第7話 花屋の使い
「おい、リヴィアナ様の御令嬢が居るらしいぞ!!」
近くにいた店の人間たちがぞろぞろと出てくる。
(俺のお忍び旅行計画が...!)
イヴを探す人混みを路地裏に抜け出す。
さっきまでの人の量が嘘のように静かな通りだった。
道が狭く密着しているせいで広場の音を殆ど通さないのだ。
こういう所にはよく盗賊が出るのがセオリーだから少し小走りで通りを抜け、新しい広場に出る。
先程の場所と同じく商店が多くあるようだったが、パッと見食品を取り扱う所が多かったのに対しここは色鮮やかな花々を取り扱っている店が殆どのように見えた。
ミーヌの花街という名前の由来はここから来ているのだろうと、人目でわかるほど美麗な景色だった。
赤、青、黄、紫、白。
その他色とりどりの花が大量に売られている。
先程が血気盛んな場所だったから、どうも心が落ち着いてしまった。
「きれ〜...」
つい目の前で見入ってしまう。
「ヨカマドベリー」
突然耳元で男の声がして驚いた。
「うわっ!...この、花?」
俺が特に気に入った花を取って渡す。男。
「はい、お嬢さん。特別だよ?」
微笑み、花を1本手渡す。
よく見るととても整った顔をしている。
「え、いいの?でもこれ売り物なんじゃ?」
「花だって君に貰われて嬉しいさ」
なんだこいつ、生粋のイケメンじゃねーか。
そういう言葉を恥ずかしげもなく口に出せるって、どんだけ自信と余裕があれば出来ることなんだよ...。
「あ、ありがとう?でもただで貰うのも難だからなにか手伝えることでもあるか?」
「それじゃあ、お客さんに花を届けてくれないかな?」
そういって幾つかの花束を俺に手渡した花屋。
緑と黄色の花束がある。そういえばリヴィアナはこの色が好きって言っていたっけ。
「ここか...?」
花屋に言われた赤い籠を裏返したような屋根、周りにはここ以外見当たらない。
ノックをすると、俺より少し高い身長の老人が出てきた。
「はいはい...おやおや、可愛らしいお嬢さんだ。どうかしたのかい?」
「花を渡して欲しいって頼まれたんだ。これとこれ...合ってるか?」
「おう、合っておるよ。ありがとう。代金だ。多めに入れてあるから、お小遣いにでもすると良い。...おや、君は...」
多めにって...この金袋、どう考えても花2本とチップに入れていい量の貨幣じゃねーぞ...!?
「それじゃ、俺はこれで...」
まだもう1つ花を届けなければ行けない人がいる。
扉を開け、外に出ようとすると止められた。
「少し待っておくれ。これを持っておくといい。」
玄関に置いてある鍵付きの箱から大事そうに取り出したネックレスを俺に渡してくれた。
「?なんだ、これ。...よく分かんないけど受け取っとくよ。大事にする。ありがとなー!」
手を振りながらドアを閉める。
なんか、不思議な爺さんだった。
お次は場所ではなく、人が指定されている。
場所より人の方を目標にするなんて、相当目立つやつなんだな。
えっと...
・大きな身体
・硬そうな筋肉
・大体上裸
これがその人の特徴らしい。
うーん、なんだか見覚えがあるような...?
ま、とりあえず探してみるか。
「...あんたかよっ!!」
「な、なんでイヴがココにいるんですっ!?」
大きな身体に硬そうな筋肉、そして大体上裸ねぇ...
正直見つからないんじゃないかとか思ってたんだが一瞬で見つけてしまった。
というか見つかってしまった、というべきか。
俺の三番目の父である岩の民、ドンカイン・バレンタイン。
この人なら全部当てはまってるよ。確かにね。でも、こんなの岩人間って書いときゃわかるじゃん。
さてはあの花屋、俺がバレンタイン家の娘だと知って...!?
くそ、やられた。
「でも、今日って全員兵基地に招集されているはずじゃ?」
「...そうなんですがねぇ...」
茶ゴツい大岩男と白髪の少女が円卓を挟んで座っている様は、よく目立っていたことだろう。
話を聞くと、どうやらドンカインはああいったピリついた汗水の流れる空間が苦手で、今まで我慢して行っていたもののどうしても我慢出来ずに逃げ出してしまったらしい。
我が父ながら、なんとも恥ずかしい話だ...
でも実のところ俺はドンカインの性格がとても好きなのだ。
素直だし、正直だし、なにより優しい。
こんなの自分の父に思うべき事じゃないんだろうが、可愛いのだ。色々が。
見た目だけ見れば人型の大岩だ。
山の中で寝ていたら良い背もたれぐらいに勘違いされるんじゃなかろうか?
しかしその実態はこんなに臆病な人間なのだ。女性に転生してしまった影響もあるのか、所謂ギャップ萌えと言う奴に陥っている。
(ドンカイン父様癒される...)
苦笑いを浮かべながらもふわふわとした気持ちでいると、花を渡す依頼を思い出した。
残った花は緑と黄色の花束だ。
「あ!頼んでいたキタヨウセイとミドラオクナだ。そうですか、イヴはコラルのお手伝いをしていたんだね。偉いですね〜!」
花を受け取りニコニコと俺の頭よりも髪に触れるように優しく撫でるドンカイン。
関節の多い場所は岩の民にとって大きな武器となる。尖っている為だ。
だから普通の人間のように相手に触れれば相手が血だらけになってしまうのだ。
だから岩の民は酷くそれを気遣い、柔らかな肌をもつ種族に触れる時は地肌には触れないように徹底している。
優しさが感じられるけど、同時に少し寂しさ
も感じられる。
「さて、イヴにもこんなにだらしの無い所を発見されてしまいましたし僕は今から兵基地に頑張って行ってきます...貴女ももうそろそろ家に帰っておくんですよ、もう日暮れだ。」
空を見ると端の方が少しオレンジがかって、1つ目の月が見えてきていた。
「はい、もう帰ります。最後に花屋のコラルさん?に仕事が終わった事だけ伝えて来ます!」
空になった花籠を抱え、イヴは駆け去っていった。
「...自分の子供に、負けてられないですねっ。」
曲がり角を曲がって娘の姿が見えなくなるまで暫く手を振ってから、大岩は重い腰を上げて立ち上がる。
バキャッ
「あ゛っ!!すみませんんんっ!!」