第23話 俺には関係ないイベント……なんだって!?
四月も終盤に差し掛かったある日の帰りのホームルームにて。
濃密な授業でぐったりし、罰ゲームが決まって嘆いている一部の生徒達を前に、窓理教師が連絡事項を伝えていた。
「ゴールデンウィークが近づいてきました。高校によっては五月の一日などが平日の場合は登校日になりますが、当学園は必ず長期休暇にします」
勉強が好きだろうが青春が好きだろうが休みが多いに越したことは無い。生徒達は全員が喜んでいた。
だが輪音学園は素直に休みを与えるような学園ではない。
「ただし、ゴールデンウィークが始まる前に特別な協力型バディバトルを実施します。そしてそれに敗北するとゴールデンウィークが無くなる……なんてことはありませんのでご安心を」
窓理教師のちょっとした悪戯で緊張感が増した生徒達だったが、冗談だったと分かりホッとする。そもそもゴールデンウィーク休暇は教師陣の福利厚生の一つでもあるので、そこで教師に作業が発生するようなことは起こりえないのだ。輪音学園はブラックにならないように徹底されている。
「ゴールデンウィーク明けに罰ゲームが待っているだけですけどね」
時間差攻撃に生徒達は文句を言いたげだが、そもそも何も無いはずがないというのは分かっていたし、今更ここで文句を言ったところで聞き流されるということを学習していた。
「そしてもう一つ重要なことがあります」
まだ何かあるのかと、生徒達に再び緊張が走る。
「そのバディバトルには、皆さんのご家族をご招待します」
「は!?」
「え!?」
「嘘!?」
数人の生徒が声をあげて驚いた。その中には加恋も含まれている。
そしてその加恋が真っ先に挙手をした。
「桜ヶ平さん、どうしました?」
「高校なのに授業参観があるのですか!?」
義務教育までなら授業参観はありふれたイベントだが、高校になってからは珍しい。文化祭や体育祭などで呼ぶ学校があるくらいか。
「皆さんは四月から親元を離れ一人で生活しています。皆さんのことを心配しているご家族もいらっしゃるでしょう。そういった方々に、皆さんがこの学園にしっかりと適応して生活できていると見て感じて頂くためです」
スポーツ強豪校や難関有名私立などでは寮生活はありえるが、一般的に子供が独り立ちするのは大学生になってからが多い。ゆえに心配する家庭が多いだろうと想定して学園が用意したイベントだったのだ。
中には自分はそうではないと思う生徒もいるだろう。
むしろ都合が悪いと感じる生徒も実は多い。
だが親が子供を心配するだろうことは一般常識としては当然の事であり、多くの家庭にとってはありがたい話だ。それなのに嫌だ嫌だと我儘を言って止めるなど、どう考えても自分の方が分が悪いのは明らかであり、誰も文句は言えなかった。
「ちなみに皆さんのご家族には入学前にこの話は伝えてあります。ですが、皆さんが変に意識しないようにと伝えないようにお願いしてあります」
それが何を意味するのか。
唐突な話だから仕事を休めず参加出来ない、といった可能性が減るということである。
「どうしよう……」
加恋は頭を抱えてしまう。
そんな加恋に一哲が声をかける。
「なんだお前、親に来て欲しくないのか?」
「…………わかんない」
「なんだよそれ」
「来て欲しいけど来て欲しくない……うう……どうしよう……」
「どうせ俺とバディを組んでるなんて恥ずかしくて嫌とか、そんなことだろ」
真面目に勉強をしているはずが、一哲に困らされて勉強に集中できていない。そんなことで高偏差値の大学に入学できるのかと不安にさせるのが嫌なのだと一哲は考えていた。
だが、加恋の反応は一哲が全く予想していないものだった。
「……むしろそっちの方が喜びそう」
「は?」
「でもそれじゃあ……それじゃあダメなのよ……」
「意味が分からん」
一哲がバディだと加恋の両親は喜ぶ。
しかしそれを加恋は嫌がっている。
つまり加恋は両親に喜んでもらいたくないほどに仲が悪いということなのだろうか。だが加恋は両親に来て欲しいと言っていたので仲は良さそうだ。となると何故加恋は両親が喜ぶことを嫌がるのか。確かに謎である。
「というか、私はともかくあんたはどうなのよ」
「俺? 俺は絶対に来ないから気にしなくて良いし」
「羨まし……くはないわね」
「そうか? 悩まなくて良いのは羨ましいだろ」
「ぐっ……」
自分には関係ない話だ。
いつものように好き放題させてもらうだけ。
そんな軽い気持ちで考えていた一哲だが、窓理教師の次の言葉に戦慄する。
「バディバトルの結果をふまえた四月の成績をご家族にお渡ししますので頑張ってくださいね。残念ながら参加出来なかったご家族の方には郵送します」
「な!?」
成績という言葉を聞き、途端に青褪めたのだ。
「成績ってどういうことですか!? 中間テストと期末テストの結果で期末に決まるはずじゃ!」
「一学期全体の成績はそうですね。ですが当学園では皆さんの成長や学習具合をより正確に判断するために、一月単位の簡易成績も算出します。そしてそれを毎月ご家族の元へ郵送いたします。本当はシステム化したかったのですが、どれだけ堅牢なシステムでも流出する時は流出しますので、アナログなやり方なんですよ。ははは」
楽し気に笑う窓理教師の話など、もう誰も聞いていなかった。
加恋の隣で一哲も頭を抱えてしまった。
「ふん、いい気味よ。普段から真面目に勉強してないから困ることになるのよ」
「…………」
「どうしたの?」
「…………」
先ほどまで軽口を叩かれていたお返しと言わんばかりに加恋が仕掛けたが、一哲は全く反応しない。反応どころか微動だにしない。
「(こいつ時々こういう時があるのよね。一体何があるのよ)」
決して触れてはならない異様な雰囲気。
普段の軽い一哲からは想像も出来ないほどに、暗く重い空気を放つ。
「(家族が来ないのは気にしないのに、成績だけは気にする。でもそれなら普段から真面目に勉強していれば良いだけなはずよね)」
しかし一哲は勉強よりも青春だと豪語し、積極的に勉強する意思を見せない。
バディバトルの罰ゲームが嫌で仕方なく勉強をしているといった形だ。
そこまで深刻になるほどに成績が大事なのであれば、少しでも勉強をする姿勢をみせるはず。頑なにそれを嫌い、加恋の勉強至上主義を激しく嫌悪するのは一体どういうことなのだろうか。
「仕方ない。学園に乗せられているようで癪だが、勉強してやる」
「え!?」
一哲の口からは絶対に出る筈の無い『勉強する』という言葉に、加恋は唖然としていた。
「先生、質問です」
「はい、なんでしょうか」
「一か月の成績の基準となるものは何ですか? バディバトルや小テストなどで良い成績を取れば良いのでしょうか? それとも授業態度とかも含まれますか?」
「当学園の成績評価は全て『数字』で判断します。どれだけ勉強しているかとか、内申点周りの話は学期末のコメントには含めますが、成績評価には含めません」
「なるほど分かりました」
一哲の表情はまだ厳しいまま。
だが話しかけられないほどの雰囲気ではなくなっていた。
「喜べ。テストでそれなりの点数を取れるくらいは勉強してやる。月末のバディバトルもどう特別なのかは分からないが、それなりに協力してやる。どうせ成績もバディとセットで出すとかふざけたこと言いそうだから、俺だけじゃなくお前が高得点を出すのもサポートしてやろう」
それは加恋にとって最高の申し出だ。
一哲に勉強の邪魔をされることが無くなる上に、バディとしての成績も上昇が見込まれるのだから。
「えっ……あっ……で、でもそんなに頑張らなくて良いかな~とか」
「は?」
あまりにもらしくない反応に、一哲が纏っていた負のオーラが霧散した。
余程信じられなかったのか、とんでもないアホ面になっている。
「お、おまえ、風邪か? それとも脳の病気か?」
「失礼ね! しょうがないじゃない!私だってこんなこと言いたくないわよ!」
「俺だって言いたくないこと言ってるんだから喜べよ!」
「喜びたいのに喜べないの! ううう、今まで通りのふざけた感じでやってよ!」
「はいぃ!?」
青春最優先の一哲が勉強をすると宣言すれば、加恋はそれは止めていつも通りにしろと言う。
お互いがいつもと真逆の態度で混乱する一哲と加恋。
そして騒ぎになっているのは彼らだけではない。
クラスの至るところで、普段とは違う焦りや悩みを抱える生徒達が続出していた。
「はっはっはっ、皆さん楽しそうですね。これは月末が楽しみです」
そんな彼らを見ながら、窓理教師は楽しそうに笑うのであった。




