あいすくりんの思い出
世間では、文明開花と騒がれていたが、江子は全く無縁な生活を送っていた。
まだ若い女だが、生まれつき身体が弱い。家で大人しく寝床の上にいる事が多かった。世間の流れとはすっかり取り残されている女だった。
「あつい……」
特に夏は、余計に具合が悪くなった。食欲も落ち、身体が重い。医者の薬も服用していたが、全く働けず、薬代だけかかっている事も申し訳なかった。この時代は親が結婚を決めるのが一般的だったが、江子の健康問題があり、嫁ぎ先も絶望的といったところだった。
そんな夏の日。
今日は特に気温が暑く、布団の上でぐったりしていた。
「江子お嬢様、聡さんがいらっしゃいましたよ」
そこに女中のミツがやってきた。近所の幼馴染、聡が来たという。
聡は変わった男だ。医者を志し、大学に入るため勉強中らしいが、異国の文化にかぶれ、洋装姿の時が多い。近所の耶蘇教の教会にも入り浸り、外国人宣教師から異国の事も聞いているようで、近所からも変わり者扱いだった。何より病弱で引きこもっている江子のところにも遊びにちょくちょく来る。意味がわからないが、時々勉強も教えてくれたりするので、追い返せなかった。
「また聡さん?」
「ええ。なんか今日は素敵なお土産があるそうですよ。私もお皿を用意させられたんですから」
女中のミツはニヤっと笑い、部屋から出て行った。入れ替わるように聡が部屋に帰ってきた。白いシャツにズボンという洋装姿だった。日に焼け、いかにも健康そうだ。こうして聡の姿を見ていると取り残されているような気分にもなった。
「江子、見舞いに来たぞ」
「お見舞い?」
「すっごい良いもんだ」
聡はそう言いながら、江子の枕元に座り、何か皿を差し出す。
「何これ?」
皿は乳白色の丸い何かがある。甘い臭いもする。見た事もない食べ物だったが。
「あいすくりんだよ」
「あいすくりん?」
「いいから食べてみ?」
理は匙ですくい、江子の口元を持っていく。さすがに子供扱いされていると気づき、匙をとって自分で食べた。
「お、美味しい」
それは冷たく、甘かった。まるでフワフワな雪を食べているみたいだ。舌の上であっという間に溶けていくのに、甘さはいつまでも残る。こんな美味しいものは食べた事がない。やみつきになりそうだった。
「これはあいすくりんだ。ただ、普通に買うと高いから、筒やタルを工夫して自分で作ったんだ。作り方は宣教師の先生に聞いたが」
なぜか聡は顔を真っ赤にして、こめかみを掻いていた。
「あ、ありがとう」
「どうって事ないさ」
さらに聡は、顔を赤くしていた。江子もなぜか顔があつい。これは夏のせいでは無い気がした。
あいすくりんのお陰かはわからない。
ただ、これを「もっと食べたい!」と思うと元気にならなきゃとせき立てられた。病は気からかなのか、実際元気になった。同時に両親が話をまとめ、聡との結婚も決まった。
なぜ聡との結婚が決まったかもよくわからないが。江子に不満はなく、幸せな結婚だった。
「あなた、あのあいすくりんを作って」
江子は甘えるように夫に言う。
結婚して何年たっても、あの夏に食べたあいすくりんの味が忘れられなかった。
「ああ、わかった。最高に美味しいあいすくりんを作ってやる」
夫婦二人で食べたあいすくりんは、夢のように甘かった。