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ひと夏の思い出〜とっても美味しい夏でした〜  作者: 地野千塩


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20/22

闇市のシチュー

 お盆中、じいちゃん家に行く事になってしまった。毎年両親と一緒にじいちゃん家に帰っていたが、今年は色々と事情があり、一人でじいちゃん家に行く事になった。


 田舎で無人野菜販売所があったり、熊がいる噂がある場所だ。麹衣村といい、山々に囲まれ、畑や田んぼがある土地だが、女子高生がわざわざ行きたい場所でもない。それでも墓参りなんかも一応しなくちゃいけないし、なぜか日本人はご先祖様が大好きなので行く事になった。


 駅に降りると自分と同じぐらいの女子高生二人組とすれ違った。こんな田舎でも若者いるのか驚く。


 駅から川沿いの道を歩き、じいちゃんの家についた。周りは野菜畑。無人販売所もあるが、よく泥棒が出ないもんだと思う。


「美波、いらっしゃい」


 久々に会うじいちゃんは、異様に元気そうだった。背筋も伸び、タンクトップにハーフパンツ姿。首にはタオルを巻いていた。なんでもご近所にハイパー元気なご婦人も多いらしく、刺激を受けて身体を鍛えているという。相変わらず農作業も続けているらしく、私はただ驚くばかり。80過ぎにはとても見えない。


 木造の二階建ての住居は、異様に広かった。畳の部屋というのも珍しくて落ち着かない。


 私は居心地悪さを抱えつつも縁側に行き、庭にある池や梅の木なんかを眺めていた。縁側には風鈴も飾ってあり、チリンチリンと良い音がする。蝉の鳴き声もうるさいが、風鈴の音も負けていなかった。


 この土地は熱いが、私が住んでいる都会よりは涼しい印象だった。


「美波よ、夕飯は何がいいかい」


 じいちゃんは三角形に切ったスイカを縁側に持ってきた。


「ありがとう、えー?スイカに塩つけるんだ」


 じいちゃんは縁側に座ると、スイカに塩をつけて食べ始めた。こんな食べ方は見た事がなく驚く。


 スイカは真っ赤に熟れ、ジュレのように甘くて美味しかったが、塩をつける勇気はない。


 私とじいちゃには共通の話題も少なく、沈黙が落ちていた。


 こんな時こそ食べ物の話題だ。両親には野球と政治と宗教の話題は避けるように言われていたが、食べ物の話題だったら大丈夫だろうと思う。


「じいちゃんは好きな食べ物って何?」

「そうだな。ステーキも寿司もピザも好きだ」


 じいちゃんは皺くちゃな顔をさらにクシャクシャにして笑っていた。ふかし芋とかナスのおひたしとかが好きかと思ったら違った。年寄りが地味な和食が好きというのも偏見かもしれない。


「私は、アイスが好きだな。あとグラタン」

「そうか、それはいいや」

「うん、でもピーマン、鰻、プチトマト、メロン、塩揉み野菜、卵かけご飯は苦手だな」

「ふーん」


 うん?


 ちょっと爺ちゃんの表情が気強張る。この話題にどこに地雷要素があるのかは謎だったが。


「じいちゃんは、嫌いなものないの?」

「ないね」

「えー?」


 信じられない。


「戦中、戦後のものが無い時代も生きぬいたからな。食べものの大切さは、よく知っている」


 なぜか話題はじいちゃんの戦後の思い出になっていく。


 当時子供だったじいちゃんは、とにかく生きるのに必死だった。戦後の闇市で売られていた残飯シチューも、ご馳走のように感じたという。


「え、残飯シチューって何?」

「進駐軍のゴミで作ったシチューだよ。闇市で十円ぐらいで売ってた。時々、虫やタバコのゴミなんかも入ってたけど、当時は美味かったんだよ。もう空襲に怯えなくていいっていう開放感も嬉しくてさ」


 そんなものなのか。ゴミや虫入りのシチューが美味しいなんて想像できない。ただ、そう語るじいちゃんの目はいつになくキラキラしていた。


「ちょっと食べてみたい。今夜の夕飯は残飯シチュー作ってみようかな」

「よせ、よせ」


 そうは言っても気になる。私はネットで残飯シチューを調べて作ってみる事にした。具はゴミ野菜やチーズ、コンビーフんなど。じいちゃん家の冷凍庫の中には、クズ野菜もあり、再現できそうだった。味付けはコンソメにしてみた。まあ、ゴミや虫を入れるわけにはいかないが、そこそこ再現できた気がする。


「うーん」


 じいちゃんの表情は微妙だった。


「美味しくない?」

「不味くはないよ。でも、あの頃の闇市の味はしない。俺も贅沢になっちまったなぁ」

「そっか。空腹は最高のスパイスっていうもんね」

「ああ。それに、今は安堵感も開放感もねぇ」


 確かに平和過ぎる今は、飽食状態だ。確かに美味しいものも多いが、じいちゃんが好きだった残飯シチューの味は、絶対に再現できない事を悟ってしまった。


 飽食の今、再現した残飯シチューをすする。まあ、確かに美味しくはない。むしろ不味い。これが美味しい時代ってどうだったんだろう。想像すると、なんだか微妙な気持ちにもなってきた。一つ言える事は、今はとても恵まれた時代という事だ。


「ま、こんな残飯シチューが二度と食べられないようにな」

「そうだね、じいちゃん」


 じいちゃんの表情は、少しだけ切なげだった。ちょっとだけ闇市の残飯シチューも食べたくなったが、今のままでいい。


 二度と戦争なんて無い事を願いつつ、再びこのシチューをすすった。

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