小さな嘘と冷や汁
夏バテした。
元々、私は身体も丈夫でなく、特に暑さが苦手だった。
今年の夏は炎天下続きで蒸発しそうだ。食欲もどっと落ち、ベッドの上でダラダラする日が続く。
夫と結婚したばかりの今は、掃除や料理ももっと頑張りたかったが、どう頑張っても今はできなかった。情け無いが、今は休むしかない。
そんな惨めさも感じている時、夫が寝室に入ってきた。お盆も抱えている。お盆の上はグラスに入った麦茶、それに何かの丼があった。
「杏子、冷や汁だったら食えない?」
夫はベッドのサイドテーブルにお盆を置く。私も上半身だけ起き上がり、そこを見てみる。
冷や汁だった。味噌ベースの汁ご飯、白胡麻、きゅうり、ネギがトッピングされていた。見るからにサラサラと冷たそうな冷や汁だった。
「ど? 食える?」
そういえば夫は宮崎の出身だった。実家からレシピを聞いて作ってくれたそう。
正直、冷や汁を見ても食欲はない。きゅうりも苦手だし、美味しく食べる自信はない。
それでも夫が自分を心配してわざわざ作ってくれたと思うと、単純に嬉しい。その気持ちだけで、十分だ。最後まで美味しく食べてしまった。
「ありがとう!」
正直なところ、味自体は美味しくはなかったけれど、胸はいっぱいだ。
「いや、そこまで喜んでくれたら、こっちも嬉しいよ」
私がお礼を言うと、夫は恥ずかしそうに顔が赤くなっていた。夏の暑さのせいと言っていたが、本当かどうかはわからない。
以後、夫は時々料理を作ってくれるようになった。確かに未熟なところもあるが、本人は楽しんでやっているようだった。
毎年、夏は冷や汁も作ってくれる。私の好物だと勘違いしているようだった。
あの夏、私がとっても喜んで冷や汁を食べてたから、好物だと勘違いしている。
本当はきゅうりは苦手だし、特別冷や汁が好物という事でもない。
それでも本当のこ事を言う必要は無いだろう。
「冷や汁、大好きだよ」
今年の夏も小さな嘘をつき、夫の笑顔を見つめた。