第21話 バディバトル(の罰ゲーム)がヤバすぎる
「ではここまでで質問はありますか?」
ホワイトボードに書かれた大量の数式を背に、中年数学男性教師が問いかける。
静まり返る教室。
それは生徒達に学習意欲が無いからという訳では無い。
あるいは質問するのが恥ずかしい訳でも、完璧に理解できたわけでもない。
「(は、早すぎる……)」
授業のペースがあまりにも早く、加恋の脳内は沸騰寸前だった。
数学の数式が頭の中で暴れ回り、それをどうにか知識として定着させようと必死だった。
誰もが質問する心の余裕など無かった。
「(これが輪音学園の授業。最初が緩かったから油断してたわ)」
バディとの関係に慣れさせるためか、最初の二日間は説明重視のものだった。
実力テストの内容も、なぞなぞ以外はやや難しめの入試問題といった感じのものだった。
だが本格的に授業が始まってからのスピードが凄まじい。
一年間で通常の高校三年分のカリキュラムを全て終わらせるかの勢いだ。
「(しんどいけど授業はとても分かりやすいし、映像に残してくれてるから後で見直せる。これは力がつくわ)」
良い大学に入りたい加恋にとっては辛くともありがたいシステムであり、必死に喰らいついていた。
「(むりぽ)」
一方で一哲を始めとした勉強やりたくない組は、絶望からかぐったりしていた。
このままではやる気がある者とそうでない者との間で格差が広がるだけではないか。義務教育で無いのだから、無情に切り捨てるつもりなのか。
もちろんそんなことはない。
輪音学園というのはそんなに甘くはなく、簡単に諦めさせてくれない。
落第者が出ないのが輪音学園の売りの一つなのだから。
「さて、では最後にバディバトルを行います」
「やっぱり来たか~」
「よりにもよって数学かよ!」
「最悪!せめて国語が良かったのに!」
一日の最後の授業。
その終わりに必ず実施されるバディバトル。
それがやる気のない者をやる気にさせ、やる気のある者の実力を更に向上させる。
「ふっふっふっ、今日は絶対に勝ってやるぜ!」
「何言ってるのよ。今日も私が勝たせてもらうわ」
バチバチと火花を散らして視線をぶつけあう一哲と加恋。
似たような光景が教室中で繰り広げられていた。
「ぼ、僕は負けない。負けられないんだ」
「ふっふ~ん、勝っちゃうもんね~」
「もう堅苦しいのは嫌じゃ!絶対に勝っちゃる!」
「私だってあんなだらしないのはもう嫌よ。負けられないわ」
「勝つ、勝つ、勝つ、勝つ」
「わるいけど~勝たせてもらうから~勉強漬けとかマジだるいし~」
それはバトルとは無縁そうな大人しい静であっても、あるいは他のペアでも同じだった。
一体何が彼らをそうさせるのか。
「青春を潰される罰ゲームだなんてまっぴらごめんだ!」
「勉強できない罰ゲームだなんてありえないわ!」
それは敗北時に課せられる罰ゲームが原因だった。
「ルールは他の教科と同じで、各自バディと対戦してもらいます。勝者は罰ゲームリストから一つ選び、敗者はそれを実施しなければなりません。もちろん、嘘をついてやらなかったらバレますからね」
数学教師の笑顔に半分程度の生徒の顔が凍り付いた。バレて罰ゲーム以上に酷い懲罰を受けた面々だ。
「私からももう一度説明しますが、嘘はバレます。監視カメラで撮影しているわけではありませんが、皆さんの会話や行動を見れば一目瞭然です。自分は演技が上手だからバレないなんて自信があった人もいるかもしれませんが、結果はもうご存じですよね?」
教師から避けようとする者、ちょっとした世間話でボロを出す者、不自然に会話をしなくなった者、それ以外にも罰ゲームをやらなかった生徒特有の行動の一覧と、それを明らかにするためのノウハウが学園には蓄積されていた。
それに監視カメラで撮影していないと教師は言ったが本当かどうかも疑わしい。プライベートな寮内ならともかく、学内の防犯用のカメラの映像を使って裏でAIに生徒達の動向を解析させている可能性すらある。
まだまだあがく生徒は出てくるだろうが、やがて全員が諦めて素直に従うようになることを教師達は知っていた。
「では今日の課題を説明します。タブレットを取り出してください」
学園から配布されたタブレットを取り出すと、プリインストールされている数学用のアプリに教師からメッセージが届いていた。
「今日学んだ内容と、中学までに学んだ内容に関する数学の問題がそれぞれ五問。計十問がランダムに配布されています。もちろんバディ同士で同じ問題は被らないようになっています」
一哲がメッセージを確認すると、確かに十個の問題が配布されていた。それぞれ問題だけでなく、解答まで書かれていた。そしてそれらが編集可能になっている。
「皆さんは回答と途中計算のいずれかについて一か所だけ修正して誤答にしてもらいます。そしてそれらをバディに送付し、先に全ての誤答を正答に修正しなおした方が勝利となります」
つまり間違い探しを作り、それを相手に解いてもらうという戦いだ。
「(今回も貰ったわ。どうせいつもみたいに、『1』を『l』に変えたり、『ろ』を『る』に変えるような姑息な真似しかしてこないはず。しっかり読めば簡単に答えられるわ)」
どの場所を変化させれば誤っていると気付かれにくくなるのか。それは正答を正確に理解する必要がある。不自然な場所の数字を変化させてしまったならば、分かる人なら一目で違和感を覚えてしまうからだ。
勉強に対して不真面目な一哲であれば、自分ですら理解がギリギリだった今日の数学の授業内容を理解できているはずがない。だとすると、姑息な真似をして本題とはかけ離れた誤答を作りどうにか難しくしようと画策してくるはずだ、と加恋は予想した。
「(もう二度とそんな手は食わないからね)」
加恋は一度、それで負けたことがある。だがタネが分かってしまえば対処は簡単であり、それ以外は全勝中。今日も余裕で勝てるだろうと確信していた。
「それでは始めてください」
数学教師の合図で加恋は誤答作成に挑む。
「(難しい……ええと、さっき習ったのは……)」
教科書とノートを確認しながら授業の内容を必死に思い出す。まずは配布された問題と解答を理解しなければならないのだ。計算の流れを一つ一つ読み解き、新しく出て来た公式や定理がどのように使われているのかを理解する。
「(ここが……こう……ということは、これが分かってないと、ここを変えても分からないわよね)」
絶対に負けるわけにはいかない。
ゆえに、絶対に解かれるわけにはいかない。
加恋は細心の注意を払って誤答を作成する。
「そこまで。それでは問題を交換して、誤っている個所を修正してください。元の正答に戻せたならば、システムが正解だと教えてくれます。先に全部正解した方が勝利です」
ちなみにどちらも全問正解しなかった場合はどうなるのか。
二人とも罰ゲームになってしまうのか。
否、その場合は全問正解するまで永遠に居残り、やらされることになる。
しかもそれで負けたら罰ゲームまで待っているのだ。絶対に解くと全員が本気で授業を受けていた。
「それでははじめ!」
数学教師の合図と共に、バディから送られてきた誤答が閲覧修正できるようになった。加恋は早速それを開き一問目から解こうとした。
「(…………ない。どこにも誤字が無い)」
だが予想していた姑息な修正がどこにも見当たらない。
「(よく見て。特に『1』と『l』はかなり分かりにくいから気を付けるのよ)」
もう一度最初から見直してみる。
それでも誤字は見つからない。
「(じゃあまともに間違いを入れてるの?)」
信じられないと思いつつ、解答をじっくりと読む。
もう一度教科書とノートを確認し、計算内容をチェックする。
「(え……もしかしてこれ……なの?)」
公式の当てはめ方に違和感があったので、そこを修正してみた。
するとシステムが正解と判定してくれる。
「(こんな誤答、ちゃんと理解してないと作れないわよ)」
嫌な予感がする。
チラっと一哲の様子を見ると、全く焦る様子が無くタブレットを操作している。
「(ぐ、偶然よ。偶然に決まってる)」
だから焦ってはならないと自分に言い聞かせ、次の問題に取り掛かる。
だが次の問題の誤答も、分かりにくい誤字のような姑息な内容ではなく、理解していなければ作れない絶妙な誤答だった。
「お~わり、やったぜ!」
結局、加恋がまだ半分も解いていないのに、一哲は全部解いてしまった。
「そ、そんな……」
あまりにも差がありすぎる完敗に、加恋は酷く落ち込んだ。
そして苛立ちをつい一哲にぶつけてしまった。
「信じられない!いつも全然理解してない癖にどうして!」
敗北者の逆ギレのようなものだが、一哲は何も気にしていない。
勝利したのがそれだけ嬉しいのかもしれない。
「おいおい、実力テストの時に言っただろ。俺は数学が得意だって」
「で、でもいくら得意だからって……」
自分よりも実力が上だとは思わなかった。
そう言おうとして加恋はぐっと堪えた。
一哲の普段の不真面目な様子から、彼の実力を勘違いしていたことに今更ながら気づいたから。勉強は嫌いだけれど、成績が悪いとは一言も発していないことに気付いたから
「さ~て、罰ゲームはどれにしよっかな~」
「い、いや……」
二人の画面には、罰ゲーム一覧が表示されている。
一哲は醜悪な笑みを浮かべながら、その中から一つの罰ゲームを選択する。
「これにしよ~っと」
選択された内容が加恋のタブレットにも表示された。
『今日一日、勉強せずに可能な限りゲームで遊んで過ごすこと』
罰ゲームの内容は、相手が心底嫌がるものが用意されている。
たとえば一哲であれば勉強を強制するもの、静であれば女子との会話を強制するもの、真祐であればだらしない生活を強制するもの、など。
そしてこの罰ゲームをやらないと、より厳しい懲罰が待っている。
教師監視の元で一晩中勉強させられる、など。
ゆえに生徒達は必死に授業を聞いて、必死にバディバトルで勝とうとする。
どれほど速くて難易度が高い授業でも、諦めずに食いつくしかない。
「そんなのいやああああああ!」
「それだけは!それだけは勘弁してくれ!」
「てめぇ覚えとけよ!次は絶対に勝つからな!」
輪音学園の授業は決して甘くは無かった。
だが生徒達はいずれ知ることになるだろう。
まだ甘やかしてくれていることを。
バディバトルにおいて、正答も自分で用意すること。
そう告げられて阿鼻叫喚の坩堝と化す日は、そう遠くは無かった。




