第18話 風呂と実力テストの結果
「(絶対に下見ないでよ!)」
「気を付けるって言っただろ」
「(きゃああああ!今チラっと見えた!)」
「下着脱ぐときはしゃーないだろ」
「(変態!変態!変態!変態!)」
「うるせーなー」
騒がしい脳内に苛立ちながら、全裸になった一哲は浴室へと入った。目的はもちろん風呂に入るためであり、一人なのにデリケートゾーンをタオルで巻き、まずは桶で下半身にお湯をかける。
そしてゆっくりと湯船に浸かるのだが。
「(半身浴でもするつもり?)」
「うっせ」
背中の擦り傷が染みるから、一気に腰を落とせない。痛みに我慢しながら少しずつ入る。
「(ほんと情けないわね)」
「お前なら我慢できるのかよ」
「(当然じゃない)」
「だったらやってみろよ」
「(え?)」
「先生が言ってただろ。感覚共有が出来るって。背中だけやってみれば良い」
裏にいても声が聞こえて前が見えている。
それは表に出ている方が受け取ったそれらの情報を無意識で得ているから。
つまり意識すれば他の情報も取得可能であり、背中の触覚情報を共有したいと強く願えばそれも可能かもしれない。
「(嫌よ。どうしてわざわざ痛い思いしなきゃならないのよ)」
「お前が我慢できるって言ったからだろ」
「(出来るからってやりたいわけないじゃない。余計なこと話してないでさっさと入って出なさいよ)」
「チッ」
痛い上に面倒な会話などしたくないと思ったのだろう。一哲は痛みに耐える方に集中して、どうにか首まで浸かることが出来た。水やお湯は傷に染みるけれど、何故か浸かり続けると痛くなくなる。
「ふぅ~」
その結果、気持ち良さだけを堪能できるようになり、一哲は目を閉じてその快感を堪能する。
「(私も入りたい……)」
しかしその欲望を叶えるということは一哲に自分の全裸を見られるということに外ならない。そんなことが出来るわけもなく、風呂を堪能する一哲のことを羨ましく思う。
「(あれ、もしかして少しだけなら出来るかも?)」
今一哲は目を閉じてお湯の温もりを堪能している。つまり視界は真っ暗だ。
「(ねぇ、そのまま目を閉じて私と入れ替わってよ)」
「は?」
「(それなら私の体見えないでしょ。私だって少しはお風呂に入りたいもの)」
これは名案だと言わんばかりに言葉が弾む加恋。
だが一哲は呆れたような感じでそれを否定した。
「お前馬鹿なのか? 今交代したらお前の制服濡れるぞ」
「(えっ……あ、そうだった!)」
合体時の服装は合体直前のものになる。そして合体後に着替えた場合はそちらが優先される。
今回は二人とも制服を着ている時に合体したので、表に出る時はどちらも制服姿になる。ただし一哲は着替えたのでその情報が保存され、今は全裸なので入れ替わっても全裸になる。一方加恋は着替えていないため、入れ替わったら制服になってしまうのだ。
「(ああもう、どうしてこんな不便なのよ。そもそも合体が病気だとして、服まで変わるってどういうことなの?)」
「おいおい、今更気付いたのかよ」
「(何よ。あんたは気付いてたの?)」
「当たり前だろ。腕だけ変化したら腕だけ服が変わったんだ。そんな珍妙なことになってたら誰だって気になるだろ」
「(…………そ、そうね)」
そんなことを考える精神的な余裕が無かった。といえば聞こえが良いが、状況に流されるだけで考えようともしなかったとも言える。またしても『差』を見せつけられたような気がする加恋であった。
「というか変なのはそれだけじゃないぞ。俺とお前の体格なんて全く違うのに、どうして腕だけ変化させてつなぎの部分が違和感ないんだよ。骨とか繋がってるはずないのに」
「(…………と、当然気付いてたわよ)」
「…………あ、そ」
いかにも何も気付いていなかった風な態度なのだが、一哲は何も指摘しようとしない。それがまた加恋を苛立たせることになるのだが、ここで怒ったら情けないと思いぐっと我慢した。
「うし、出るか」
「(え?もう?)」
「もう、じゃねーよ。熱いし、いつもより長いくらいだ。さっさと洗って出るぞ」
「(男子ってあんまり長くお風呂に入らないのかしら?)」
自分だったら倍以上の時間をかけてゆっくりする。
その気付きが素直に興味深く、苛立ちがいつの間にか消えてしまったのだった。
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「昨日の実力テストを返却します」
朝になって無事に合体が解除され、登校した一哲達を待っていたのはお待ちかねのテスト返却だった。
「もうですか? 早いんですね?」
問題数が結構多かったので、採点には数日はかかるのではないか。
そう思っていた加恋が質問してみた。
「今回の実力テストに限らず、当学園ではテストの採点をAIに任せています。ですので返却はすぐに可能です」
「ですがAIだと採点ミスが増えるのではないでしょうか」
「その通りです。ですからテストを受け取ったら必ず確認してください。尤も、これまでの経験上それほど多くのミスは発生しません」
手作業よりもミスが多かろうが、教師が逐一採点するよりも遥かに速い。しかもミスは正答を誤答と判断することはあってもその逆はほとんど無いため、生徒が申告することでほぼ正しい結果になるのだ。
「便利なものだな」
興味無さそうに一哲はそう呟いた。
「では返却します」
窓理教師はそれぞれのバディペアに手渡しで採点済の回答用紙を渡した。
「え!?」
それを受け取って真っ先に声を挙げたのは加恋だった。
「そ、そんな……」
「どれどれ?」
何をそんなに驚いているのかと一哲が横から答案を覗き見ると、高得点ではあったが突出して高い点数では無かった。
「ふ~ん、結構減点されてるんだな。おっと、俺が解いたなぞなぞも少し間違えてたか。あ、そっか、あっちの方がスッキリした答えだったな」
自分の間違いについて、すぐに正解に気付き納得する一哲。
一方で加恋は予想以上の不出来に顔面蒼白だ。
「ど、ど、どうしよう。これじゃ私……」
一哲がミスをしたならまだしも、自分のせいで点数が伸びなければ文句も言えない。一哲がチェックをしてくれなかったとか、合体に戸惑いまともにテストを受けられなかったとか、不満を挙げたらキリが無いが、それを今更伝えた所でこの結果が変わるわけがない。
「これじゃ、どうしたってんだ?」
珍しく一哲が加恋の言葉に反応し、煽るような言葉を投げかける。
加恋はその言葉に声を荒げて反応した。
「あいつに負けちゃう!」
この実力テストはクラスメイトの勉との勝負だった。
琴遥や一哲達を侮辱し、否定した彼よりも良い成績を修め、彼が最も得意とする勉強でやりこめる。
だがそれを成し遂げられなかった。
加恋はそれを恐れていた。
「せっかく音乃葉さんと一緒に勝とうって決めたのに」
あまりにも悔しくて歯を食いしばる。
涙が零れ落ちそうになる。
「ふ~ん、なるほどねぇ」
しかし一哲は呑気な雰囲気のまま。
一哲だって勉に勝とうとしていたはずなのに、負けても気にしないかのような態度に加恋は激怒する。
「あんただっ……て……」
だが一哲の顔を見た瞬間、加恋の怒りは一気に霧散してしまった。
何故なら一哲が、これまで見たことが無い程に優しい顔をしていたから。
ギャップ効果か、不覚にも胸が高鳴ってしまったから。
そんな加恋の異変に気付いているのかそうでないのか。一哲は軽く笑って後ろを向いた。
「慌てる必要なんかねーと思うけどな」
「え?」
一哲の視線につられてそちらを見ると、そこにはどんよりとした空気を纏い落ち込む勉の姿があった。
「つーか朝気付かなかったのかよ。あいつずっとあんな顔だったぜ。テストダメだったの明らかだったろ」
「…………」
「バディはやる気無さそうだし、あいつはなぞなぞなんて解けそうにないし、残当だな」
そして今度は琴遥と静の方に視線をやる。
「ぶいっ!」
満面の笑みを浮かべた琴遥が勝利のVサインを向けてくれた。静は照れ臭そうに視線をそらしてしまったが、悪い気はしていないようだ。
「こんなの無効だ!こんなテストになんの意味があるっていうんだ!」
突然勉が立ち上がり、俺達に向けて抗議してきた。
一哲はわざとらしく見下すような笑みを浮かべて対応する。
「かもな」
「だったら……!」
「でも大して内容も確認していないのにこのテストでトップを取るって言ったのはお前だろ」
「ぐっ……」
「ねぇどんな気分? あんなに大口叩いて完敗するなんて俺には分からないから教えてよ」
「ぐぐぐぐ!くっそおおおおおおおお!」
素直に敗北を認めず、あがこうとしてしまったがゆえに心に更なるダメージを負ってしまった。一哲に口で勝とうというのが勉の過ちだった。
「というかお前、なぞなぞ以外の所も結構減点されてただろ」
「な、なんでそれを!?」
「やっぱりか」
一哲は加恋の採点結果を思い出す。
「(かなり細かく減点されてたからな。過程だけじゃなくて、日本語表現まで採点基準になってた。ここのテスト相当やべぇぞ)」
答えを導き出した過程まで書かされる問題がほとんどで、しかも少しでも日本語表現が間違っていれば即座に減点。汚い字でも減点。単に問題が解けるかどうかだけではなく、それ以外の実力も試される。
この学園が求める教育レベルを理解してもらうためのテストでもあったのだ。
「ということで、チェックするまでもなく俺達の勝利だ。琴遥ちゃんやったぜ」
「二人のおかげだよ!ホントにありがとう!」
「ちなみに二人の点数は? ぶっちゃけ俺らより上じゃないかって気がしてるんだけど」
「ええ~そんなことないよ~」
照れながらも琴遥は点数を教えてくれた。
すると一哲の予想通り、その点数は一哲達よりも上だった。
「音乃葉さんにも負けた……そんな……どうして……」
「勉に勝ったんだから良いだろ」
「そ、そうね……何よその顔は!」
今度は一哲の顔がにやついていた。
最初の頃のように敵視し、侮辱する感じでは無い。
最近のように波風立てず淡泊に対応するわけでもない。
まるで琴遥や静に接するような自然なからかいのにやけ顔だった。
「自分の成績より勝てた方が嬉しいだな」
「え……あ、あれ? ダメじゃん!」
成績優秀者になり、良い大学に行かなければいけない。
そのために必死に勉強をしてきた。
今回の実力テストでも上位の成績を取らなければならないはずだった。
だが結果は芳しくない。
それなのに琴遥と共に勉に勝てたことを喜んだ。
「終わった……何もかも……」
「そこまで落ち込む話か?」
「あんたには分からないのよ! 私にはこれしか無いの!」
「だってさ、琴遥ちゃん」
「およよ。あたしは悲しいよ。せっかくお友達になれたと思ったのに」
「え!? あ、違う! そうじゃなくて……」
琴遥とセットで加恋を揶揄い楽しそうにする一哲。
加恋だけでなく、一哲も何かが変わったのだろうか。
「というか、俺達勘違いしてる気がするんだが」
「勘違い?」
琴遥が可愛らしく首をかしげ、一哲の笑みが気持ち悪く変化した。
だが今回は態度や言葉には表さず話を続けることにしたようだ。
「先生、新入生代表って、受験で一番成績が良かった人が選ばれるんですか?」
「な、なに言ってるの!?そんなの聞く必要……」
嫌な予感を感じた加恋が慌てて一哲の質問を却下させようとするが、窓理教師はその前に答えてしまった。
「いいえ違います。AIが選んだ人ですね」
「…………そんなぁ」
てっきり最優秀生徒として入学して来たのだと思っていた加恋は、真実を知り落胆し、同時に恥ずかしくなった。自信満々に新入生代表として挨拶したのに、優秀というのは勘違いだったのだから。
「ちなみに、今回の実力テストでトップは二組のバディペアですね」
トップの人だけが恩恵を受けられるAIへの質問権。
当然それも加恋には与えられなかった。
「俺らは何位でしたか?」
「やめてええええ聞かないでええええ!」
これ以上恥に恥を塗らないで欲しいと懇願する加恋だが、一哲は大喜びで窓理教師に問いかけ続けるのであった。
やっぱり楽しいのが好きなので早めに関係改善の流れにしちゃいました。




