ひと夏のクリームソーダ
その日、私はイライラとしていた。
2021年、夏。疫病の影響で数々のイベントが中止されていた。それでも町内での小規模のお祭りは、開催され、十分な距離をとり、マスクを着用すれば参加できた。
そんなお祭りに友達と参加する予定だった。屋台で友達の分のクリームソーダも買い、待ち合わせの場所に向かうが、ドタキャンの連絡がトークアプリに届いていた。
「ええ?」
イライラする。ただでさえ自粛でストレスが溜まっていて、お祭りを楽しみにしていたのに。学校では黙食は徹底され、修学旅行、運動会や遠足なども中止され、本当に楽しみだったのに。
急にバカバカしくなってくた。もう日が暮れかけていたが、お祭り気分じゃなくなった。
屋台の方からは、たこ焼き、焼き鳥、焼きそばの良い匂いがする。賑やかな音楽の音も聞こえるが、楽しくない。テンションは明らかに下がってしまった。
「帰ろう」
私はお祭り会場を後にし、帰る事にした。こおこからは雑木林を横断すると近道になる。ちょっと薄暗くて怖いが、仕方ない。
手には二人分のクリームソーダ。アイスは溶け始めている。エメラルドグリーンの液体もぬるくなるだろう。早く帰り、ママか弟にでもあげよう。
「すみませーん。ここはどこですか?」
雑木林に入ったところだった。
一人の女性に声をかけられた。それはいいのだが、明らかにおかしな女性だった。
上はセーラ服だが、下はもんぺ。靴は真っ黒で煤けている。どこかで火事にでもあったのだろうか。髪の毛はダサい三つ編みで、眉毛も海苔のように太く、垢抜けない。
まるで教科書に出てきた戦争中の少女だ。コスプレかと思ったが、黒い靴は妙にリアルティーがある。胸元には名札が縫い付けてあり「山田明子」という名前らしい。身体も痩せ細り、指も骨っぽかった。現代でこんな子は見た事ない。
もしかしてタイムスリップでもしてきた?
そういえば、この雑木林には防空壕が残っている。戦時中から2021年にタイムスリップとうこと?
明子に詳しく聞く。空手警報があったので防空壕に逃げたら、変な扉が開き、何故かここに辿り着いたらしい。
「えー?」
驚きで変な声が出る。こんな芋臭い明子が嘘をついているようにも見えない。とりあえず雑木林の近くにあるバス停に行き、二人でベンチに座る。信じられないが、明子はリアルだった。
彼女を帰す方法はわからない。それでも少し落ち着こう。ベンチに座り、二人でクリームソーダを食べる。
「わー、美味しい! 夢みたい!」
明子はクリームソーダに感動し、目をキラキラさせていた。現代の女性と違い、かなり純粋に見えた。だからこそ、もし彼女が元の時代に帰るとなると、辛い。日本史の教科書を思い出すと良い歴史ではなかったからだ。
それでも美味しいものを一緒に食べると、心は打ち解けてしまった。私はクリームソーダは特別美味しいとは感じなかったが、明子が「おいしい、夢みたい」なんて言うから同調してしまう。エメラルドグリーンの液体、シュっとした炭酸の上に甘いバニラアイス。確かによく見ると、日常から5センチぐらいは浮いている飲み物だ。
時々目の前に交通人は通る。明子の姿を見て驚いている人には、「コスプレです」と言っておいた。今はお祭り中だし、普通に納得してくれた。
そんな中でお互いの時代について話す。現代について話すが、明子は気を失いそうになってうたが、インターネットやスマートフォンを説明すると目をキラキラさせていた。
一方、戦時下の日本を聞くと憂鬱だ。飢饉、空襲、同調圧力……。耳を塞ぎたくなったが、意外と明子は平然としていた。もう日常になっているようだ。
戦時下の同調圧力や自由のなさは、今の疫病騒動とも重なる。もしかしたら、今も昔みたいに一部の支配者だけが得し、庶民だけが踏みつけられているのかもしれない。そんな気もしてきた。
信じて貰えないが、終戦までの歴史、その後の復興や日本の経済成長についても話した。
「日本は負けるのね」
意外と明子は冷静だった。
「うん、正直なところ、心の奥では戦争なんてしたくなかったし、お国のためになんか死にたくないわ」
そんな事まで言っていた。
なぜか微妙な気持ちだ。今の疫病騒ぎも日本人の本音はどこにあるのか、微妙だ。マスクも道にポイ捨てされているし、ソーシャルディスタンスなんて誰も守ってない。薄っぺらいマスクをつけて、注射の副反応に苦しむ過程をSNSにあげて、「やってる感」演出しているだけ。そこからは、本音は何も見えないし、手段が目的になっているように見える。
なぜか明子にシンパシーも感じ、大空襲や原爆の日も伝えた。歴史は変わってしまうかもしれないが、助けられる人がいるかもしれない。
「帰ったらこの日、当時の人に逃げるよう伝えて」
「たぶん無理じゃないかな。女子供の言う事なんて誰も聞かない。日本が負けるなんて口が裂けても言えないよ……」
「でも……」
「まあ、一応は言ってみるけど」
クリームソーダを食べ終えた私達は、防空壕の跡地に向かう。
その入り口は、なぜか扉のようなものがあった。某アニメのどこでもドアとちょっと似てる。もしかしたら、この扉の向こうは過去の日本?
明子は扉を開け、中を見ていた。ちょうど家の前に繋がっているそう。
「これで帰れるわ」
明子は全く嬉しくない声をあげる。
「さようなら。クリームソーダっていうの美味しかった。夢みたいだった。一応、みんなに日本が負ける事を言ってみるね」
そう言い残し、明子は元の時代に戻っていった。
一人残された私は、芋臭い明子の別れが寂しかった。
その後、日本の歴史は何も変わっていなかった。やはり明子一人の影響力では、歴史は変えられなかったようだ。
地元の歴史も調べてみた。この土地は終戦の夏にも空襲があり、多くの人が亡くなったようだ。市役所には特別展示もあり、犠牲者の名簿も飾られていた。「山田明子」。その名前もあった。
あの明子かはわからない。同姓同名かもしれない。明子は今生きていても不自然ではないが、探すのは難しいだろう。結婚していたら、苗字が変わってるかもしれないし。そう、そう思う事にしよう。もしかしたら、またタイムスリップして生き延びている可能性だってある。あれ以来、雑木林で扉も何も見ていないが。
こんな事があったから、戦前や戦中の歴史なんかを調べる。もっと歴史の知識があったら明子を助けられていたかもしれないと思うと、悔しい。地元で大きな空襲があった事なども全く知らなかった。教科書に載っていない事も勉強したくなった。むしろ教科書の歴史なんてダイジェスト版だと気づくと、勉強も捗りそうだ。
歴史を調べていると、なんだか、疫病の自粛もバカらしくなってきた。スペイン風邪もアスピリン薬害が大きな死因になったらしく、ミイラ取りがミイラになったみたい。この自粛とウィルスの戦いのようなものも負ける未来が見える。
未来はまだわからない。自粛やマスクで疫病を根絶できる可能性もある。限りなくその可能性は低いし、どうしても竹槍訓練を連想してしまうが。
とりあえず、未来については心配せず、クリームソーダでも飲みに行こうか。駅前にクリームソーダが美味しいカフェが出来たらい。
明子の顔を思い浮かべながらクリームソーダを飲む。なんだか夢のように甘かった。
ご覧頂きありがとうございます。とりあえずこの辺りで終了です。ノベルバのコンテスト用作品のまとめ・転載です。作者的には「闇市のシチュー」と「真夏のレモネード」が気に入ってます。
新作は平成スイーツの連作短編集などを書こうかなと思います。秋の歴史用に書いてるのですが、現在、作成中です。9月か10月には連載できればと思います。




