており理由は女の方が魔力が豊富だから。
長男が継ぐのがほぼ決定で、妹がいるとなると確かに第二王子なんていてもいなくても同じようなものだろう。
彼がここまで自分を蔑ろにした言い方をするのはそれが理由だろう。
貴族からすると王族との繋がりになれば第二王子とも婚姻を結びたいと思うものだろうけれど。
「なるほど。お話はわかりました」
「では……!」
想像より遅かったし、予想していたような理由ではなかったけれどようやく私の手の中に飛び込んできた王族。
どうやって最大限利用したらいいだろう?
慈悲深い深淵の魔女が、この可哀想な王子様を。
「もちろん王女殿下をお救いしましょう。私は聖女様ほど完璧な治癒はできないかもしれませんが、それでもよければ」
「はい! お願いいたします!」
「お待ちください! 王子殿下のお命を対価に差し出すわけにはいきません! 代わりに私の命を差し出します!」
ジュドー王子の前に出てきた騎士。
騎士としては当然の提案だけれど、私はゆっくりと浮遊させていた体を地面に下ろす。
騎士も王子も長いローブが浮かぶ大女の魔女と思っていただろうから、目を丸くしたままフードを外したわたしの姿を見下ろした。
「え、え、え? え? ま、魔女様……え?」
「魔女見習いとなった際、人間時代の名前は捨ててしまいまいしたので“わたくし”のことはお好きにお呼びくださいませ。ジュドー王子」
淑女らしく言葉使いを正し、カーテシーで礼を尽くしてから顔を上げる。
完全に度肝を抜かれた表情が面白くて、悪い顔で笑いそうになったけれどなんとか取り繕う。
妹と歳の変わらぬ少女の容姿を見せたのは、騎士の警戒を解くため。
今まで私がやってきたことも、対価を知らぬ者からすれば善行だ。
案の定、騎士はわかりやすく拍子抜けした表情になる。
「そ、その姿は……」
「わたくし、魔女見習いになった頃から体が年老いることなくそのままになってしまったのです。この容姿では願いを乞う者に足元を見られてしまうと思い、ローブでごまかしておりましたの。殿下と近衛騎士様の前では不敬でしたわね。謝罪いたしますわ」
「と、とんでもない! そ、そうですか、そういう理由が……」
王家を尊敬した言い回しをしたことで、緩くなっていた警戒心がさらに緩まる。
妹と歳の変わらない私の姿に焦りと罪悪感で混乱気味であったジュドー王子はわかりやすく落ち着きを取り戻したし、騎士はローブで姿を偽っていた理由で私を見る目が『健気で愛らしい幼女』という庇護対象に変わった。
人目に晒されるのはやはりまだ不快感を感じるけれど、この二人の警戒心を完全に取り払うにはこれが最短。
「それで、対価の件ですが」
「は、はい!」
「今は一刻を争う状況でしょう。わたくしが困った時に、殿下のお力を借りられればそれでよろしいので、まずは姫様の治療に向かいましょう」
「ッ……そんな……だが、いいのですか? 私では大した権力など期待できませんのに」
「もちろんですわ」
笑顔で答えると、ジュドー王子は地面に突っ伏して「ありがとうございます、ありがとうございます……」と泣きじゃくる。
騎士も感動に瞳を潤ませ、唇を歪ませた。
きっと私のことは魔女ではなく聖女のように見えているんじゃないかしら。
「さあ、お戻りください。わたくし、魔女と知れると危険ですので姿を消してこっそりついていきます。城に入り、姫様のお部屋に入りましたらすぐに治療を開始しますので」
「わかりました。どうかよろしくお願いいたしますっ……」
城には歴代聖女の結界が張り巡らされ、魔女や魔物は入れない。
まあ、魔女の場合その気になれば入れる者もいる。
そのあたりは霊格の差。
でも王子という協力者のおかげで難なく侵入完了。
入ってしまうと魔法を使い放題だ。
建物、人間、動植物の記憶を収集し、魔石という形で保存。
姿を透過しているからやりたい放題できる。
ある意味、対価はこれでも十分なくらいだけれど恩はいくら売ってもいいものね。
「魔女様、こちらが妹の部屋です」
『わかりましたわ』
ひそ、とジュドー王子が私に向けて呟くので、小声で答える。
大きな観音開きの花の彫られた扉。
扉の前に四人も騎士が立っているのには驚いたけれど、中には十人以上のメイドや使用人、薬師がひしめいている。
ちょうどいいわ。
薬師が手当てする時、タイミングを合わせて治癒魔法の魔法文字を横たわる赤い顔の少女にかけていく。
「熱が下がってきました!」
「まあ!」
「すぐに王妃様にご報告してまいりますわ!」
ゆっくり、薬師が新しい薬を飲ませるタイミングでもう一度弱めの回復をかける。
これで怪我による高熱は治まったはずだ。
次は改めて体の様子を診る。
全身骨折。それによる高熱ね。
骨をくっつける、ズレた骨を治す、内臓に突き刺さった骨も取り除き、破損個所を治癒。
一番深刻なのは頭……揺れた脳。
でも、中身は無事みたい。
後頭部に突き刺さったままの小石をすべて取り除き、先ほどと同じく裂傷部分を治癒すれば――
「呼吸も整ってきたぞ」
「先ほどの解熱剤が効いたか! よし、怪我の治療に移ろう」
「髪が剃れれば間違いないんだが……」
などと言いながら侍女たちを見る薬師たちだが、彼女たちの眼差しは厳しい。
もちろん薬師の言っていることは適切だ。
姫の全身は固い木材で固定され、長いピンクの髪をかき分けながら薬師たちは怪我を消毒して塗薬を染み込ませた布で優しく塗り込んでいく。
小石はすべて私が取り除いたが、裂傷を癒す薬を傷すべてに塗り込むのは長い髪が邪魔で無理。
なら、それを私が治せばいい。
体の方もほとんどの処置は終わっている。
あとは薬師たちの、物理的な治療と彼女の自然回復力で元気になるだろう。
強く打った頭に関しては、彼女が目覚めてみなければわからない。
でも、今回の怪我で“死”を司る黒の魔女の膝枕に頭が乗ることはないはず。
『あとは薬師に任せても問題ないでしょう。わたくしは深淵の森に戻ります。まだ危険な状態に戻るようでしたら、またいらして』
「ッ!」
王子の耳元で囁いてから、森の中へと転移する。
一度行った場所には気軽に転移ができるようになるから、これでマーゼリク王国の王城には自由に行けるようになったわ。
それもいい収穫ね。
「うふふふ……この貸しはどうやって返してもらおうかしら? マーゼリク王もよもや王子の命が私の手中にあるとは思わないでしょうね」
対価を支払わなければ強制的に支払ってもらうこともできる。
つまり、あの王子の命は私が握っているも同然。
魔女に願うということはそういうこと。
まあ、第二王子の命なんてどうなってもいい、という判断をするのであればあの王子を懐柔して内側から蕩け溶かしてしまえばいいわ。
第一王子が死ねば長子の順番はジュドー王子に回ってくるからね。
彼が王太子になったら、マーゼリク王国の増強してきた国力でマロウド王国を……。
「ふふふふ……あははははは!」
なにも下心なく甘やかしてきたわけじゃないのよ。
一部とはいえ豊作の続く領地があるおかげで、私のようなマロウド王国に差し出される令嬢もいなかった。
同時に食糧が行き渡り、弱まりつつあった国力が増強できている。
これまでも私に接触してきた貴族たちは、自領の食糧が増えたことに対して「他所の領地からの“強奪”に備えておいた方がいいですよ」と“助言”したから秘密裏に武器や防具を増やし備えるよう促してきた。
さらに言えば金の魔女様の弱体化で魔物が減ってきているから、魔物討伐を生業にしている冒険者たちは暇になりつつある。
武力を持つ者が暇になり、一部が豊かであればそりゃあ豊かでない領地は暇人を雇ってちょっかいを出そうとすることでしょう。
逆も然り。
賊に備えるという大義名分で、武力を集めるののなにが悪いの、という話よ。
戦争の準備というのは一年やそこらでできるものではないから、私がこっそり手助けしてあげていたの。
もう少し食糧の備蓄を増やさせてから、マロウド王国との仲を少しずつ悪化させていくつもりだったけれど……王子という駒も手に入ったから二、三年以内に急速悪化させていくとしましょうか。
魔女らしくね。
◇◆◇◆◇
ジュドー王子が私の下へ訪れてから三年が経過した。
大人の体に操作ができるようになったが、幼い容姿の方が騎士ウケがいいので生活している時以外は七歳の姿で対応している。
「ちゅんちゅん」
「また来たのね?」
窓枠に停まる小鳥の魔物。
首に筒をかけており、中身を取り出すとジュドー王子からの手紙。
あの日……ジュドー王子の妹姫シュリナの命を救って以降文通を申し込まれたのよね。
面倒くさいがマーゼリク王国城内の情報がふんだんに書いてあるから、三年続けてしまった。
マーゼリク王国の中心部での大きな変化としては、第一王子マルケルが立太子したことと、あの時死にかけたことで末姫シュリナが聖女として覚醒したこと。
これによりジュドー王子の立場は非常に悪くなり、城から出て学生寮で生活していた。
今年からマーゼリク王国とマロウド王国の国境に領地をもらい辺境伯として就任する――とか。
王太子のストックである第二王子が、聖女として覚醒した姫を害したのだ。
城から出すだけでなく、国を守る要にという建前の下、兄妹から引き離しもっとも危険な場所で国のために擦り切れるまで使い潰すつもりだ。
ジュドー王子はその処理について納得済みであり、むしろ今まで貴族学園に通わせてくれたと感謝までしていた。
私に立場の改善を訴えることもなく、ことあるごとに『あの時の対価を、いつか支払いたい。あなたがなにか困ったことがあったら、いつでも駆けつける。私にできることなどたかが知れておりますが』と書いてある。
心配しなくても、あなたはもう私と契約済み。逃げ場なんてこの世界のどこにもないわ。
「ん?」
でも、今回の手紙には簡潔に一言しか書いていない。
『身を隠してください』
と。
小鳥を見上げると首を傾げて返事を待っている。
いつもは紙の隅から隅まで細かい文字で書き連ねてあるというのに。
つまり、長々と事情を書く時間がなく、かつ私に危機が迫っていることだけでも伝えたかった……ってことかしら? 律儀な子。
結界に反応。
新しいマーゼリク王国の領主貴族かしら、といつもの格好で家の外で来客を待とうとした――が、結界に入る人間がどんどん増えていく。
それに森に油が撒かれて火をかけられているが、深淵の森の木々は金の魔女様の持ち物だから燃えないし切ることもできないし成長もしないのよ。
ふむ……どうやら燃えないことに気がついてさらに人が増えていくわね?
なるほど――私の討伐部隊か。
「あったぞ! 魔女の家だ!」
荒々しい声と無数の足音がどんどん家に近づいてくる。
ローブを纏ったまま浮かび上がると馬に乗った騎士が数人と、その中央にピンクの法衣を着た女がいた。
あのピンクの髪の女は……。
「いました! あれが魔女です!」
「まあ、今日はずいぶん大人数のお客様がいらっしゃいましたのね」
深くフードを被った大女を装ったまま、見回す。
やはり、聖女。
ジュドー王子の妹姫シュリナと、第一王子の王太子マルケルがセットでいらしたなんて、あらあらまあまあ。
もちろんそんな王族の護衛は豪華。
近衛騎士団と、騎士団の団長と副団長。
その護衛の騎士の中に、懐かしい顔がある。
……お父様じゃない。あの人騎士団長だったのねぇ?
「ご用件をお伺いいたしますわ。こんな大人数は初めてですので、とても全員家に招くことができませんからこのままで申し訳ございませんけれど……」
「ふ、ふざけないで! あなたがお父様の魔力を奪っているのでしょう! 返していただきに来たわ、お父様の魔力を!」
「ん? んん……?」
なんて? え? なに?
「わたくしが国王陛下の魔力を奪っていると?」
「認めましたわね! おとなしくお父様の魔力をお返しなさい! さもなくば、悪しき魔女として討伐させていただきます!」
「………………」
呆れ果てて思わず開口のまま固まってしまった。
嘘でしょう? この女……曲がりなりにも聖女に覚醒していたのではないの?
魔力についてなにも、誰にも教わっていないのかしら?
「黙り込んだということは、心当たりがあるということだな! 父上に魔力を返せ! 魔女め!」
「ええと、なにか誤解があるようですが……魔力はその人個人のものであり、魔力を奪うことはできません」
これは嘘。
他者から魔力を奪う方法は、ある。
でも、ぶっちゃけマーゼリク国王の魔力は出涸らしだ。
奪うまでもないというか、奪う旨味がない。
「嘘です! それではなぜマーゼリク王国の土地の魔力が減少し続けているのですか! あなたがお父様から奪って、まるで自分の手柄のように領主たちに言いまわっているのでしょう!」
「逆ですわ。国王陛下の魔力が枯渇し、多くの領主が『民が飢えてしまうから』とわたくしに支援を求めていらしているのです。わたくしは魔女見習いですから、どうしても無償でお助けすることができませんので報酬はいただきますけれど……。陛下を手助けなさりたいのであれば、聖女となられた姫殿下がなさった方がよろしいのではありませんか?」
できるものならやればいい。
聖女は結界を張ることで悪しきものから人々を守り、傷ついたものを癒す力はあるが魔女や王のように『魔力で自然に干渉する力』はない。
それでも求心力のある聖女として王を支えることはできるだろうに。
まったく、父王のふがいなさを人のせいにしないでもらいたいわ。
「その報酬も、人間の命を奪うものなのでしょう!? 魔女の求める対価は人の寿命だと教会で教わりました!」
間違ってないけれど、なんでそこだけは正しい情報なのよ?
面倒くさいことになってるわね、どうしよう?
全員魔法で倒すのは問題ないけれど、せっかく築いてきた『慈悲深い魔女』のイメージをここで崩すと計画の進捗が遅れてしまうわ。
人の話を聞かないのも面倒だし、この大人数を追い返すのも時間がかかるだろうし。
「おやめください、兄上、シュリナ!」
あら。
騎士団の最後尾に馬を走らせて駆けつけたのはジュドー王子ではないの。
ふうん……やはりジュドー王子は私を擁護派なのね。
ジュドー王子とお付きのあの騎士が、私と対峙するマルケル王子とシュリナ姫の前に回り込む。
まるで私を守るように、息を切らせて。
「何度申し上げればわかっていただけるのです!? 深淵の森の魔女様はマーゼリク王国の敵ではございません! 魔女様のおかげで、今この国は民が飢えずに済んでいるのです!」
「貴様、まだそのようなことを言って魔女を庇い立てするのか! これまで大陸で魔女がどれほど国々に災いをもたらしてきたか……歴史が証明しているではないか!」
「彼女はそんな魔女ではありません!」
「魅入られおって、未熟者が……!! ルージェ――団長、この愚か者を捕えろ!」
「はっ!」
馬に乗ったまま剣を引き抜くのは“お父様”だ。
ジュドー王子の騎士が王子を守るように前に出るが、彼も騎士団に所属する身。
騎士団長相手に剣を抜くことはできないだろう。
分が悪い。
致し方ないわね。
「おやめください、お父様」
フードを取り、ローブ脱ぎ捨てる。
幼い容姿のままだから、年老いた父にも身に覚えくらいあるかもしれないわね。
「は……? 誰が父だと……?」
「子ども……?」
「魔女様……」
動揺が走る。
ジュドー王子とそのお付き騎士にはすでに見せているが、その他大勢は初見だもの、驚くわよね。
地面に下りて、ふうと溜息。
「まあ、わたくしの顔はお忘れになっておられます? もう十年になりますものね。無理もございませんわ」
「……まさか……ありえん……そんなばかな……!」
頬に手をあてがい、仕方ないとばかりの話し方。
馬上でお父様が狼狽えて、剣を地面に向ける。
「ディ、ディーヴィア? お前が魔女、だと……!? な、なぜだ!? なぜ……!?」
「金の魔女様に私の魔力量が豊富であると見初めていただいたのですわ。金の魔女様が弱体化しておられるので、次代の金の魔女となるために、魔女見習いになったのです。金の魔女様は大陸を横断するルディール山脈に魔力を流し、金や宝石、魔物を生み出すのが仕事。騎士団長であるお父様なら、魔物がいなくなれば職を失う者や肉や素材が足りなくなるともお判りでしょう? それにわたくし、人様の害になるようなことはやっておりませんわよ」
まあ、表向きは――だけれど。
私が溜息交じりに、呆れたように告げると騎士団の面々は恩恵を理解しているからだろう、顔を見合わせ始める。
それにルディール山脈の採掘量が下がり続けているのも恐らく気づいているはず。
その証拠に、王太子の表情の歪みがすごい。
ルディール山脈は各国に面する、国同士の壁でもある。
国同士が戦争を容易く起こせないための盾であり、経済の要。
鉱山が枯渇すればどの国も困る。
特に、鉱山に住む鉱物系の魔物は騎士団の武具の素材でもあるものね。
「な、らば……その魔女を捕らえろ」
「兄上……!?」
「対価があればどんな願いも叶えるのだろう? 教会に置いて、より多くの人間の願いを叶えてもらおうではないか。対価は人間の命でいいのだろう? 貧民街からいくらでも連れてくればよい」
マルケル王子の言葉にシュリナ姫も騎士団もジュドー王子も目を見開く。
私としてはあまりにも愚かすぎて、笑いが零れてしまうところだった。
信じ難い。
こんな愚か者が次期国王とは。
魔力量もジュドー王子よりも少ないし、現国王が退位したあとも長持ちしなさそうね。
そうか……長子が次期王、と決まっているから周りも甘やかしてこんな大馬鹿で愚か者になってしまったのかもしれない。
「ま、魔女様……も、もしもあなたが騎士団長の下に……ご家族のところに戻りたいとおっしゃるのなら……。っ、しかし……貧民街の者たちを生贄にするなど、あなたはそれでも王太子ですか!? 国に住む民を、なんだと思っているのです!?」
「黙れ! 貴様こそ国を治めるには綺麗事だけでは務まらぬと知れ! 妹を危険に晒した“予備”が、次期王たる私に口答えするなど身の程を知れ!」
ちらり、と馬上の父を見上げる。
この理不尽な兄弟喧嘩を放置するつもり?
騎士たちの表情は、マルケル王子の発言に対する困惑。
守るべき王子が、次期国王がこんな考え方では貧民街がもぬけの殻になったあと生贄にされるのは自分たち、と簡単に予想がつく。
そんな人間に忠誠心も命も捧げたくはないわよね。
[心の声を聞く魔法]を使ってみると、父はこの時点で『誘拐されて死んだと思っていたディーヴィアが生きていた上、魔女になっていたなんて。我が家に連れ帰れば、十分国へ貢献することになる。だが、マルケル王子をどう丸め込むべきか』と考えを巡らせている。
「わたくし、ルージェー家には帰りませんわよ。金の魔女様にはこの家で過ごし、人々の願いを叶えて魔女としての霊格を上げるように、と命じられておりますので拠点を動くつもりはございません」
「ッ……ならば、父の代わりにこの国に魔力を流せ! 魔物を産み、鉱山を以前の採掘量に戻せ!」
頬に手をあてがう。
小首を傾げて、呆れた表情でわざと溜息も吐いてやる。
私の様子に苛立ったマルケルが馬から降りて剣を鞘から引き抜いた。
「自分の立場がわかっていないようだな、魔女! 我が命を聞かぬなら、貴様の首を落とすのみだぞ!」
「対価はどうされるおつもりです? 国の全土規模の願いでしたら、それこそ人一人の命をいただかなくてはいけませんわ」
別に国民――王侯貴族ももちろん含め――全員の魂のかけらをいただいてもいいんだけれどね。
それだとマロウド王国との戦争の時に人口が不足してしまうかもしれないのよねぇ。
せめてあの色ボケ王の喉元も切っ先が届きそうな程度には、この国には頑張ってもらわなければと思っていたのに。
マーゼリク王国の国力を高めても、国民が弱まっては意味がないのよ。
「対価? ……ふ、ふはっ……! いいことを考えた。対価はそれだ!」
「……!?」
マルケル王子が指差したジュドー王子。
困惑する場。
口元を手で覆うシュリナ姫。
「第二王子をこの国のために魔女に捧げよう! ジュドーも国のためにその命を捧げられるのは光栄だろう?」
「……っ……はい、この国のためになるのなら、もちろん」
「お待ちください、マルケル様――」
「リーノ、いいんだ」
お付きの護衛騎士を制し、首を横に振るジュドー王子。
どうせ辺境行きだったものね。
諦めるのが早くて、物分かりがよくていい子ね本当に。
だから第一王子が調子に乗るのだと思うんだけれど。
「魔女様、どうぞ我が命を捧げますので……マーゼリク王国をお救いください」
私の前に跪き、頭を下げるジュドー王子とその護衛騎士。
[心の声を聞く魔法]で王子と騎士の心の声を聞いてみると、二人とも私に命を捧げることになんの迷いもないようだ。
むしろ、一度私に妹の命を救ってもらって対価も支払っていないのにと、罪悪感に苛まれている。
王子として使い道がないと思っているが、第一王子を見たあとだと……いや、第二王子の方が優秀なのは、開戦を引き起こすのに邪魔ね。
「わかりました。ジュドー王子の騎士様もご一緒でよろしいのかしら?」
「はい」
「では、お二人はわたくしの下でお預かりいたしますわ」
だからさっさと帰りなさいな、という意味を込めて「お帰りはあちらですわ」と笑顔で手で促す。
マルケル王子は「約束は守れよ、魔女!」と言い捨てて馬に乗る。
はいはい、せいぜいお前は次期王として勉強に励みなさい。
この状況を唯一なんとかできそうな可能性を秘めている聖女シュリナに至っては長兄と次兄を交互に見ながら、なにか言いたげなまま狼狽えるのみ。
使えないわね、この聖女。
まあ、聖女もこの程度なら弊害にはならなさそうね。
「はあ、大挙してきた割に旨味のない話でしたわねぇ」
「騒がせて申し訳がございません、魔女様」
「よろしいのですよ、殿下。いえ、今この時より、お二人にはわたくしの使い魔になっていただきましょう。そうすればわたくしと寿命を共有できるようになりますの」
「「え……?」」
表面では清楚な淑女の笑みを。
腹の底ではおかしくてたまらない。
優しい言葉で私の使い魔になるにはどうするべきか、使い魔になったらどんな仕事をするか、どんな効果があるか、使い魔を辞めるには死ぬしかないなど丁寧に説明する。
あくまでもこの二人には慈悲深い幼い魔女と印象を崩さぬよう、家の中に招いてハーブティーまで出して。
「――と、言うことなのだけれど、いかがかしら? わたくし今の一人の暮らしが気にいっているので、お二人には今まで通りの生活をしてもらって構わないのだけれど」
「では、ジュドー様は学園に戻っても問題ないのですか?」
ああ、そういえば今年卒業、その後は辺境……とは書いてあったけれど、もう卒業したとはいっていなかったわね。
卒業まであとどのくらいなのかを聞いてみると、二ヶ月ほどだという。
たかがと思うかもしれないけれど、学園に通うことすらできなかった私には通えるだけ羨ましい。
「そういう事情でしたら、なおのこと王都に戻っていただいてよろしくてよ。いつかわたくしが困った時に、使い魔として呼び出します。使い魔はそれまで自由に生活していていいのですわ。わたくしもその方が気兼ねしませんし、あなたたちが一時的に戻ることでマルケル王子の暴挙へ牽制にもなりますし」
「魔女様……」
「なんという慈悲深い……っ」
間抜けさんねぇ。
ううん、素直でいい子たちね。
……開戦の準備が整ったら、この子たちを私のところに呼び戻せばいい。
「では最終確認です。わたくしの使い魔になりますか?」
「「はい」」
「ありがとう。では……契約いたしましょうか」
いい手駒も手に入れた。
跪く二人に、しっかりと指を切った私の血を舐めさせる。
これでこの二人は私の使い魔。
私自身の課題もこれで完了。
まあ、使い魔は何匹いてもいいと言われたし、人間だけでなく魔物の使い魔もほしいから検討するけれど。
「いつでもお呼びください、魔女様」
「なんなりとお申しつけください」
「はい。これからよろしくお願いしますね」
立派な魔女になるから、最後までつき合ってね。
地獄まで。
終
第5回ベリーズカフェファンタジー小説大賞、短編部門用に書きました。
よろしければベリーズカフェさんの方でもいいね!してくださると嬉しいです。