第22話 いやぁモテモテだぜ、まいっちゃうな~(部活の話です)
「美味しい!」
「すごーい!」
「これ本当に巌流島君が作ったの!?」
女性陣が口を揃えて絶賛するのは、一哲が作った肉じゃがだ。
「いやぁそれほどでも~」
多くの女性に囲まれ、だらしない顔をして喜ぶ一哲。
だがあまりにも肉じゃがが美味しかったのか、キモいと距離を取る女子は一人も居なかった。
「どうやったの!?」
「作り方教えてよ!」
「私にも教えて!」
「私も私も!」
「(制服エプロン超かわいい!料理研究部に入ってマジ良かった!)」
一哲が女子に囲まれているのは調理実習室。
得意な料理をエサに、いや、武器に女子にチヤホヤされたくて料理研究部をサブ部活として選んだのだ。
「いいぜ。俺の彼女になってくれたら教えてやる」
最低である。
だが料理好きが集まる料理研究部。日々の濃密な授業の合間の数少ない憩いの場。好きなことを全力でやるために集まった彼女達は、その程度で引き下がるような弱き存在では無かった。
「え~やだ」
「自分より料理が上手な男子とか無理だよね」
「そうそう。だから巌流島君より料理が上手になったら考えてあげても良いよ」
「だから教えてよ」
「ね、良いでしょ?」
「そ、そっかぁ。それならしょうがないかなぁ」
女子達の罠にまんまと嵌まり、料理のコツを教えてしまった一哲。
もちろん彼女達は一哲と付き合う気など全く無い。考える、と言っただけだ。
一哲も分かっていてわざと騙されているのかもしれないが、本人が幸せそうなので深く気にしてはならない。
「ここが俺の寮だったら最高だったのに」
「え?包丁で刺されたいの?」
「なんでやねん」
「全員に手を出して修羅場を味わいたいのかと」
「それはそれであり?」
「どこ見てる、刺すぞ」
「ひえっ、怖ぁ……」
スカートに視線を向けただけで激しく睨まれ、こそこそと退散する一哲。調理実習室の中で妙に空気が重い一角へと足を向けた。
「よお、静!楽しんでるか!」
そこにはクラスメイトの静がエプロンをつけて棒立ちになっていた。
「ど、どど、どど、どどど」
「いつからここは奇妙な冒険をする世界になったんだ?」
「オノマトペじゃないよ!どうしてこんなところに連れて来たのさ!」
料理研究部の九割は女子生徒。
一部のつわもの男子は彼女達の中で溶け込み料理に熱中し、残りの男子は一哲と同じく女子が多いからと入部を希望した新入生。もちろんそんな下心のある連中に彼女達が優しくしてくれるわけもなく、課題だけ出されて部屋の隅で居心地悪く放置されていた。
「どうしてってそんなの決まってるだろ。こんなに可愛い女子が沢山いれば、静も女子を好きになるに違いない!」
「んなわけないでしょぉ!? 悪化するだけだよ!」
「そうか? でも逃げ出さないでここにいるじゃん」
「え……」
料理研究部の女子達は去る者追わず。むしろ真面目に取り組むつもりのない男子には消えて貰った方がありがたい。ゆえに逃げようと思えば気軽に逃げれる雰囲気を作っていた。
それなのに女性が苦手な静は逃げずにここにいる。それだけでも凄いことなのだと一哲は評価していた。
「お~い、誰かこいつに料理を教えてやってくれ!」
「え~」
「やる気のない人に教えたくな~い」
「巌流島君が教えてあげなよ~」
試しに女子に声をかけてみたけれど、芳しい返事は来なかった。
「そこをなんとかさ。こいつをそこの有象無象と一緒にしないでくれって」
「なんだと!?」
「てめぇ俺達を馬鹿にしてんのか!?」
「ちょっとばかし料理が出来るからって調子に乗りやがって!」
有象無象と呼ばれた女子狙いの男子達が激昂する。
一哲はそんな彼らに対して侮蔑の視線を向けることすらしない。心底不思議そうな顔をしていた。
「いや女目当てなのに何も出来ず隅で立ってるだけの男なんて、俺じゃなくても馬鹿にするだろ?」
「「「うっ」」」
あまりにも真っ当な意見に有象無象は黙ってしまった。
「もう無理なの分かってるんだろ。時間の無駄だから他の部の女子を狙った方が良いぜ。オススメは演劇部だ」
「演劇部?」
「何でだ?」
「演技とかガラじゃねーし……」
「演技しなくても裏方で良いんだよ。大道具とか力仕事で男子は頼られるし、何より男女で協力して劇を作るから仲が深まりやすいんだとさ」
それなら何故一哲は演劇部に入ろうとしないのか。
そこまで分かっているのであれば、真っ先に入るはずなのに。
残念ながら有象無象は有象無象でしかない。
その真っ当な疑問が思い浮かばず、素直に一哲の言葉を信じてしまった。
「実は俺、料理じゃなくて演劇が好きだったんだ」
「小道具とか作るの得意だし、ここより役立てるかも」
「じっちゃんが演劇とか好きだったからやってみようかな」
手のひらを綺麗にクルックルし、有象無象は料理研究部からあっという間に退部してしまった。
「うわぁ、巌流島君ってきっちく~」
「よりにもよって演劇部に放り込むなんてね~」
「え?え?」
苦笑する女子達と、何がどうなっているのかと意味不明な静。
そんな静の様子がおかしかったのか、これまで彼を気にかけていなかった女子の一人が事情を教えてくれた。
「うちの学園の演劇部って、運動部に匹敵するくらいハードなの。しかも入部希望者は何が何でも絶対に逃がさないって有名。恋愛なんてしてる暇ないんじゃないかな」
「うわぁ……」
何故女子が一哲のことを鬼畜と評したのか理解した静はドン引きした。
「なんだよ静。お前も演劇部が良かったのか?」
「絶対に嫌だ!」
「じゃあやっぱりここが良い、と」
「勝手に二択にしないでくれる!?」
「なら他に何処か行きたい部でもあったのか?」
「うっ……ぶ、文芸部とか」
そこなら人間関係も希薄で楽な活動しかしないのではないか。
そう考えたのだろうが甘かった。
「あのなぁ。今時の文芸部なんてコミュ強の巣窟だぞ?」
「え?」
「自分のことをオタクだと勘違いした超ライトオタクが集まってあっさい会話でウェイウェイ盛り上がり、パーリィ大好きだからイベントに参加しまくっていつの時期も〆切に追われまくってる。そんなとこでやっていけるのか?」
「…………無理」
もうこの世界には真の陰キャの存在が許される場所は無いのだろうか。いや、ある。あるが、残念ながらこの学園には無い。
「ということでこいつを鍛えてやってくれ。俺はいつもここに来れる訳じゃないし」
「え?」
「かけもちだよ、か・け・も・ち。青春を謳歌するには、色々な部活を経験したいじゃん!」
「そういうとこ、素直に賞賛するよ」
ただでさえ勉強の難易度が高くて予習復習が必須なのに、青春のためとはいえ部活をかけもちするだなどパワーがありすぎる。その輝かしい程の生命力が静にとって少しだけ羨ましかった。
「どうする?」
「どうしよっか?」
「あいつら追い出してくれたし、少しくらいは良いんじゃない?」
「というか、なんでその子は料研に来たの?」
「なんか怯えてるし、嫌がってるのに無理強いは出来ないよ?」
「昔色々あって女子が苦手らしいから、無理矢理囲めば治るかなって」
「「「「鬼か!」」」」
「いやぁ~それほどでも」
総ツッコミを喰らって何故か照れる一哲。
メンタルが強すぎる。
「支暗君、だっけ。君はどうしたい?」
「あっ……あっ……」
エプロン女子の一人、料理研究部の部長に話しかけられ、反射的に後退する静。
部長は何も言わずに、彼の反応を待ってくれた。
相手が危険でないと本能が察したのか、静の心は徐々に落ち着きを取り戻す。
「ぼ、僕は……どうにかしたい……いつまでもこんなのは……嫌だから」
女性に対する苦手意識を払しょくする。
それは静にとっての今の最大の目標だった。
「そうじゃなくて、料理の事」
「え?」
「支倉君は料理がしたいの? ここではそれが一番大事だから」
「りょう……り……」
静は改めて調理実習室の中を見渡す。
調理中の食材の数々、見たことも無い調理器具、コトコトと何かを煮込む鍋に、出来立ての料理。
そして料理に真剣に打ち込む女性陣。
「僕は……僕は、何に興味があるか分かりません」
中学の時は女子にいじめられ、趣味を持つことなど考える余裕が無かったから。
「だから料理って言われてもピンと来ないです」
ということは、料理研究部は諦めるのだろうか。
「でも……でも、やってみたいです。興味がもてるか……チャレンジしてみたいです……」
興味を持てるものを知らないのであれば、探せばよい。
その第一歩として料理を選ぶ。
「女の人が多いのは、正直辛いですけど、でも……でも……」
チラっと一哲を見る。
彼が強引にここに連れて来てくれなければ、こんなチャンスなど訪れなかっただろう。女性への耐性をつけたいだなんて言いながら、琴遥にビクビク怯えるだけで慣れるまでに相当な時間がかかってしまうに違いない。
それでも良い。
そのくらいの心の傷を負っているのだから。
でも静はそれが嫌だった。
一哲のように少しだけでも輝いて生きたいと思ってしまったから。
憧れてしまったから。
「よし、分かった。瑞穂ちゃん!」
「は、はい!」
「今日からこの子の指導をしてくれる?」
「私がですか!?」
「そう、君にとっても良いことだと思うから」
「ううっ…………が、頑張ります」
瑞穂と呼ばれた女子は、静とは逆に男性が苦手だった。ただし静と同じく克服したいと考えていた。似た者同士で組み合わせることで、相乗効果があるかもしれない。部長はそう考えたのだ。
「おい静」
「え?」
一哲がいつものように静の肩を抱いた。
「良かったな。彼女が出来るぞ」
「そういうことしか考えられないの!?」
「それ以外に考えることなんてあるか!?」
「…………やっぱり止めようかなぁ」
「何故だ!?」
苦笑しながら静は一哲を振りほどき、部長と瑞穂に視線を向ける。
「よ、よろしくお願いします!」
これが静の人生を大きく変える、あまりにも尊い第一歩だった。




