第9話 いのちをうばうということ
「ぅう・・・」
ゴブリン洞窟。
ゲームの序盤ではありがちなダンジョンの一つだ。
ただゲームと違うのは、敵はシステムでもなんでもなく、実際に生きているということ。
魔物は人間界にも魔界にも生息しているが、魔族との違いは知性を持たず他の種族に対する強い悪意と敵意を持つ種族であること。知性を持っているという定義は、他種族とのコミュニケーションが可能であるということだそうだ。つまりはこっち側が理解できる行動を取っていたら、ってことだ。
ゴブリンは魔族と魔物の差が曖昧であることで有名な魔物だ。
その理由は彼らが魔物としてはとても高い知能を持っているというところにある。
独自のコミュニティを持ち、同種間で上下関係、小さな社会が形成されているのだ。ゴブリンは集落を作り、石や木を道具として用い武器として扱う。
ゲームじゃスライムと並ぶ最弱モンスターで通っているが、現実は中々に手強い相手だ。
というかスライムも強い。普通に考えて、液体を殺すって難しいだろ?
とはいっても小学生ぐらいの子供程度の身体能力しか持たず、ゴブリン単体の脅威はそこまで高くない。
・・・まあ、今の俺はその小学生ぐらいの子供なんだけど。
俺には魔法も体術もあるから、死ぬことはないだろうという母の過信から起きた事故・・・俺はきっとここで死ぬだろう。うぅっ、短い人生だが、楽しかった・・・!
ただで死ぬつもりもないから、せめて抗ってみる。
落ちてきた穴は、先が少し暗くなるぐらいの高さだった。
俺が魔法で上がってこれないように、岩で塞いでしまっているみたいだ。
(くそっ、実は俺を殺す気だったとしか思えん・・・)
いきなり厳しすぎるだろ。教育の仕方がジェットコースターみたいだ。
立ち上がって周囲を見回すと、道が左右に別れていた。
俺が入ってきたのはどうやら入口ではなく、換気をする為に開けられた穴のようだ。
「どっちに進もうか...?」
そもそも、この強制ゴブダン訓練の目標を母に教えて貰っていない。
昨日の夜、寝る前に食料と水、必要な物を纏めなさいと言われて何となく察してはいたものの、まさか補助役もなしに突然ゴブリン洞窟に突き落とされるだなんて思っても見なかった。
父親達もやけに俺から目を逸らしていたし、恐らく助けに来ないよう母に口止めでもされていたのだろう。
...全く、とんでもない家族だ...
俺がもし無事に生きて帰ったら、一ヶ月ぐらいは口を聞かないでやるからなぁ...!
てか、出来れば今日中に帰りてぇ...
ゴブリンの糞尿が溜まってるのか、この洞窟全体が臭いよ...
ぷんすかしながらも適当に進んでみる。
火属性魔術:光球で前後は10m程確保しながら歩き、安全には考慮する。
つーか普通に怖ぇ...!!
真っ暗闇じゃねぇか...!
気持ち遠目に光球を配置してしまうチキンさ。
母から貰った杖槍を握りしめ、警戒を怠らない。
すると、先にぼんやりと赤い灯火が見えた。
松明だ。
直ぐに光を消し、息を潜める。隠れたと同時に直ぐに攻撃出来るよう足元に水球を貯蓄しておく。
「ギャ グギャ」
ゴブリンが2体、警備でも行うように洞窟内を徘徊している様子。
バレないうちに魔術で殺そうと思ったが、つい魔力を練り上げる手が止まってしまった。
今考えてみれば、これが初めての魔物との遭遇だ。
当たり前と言えば当たり前だが、俺は魔物どころか前世でも、生き物を殺したことが無かった。
虫ですら踏み潰してしまった時には少し気が引けたと言うのに、俺は会話しているこいつらを殺す事が出来るはずが無かった。
こいつらは俺を見つけた瞬間俺の事を殺す気で向かってくるだろう。そしてなんの抵抗も無く俺を屠る事が出来るはずだ。
そしたら俺もこいつらを殺せるだろうか?
俺の謎のモラルが、この世界の常識を拒んでいた。
先手必勝。当たり前の常識だ。
それも命がかかっているこの場で。
「...水弾!」
「ギッ?」
脳天を貫く一撃。狙いが上手くいったようだ。
もう一体も直ぐに...
「うぶっ!...おえぇっ!!」
初めて生き物を殺した。
魔物といえど会話をしているようだった。
一緒に歩いていたゴブリンは俺と突然死んだ同族とを何度も見比べている。
まるで人間と同じだった。
横で歩いていた友達が突然脳味噌をぶち撒けて死んだら、理解など出来やしないだろう。それも戦場を歩いていた訳でも何でもなく、死ぬ覚悟なんてないままに死んだのだ。
少し経っても、ゴブリンはゲームのように霧散して消えたり、デスポーンする様子は無かった。
俺の殺したままの死体が、俺を殺意を持った目で睨みながら
死体に寄り添うゴブリンが事実をより強く実感させた。
「...っ!!水弾!水弾っ!!水弾っっっ!!」
パンッバシャッドシャッ!
狙いが上手く定まらず、生き残ったゴブリンの頭に当てることが出来ず逆に痛めつけるようになってしまった。
俺が嬉々として練り上げた魔術が間違いなくこのゴブリンの人生で最悪の記憶を刻んでいる。
最後までゴブリンは俺の事を睨んで叫んでいた。