リコッタチーズを食べる人々
夏、食欲が失せていた。いや、夏というだけでは無いかもしれない。なんだか、毎日体調不良で、今日も会社を休んでしまった。
三回目のワクチンを打った時、髪の毛が全部抜け落ちた。医者に相談すると、副反応の一種だった。あまり親身になってはくれず、私のみっともない頭を見て「すごいですねw」と薄ら笑いも浮かべていた。
思えば、周囲の同調圧力に負けていた。会社でにほぼ強制だった。何も調べずに打った。別に命には別状はないが、体調不良が続き、髪の毛が抜けるなんて聞いてない……。
思いやり、大切な人を守るため。
そんな上品で美しい言葉の裏には、悪意が隠されているように見えた。何より、こうして世間のルールを守っている自分は良い人だと自惚れている所もあった。良い人に見せていただけで、実際はそうじゃない無いのかもしれない。同調圧力に負けたのも、誰のせいでもなく自分のせいだ。良い人の自分に酔っていた。
そうは言ってもずっと家でぶー垂れているわけにもいかない。食べないわけにもいかない。近所のスーパーに食材調達に行く事にした。
スーパーの果実コーナーは、夏の果物も一杯あった。スイカ、桃、葡萄……。どれも色鮮やかで新鮮だった。食欲がないはずなのに、果物は何とか食べられそうだ。特に桃は、ふっくらと丸く、綺麗なピンク色。ほんのりと良い香りもし、美味しそうだ。
桃はこのスーパーでも推しているようで、ポスターや手書きのポップが置いてあった。レシピも飾ってあり、リコッタチーズと桃のサラダのレシピが美味しそうだった。
そのレシピの隣には、「リコッタチーズを食べる人々」という絵画も引用してあった。
「な、何この絵……」
思わず呟いてしまう。なんかとても下品な絵だった。中世ヨーロッパ時代と思われる男女が、リコッタチーズを食べているのだが、みんな下品でグロテスクな表示を浮かべている。美術館に飾ってあるような名画と思われるが、初めて見るものだった。
絵の人物達は、食べてるというよりは、食べ散らかしていると言った方がいい。おそらく庶民や貧困層の男女だ。食べ方のマナーもあったもんじゃない。
でも単に下品な絵ではない。この絵からは、生命力やエネルギーのようなものが放たれている。
まるで同調圧力に負け、良い人だと思っている自分に「やめろ、くだらねぇ生き方はやめろ」と言いたげだった。叱られているようで、なんだか塩辛い気分だが、今の自分の在り方は間違っていたんだと気づいた。
人の目を気にして、良い人ぶっても誰も自分の健康は責任を取ってくれない。そんなものを優先するぐらいなら、ちょっとぐらい悪い人になっても良いんじゃないか。
何だかこの絵を見ていたら、元気になってきた。食欲も回復してきたと思う。
今日のご飯は、リコッタチーズと桃のサラダにしよう。甘い桃とチーズのサラダなんてどんな味がするんだろう。きっと甘いだけでは無いはずだが、食べるのが楽しみだ。