第13話 友達とエロ友達(静:違うよ!?)
「行っちゃった。何処にいるか分かってるのかな?」
「馬鹿は馬鹿同士、通じるものがあるんじゃない?」
教室に残された加恋と琴遥。
二人は一哲が出て行った教室の入り口を並んで見ていた。
だがいつまでもそうしている訳には行かない。
「さぁ音乃葉さん。勉強しましょう」
「え?」
「今から復習すれば必ず実力テストの結果に反映されます。特に忘れかけた単語なんかは簡単に思い出せますから」
加恋は自分の鞄から大量の参考書を取り出し、琴遥の机の上に置いた。そして自分の椅子も持ってきて、同じ机で勉強する態勢を取ろうとする。
「ま、待ってよ。桜ヶ平さんも勉強したいんだよね。私の事は良いから自分のペースでやって」
「気にしなくて良いわ。他の人に教えるのも役立つから」
確かにそれは正しい。
教えるという行為をすることで、自分の知識がより鮮明になるからだ。
「それはそうかもしれないけど……どうしてそこまでしてくれるの?」
「え?」
「だって桜ヶ平さんって、自分の勉強が最優先ってイメージだったから。無理してるなら申し訳ないなって」
しかも今回は実力テストの点数がかかっている。だから他の人の事情よりも、自分の結果の方を優先する。それが桜ヶ平という人物なのだと、この短期間で琴遥は見抜いていた。あれだけ堂々と一哲とケンカして自分の主張を叫んでいたら誰でも分かる話かもしれないが。
「わ、私だってクラスメイトが困ってたら……」
「ありがとう」
「…………」
「…………」
どうにも話が弾まない。
一哲と琴遥が話している時のように、自然に盛り上がることが無い。
それは琴遥がまだ今の状況に戸惑っていることと、勉強漬けの加恋が他人との交流が得意ではないことが原因だった。
「ふぅ」
その状況を打破したのは、琴遥だった。
らしくない自分に気付き、頭を切り替えたのだ。
「ねぇ桜ヶ平さん」
「何かしら?」
「私と友達になってよ」
「え?」
人懐っこい笑みが戻った琴遥が、加恋にアプローチをかけ出した。
「それと遅くなったけどありがとう。私の為に怒ってくれて」
「べ、別に私はそういうつもりじゃ……」
「無かったの?」
「うっ……」
ならどうしてこんな風に勉強を見てくれるような態度を取っているのだろうか。
「私ね、この学園で沢山友達が欲しいなって思ってる。その中で最初の一人ってやっぱり特別だと思うんだ。その特別を桜ヶ平さんになってもらいたいんだけど……ダメかな?」
「そんな大事な役目。私に出来るかな……」
決して人付き合いが得意な訳ではない。
何かにつけて勉強勉強。青春などするつもりは全く無い。
そんな自分が、明るく何事も楽しんでそうな琴遥の友達になって良いものなのだろうか。嫌な思いをさせたり、迷惑をかけることの方が多いのではないか。
様々な不安が答えを躊躇させる。
しかしそんな不安など、次の言葉で吹き飛んだ。
「じゃあ最初の一人は一哲君になっちゃうのかな」
「なるわ。友達になる。よろしくね」
「あはは。よろしく!」
「あっ!」
一哲への対抗心から、反射的にイエスと回答してしまったのだ。
琴遥の罠にまんまと嵌まったと気付いた時にはもう遅かった。
「よ~し、それじゃあ早速勉強頑張るぞ」
「そ、そうね」
「友達と勉強、素敵だね」
「わざわざ強調しないでよ」
「あはは」
ただ友達になっただけ。
それなのに頬を染めて照れるピュアな加恋をつい弄りたくなってしまう。
「あ、でもその前に決めないといけないことがあるね」
「…………何、かしら?」
今度は琴遥が何故か赤面している。
その様子を見て加恋は嫌な予感を隠せない。
「身体測定、どうしよう」
「うっ……」
すぐに終わらせて勉強時間を確保するには、バディ同士で測定するしかない。
だがそれは男に、しかも苦手な相手に体重を知られることになってしまう。測定項目に胸囲があれば、乙女の尊厳が壊滅するも同然だ。
「どうしてここは、こんな酷いことばかり考えるのよ!」
「だね~」
「音乃葉さんは我慢できるの?」
「いや、流石に恥ずかしすぎるよ」
「だよねぇ」
共通の敵があると人は仲良くなれる。
いつの間にか加恋は自然に琴遥と話せるようになっていたのだった。
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「さ~て、根暗君は何処に行ったのかな~」
逃げ出した静を追いかけて、一哲は廊下を歩いていた。
「あの手のタイプが行く所なんて、どうせあそこかトイレくらいだろ」
丁度通り道に男子トイレがあったので中を確認したが、個室は全て開いていた。ハズレだったので、もう一つ予想した場所に移動してみる。
「大当たり」
階段下の陰になっている場所。
静はそこで蹲っていた。
「は~ぜ~く~ら~く~ん」
「!?」
一哲の声に、静は身体を大きくビクっと震わせた。
「ぼくとおはなししようよ~」
ふざけながら静の元へと近づき、しゃがんでまた肩を組む。
そして俯く顔を下から覗き込もうとしたのだが。
「お前、ビビってんのか?」
てっきり嫌がられているのかと思いきや、静の表情は恐怖で歪んでいた。しかも漏らしていてもおかしくない程の雰囲気だ。
「おいおい。俺みたいな無害な人間はそうはいないぜ」
「…………」
「マジで何でそんなにビビってんだ? 別に俺、怒ってるわけでもいじめたいわけでもないぜ」
「…………う、嘘だ」
「嘘じゃないって。なんでそんなことしなきゃならないんだよ」
「あいつらだって同じこと言ってた! 信じられるか!」
「あいつら?」
酷く怯えていた静が、教室の時のように感情を剝き出しにした。だが今回はしっかりと身体を押さえているため逃げ出せない。押さえることで一哲の背中が再び痛むが、今回は顔に出さず我慢する。
「はん。俺をそこらの連中と一緒にするんじゃねぇ。俺は俺がやりたいようにやる。やりたくないこともやらない。だから俺はお前の敵じゃない。ふっ、我ながら完璧な三段論法だぜ」
全く完璧などではなく、三段論法ですらない。
無茶苦茶なセリフに、静はこれまで嫌でも目に入って来た一哲の姿を思い出す。
一哲は変人だ。
他の人と同じとは到底思えない。
静の全身から力が抜ける。
しかし感情の昂りは消えたが、まだその表情には怯えが残っている。
「で、でも僕、君を突き飛ばしちゃったし……」
「あれは良い一撃だった。効いたぜ」
「ご、ごご、ごめんな……」
「謝るなって。怒ってなんか無いからさ。男ならあのくらい元気じゃねーとな」
「…………」
静の動きが止まる。
せっかく打ち解けかけてきたのに、強固な壁が出来た感じがする。
「なんだお前。男ならって言われるのが嫌なのか?」
教室でも一哲は静に『男』を強調した。
今もまた似たようなセリフに反応したので、男らしくあるよう言われるのが嫌なのかと思った。
だがすぐに思い直す。
「違うか。お前が嫌いなのは、心底憎んでいるのは『女』か」
「!?」
静の目が驚愕に見開かれる。
教室で静は『女なんか!』と叫んで飛び出した。
だから彼の異変は『女』が原因なのだろうと想像することは容易である。
だが心底憎んでいると、嫌っている度合いまで当てられるとは思っていなかったのだ。
「ど、どうして……」
「お前と似たような目をした奴を知ってるんでな」
「え?」
それが誰なのか、一哲は口にしなかった。
その代わりに、静の心の傷を指摘する。
「お前、女にいじめられてたな?」
「…………」
「そりゃあバディと仲良くしろなんて無茶な話だよなぁ」
どれだけ酷いいじめだったのか、一哲には分からない。
だが『女』という括りで全体を嫌悪するということは、彼をいじめた女子は一人二人では無さそうだ。
「ならしゃーない。説得は諦めるわ」
「え?」
琴遥の手助けをするには、静に協力してもらうことが一番だ。
女子と仲良くしたい上に、勉にざまぁさせたい一哲が、こうも簡単に退くというのは、静にとって予想外だった。
「今回ダメでも琴遥ちゃんの好感度を上げる場面なんて山ほどあるだろうし、そもそも何が悲しくて男と抱き合わなきゃならねーんだよ」
なんて言いながら一哲は静から距離を取る。
肩を抱いたのは一哲なのに酷い言い草だ、と静は思わなくは無かったが、それを言い出せる度胸があるわけでもない。
そのまま一哲は立ち上がり、教室へ戻ろうとする。
だがその前に一つだけ聞いておきたいことがあった。
「でもよ。お前、女が嫌いなのに、どうしてここに来たんだ?」
輪音学園にバディシステムがあることは周知の事実。
入学したら異性とバディを組まされることは決まっている。
それなのに静はどうして嫌いな女子と組まされるこの学園を選んだのだろうか。
「…………ふ、復讐、だよ」
「復讐?」
「僕が何もしなければ、女子は困ることになる、だから」
「嘘だな」
バディシステムにおいて、相手の足を引っ張ることで相手にダメージを与えられるのはその通りだ。それが自分をいじめた『女』に対する復讐だと静は言う。『女』全体を恨んでいるから、相手が誰だって構わなかった。
それは理屈が通っているようで、全く通っていないものだった。
「お前のバディが、お前をいじめた女子のようなやつだったらどうするつもりだった。そのことを考えていない訳がないだろ」
足を引っ張るどころか、日常的に怒鳴られて奴隷のように扱われる三年間が確定してしまう。それはまさに地獄だと言えよう。
「…………」
一哲の問いに、静は何も言い返せない。
内心を当てられ、ただ俯くだけ。
「お前は、そこまでなんだな」
「?」
俯いていた静は気付かない。
一哲の複雑そうな表情を。そして彼の言葉の意味を。
一瞬だけ垣間見えた一哲の本心。
静が一哲に顔を向けた時には、すでにいつも通りの飄々とした雰囲気に戻っていた。
「ぶっちゃけさぁ。お前、ホントは女子と仲良くしたいんだろ」
「そ、そんなわけ!」
「自分に優しくしてくれる女子がいるって信じたかったんだろ。ここならそんな女子に会えるかもって、期待してたんだろ」
「違う!違う違う違う違う!僕は……僕は!」
「そしたらマジでそんな女子がバディになっちゃって、でも憎い気持ちも抑えきれないで、どうしたら良いか分からないんだよな」
「うううううううう!」
頭を抱えて苦難する静を見ながら、実は一哲は内心で彼を賞賛していた。
「(めっちゃいじめられてたっぽいのに、それでも信じられるとかすげぇなこいつ。聖人か?)」
そしてその心の強さを羨ましく思っていたのだが、そこまでは自覚していなかった。
「分かった分かった。そんなに悩むな、静」
「…………」
「静は女子に復讐したい。そのためにここに来た。そうだな」
「う、うん」
「だったら良い復讐方法を教えてやるよ」
「え?」
一哲は再びしゃがみ、静の肩を抱く。
その姿は最初のようなチャラ男が絡んでくる感じではなく、隅でこそこそと悪だくみをしているような感じである。
「身体測定」
「え?」
「身体測定であいつらの身体を俺達が測るんだよ」
「何言ってるの!?」
頬を染めて照れる静の様子から、一哲は行けると察した。
女子を憎んでいるだけなら、照れる訳が無い。
静は男だった。
エロに興味があるのだと。
「あいつらは勉強のために時間を欲している。身体測定の時間が惜しいはずだ。今頃俺達に測らせるか悩んでいるに違いない。だったら遠慮なく測らせてもらおうぜ」
「いや、それは流石に……」
「これは合法的に相手を辱めるチャンス。女に対する最高の復讐になる!しかも運が良ければ胸を測れるんだぜ。手が滑って揉んでしまっても事故で済むんだぜ。やるしかないよなぁ!」
「いや、だから……」
「分かってる!分かってるから皆まで言うな!愛しの琴遥ちゃんの胸を静に触れさせて良いのかって話だよな。悩む。物凄く悩む。だが静のために我慢しよう。その代わり一緒に測定しようぜ。そしたら得意の巧みな話術で俺も琴遥ちゃんの身体を測らせてもらうからさ!」
いつの間にか、静がジト目になっていた。
怯えもせず、怒りもせず、一哲に対する呆れの顔になっていた。
「一哲君って最低だね」
そして歯を見せて笑ったのであった。




