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ひと夏の思い出〜とっても美味しい夏でした〜  作者: 地野千塩


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18/22

真夏のレモネード

 夫と喧嘩した。


 元々モラハラ傾向はあったが、今日は特に面倒だった。


 元々夫自身も毒親に育てられた子ではあったが、いかに自分が親に恵まれなかってのか、いかに家族のために働いているのを遠回し言ってきた。遠回しだが、だからこそ私に罪悪感を植えつける巧妙なやり方だ。酷い場合は第三者を巻き込み、悲劇のヒーローを演じ、私が悪者に仕立てられる事もあった。


 私も言われっぱなしという訳にいかない。言い返していたら、大喧嘩に発展し、取り返しのつかない所まで来てしまった。


 反射的に財布とスマートフォンだけ持ち、家を飛び出す。


 外は真夏で炎天下だったが、とにかく家にいたくなかった。もわっとした熱風に滝汗をかきながら、近所の公園に向かう。


 お盆だったので公園は賑わっていた。フードトラックや屋台も出ていたが、私の気持ちは和らがない。むしろ、夫の巧妙な心理操作を思い出し、嫌な気分しかない。


 とりあえず、日陰にあるベンチに座り、少し休憩するが、汗は流れてくる。


「はぁ」


 ため息も溢れる。


 夫は外面だけはよく、友達も大勢いた。店員や車椅子を乗った人にも優しかったが、家ではこのザマ。外面が良かっただけだ。結婚前は優しい人だと思っていたが、見る目がなかったのかもしれない。


 そう思うと死にたくなる。周囲が結婚してるから焦って婚活したのが、間違いの始まりだったのかもしれない。


「おばさん、大丈夫?」


 おばさん?


 ちょっとカチンとしたが、声をかけた子供からしたら私もおばさんだろう。たぶん、十歳ぐらいの少年だ。


 目尻と顎に黒子がある。自分も同じ場所に黒子があり、妙に親近感を持つ。どこかで見た事あるような顔の少年だったが、よく思い出せない。


「おばさん、これ、レモネード。あげるよ」

「え、いいの?」

「うん」


 なぜか子供は、カップに入ったレモネードをくれた。黄色い液体は太陽の光にキラキラと光っていた。カップは触ると冷たく、急に頭が冷静になってきた。


「ありがとう」


 なぜか子供がレモネード?


 不思議に思ったが、レモネードは美味しい。少し塩も入っているようで、飲んでいると生き返る。


 子供はなぜか私の隣に座り、妙な事を話しはじめた。


「おばさんは、子供は天国から親を選んで生まれてくるって信じる?」


 急にスピリチュアルな話題になった。私には子供はいないが、不妊治療をやっている友達は、この物語が嫌いだと言っていた。この物語が本当だとしたら、自分は選ばれてないと思い、悲しいんだそうだ。確かにその気持ちはわかる。自分も選ばれない側?


「それは嘘だよ。本当はね、神様があの親のところに行けって言うんだ」

「へえ、神様?」


 よくわからない話題だが、子供が親を選ぶ物語よりは納得できる。


「うん。実は子供より親は弱いからね。神様があの親を助けるために、あの親の子供になりなさいって言うんだ」

「そ、そうなんだ」

「うん。本当は強い人には子供はいらないかもね。まあ、そんな強い人ばっかじゃないけど」


 子供の話はよくわからないが、聞いていると、頭はどんどん冷えてくる。


 レモネードの甘み、酸っぱさ、少々の塩っぱさが身に染みる。子供の言う空想話でも聞いていると、夫のことも忘れてきた。


「おばさん、死なないでね」


 子供は、まるで今の私の気持ちを見透かしたような事を言い、去っていった。


「何、あの子……」


 全くわからないが、とりあえず死ぬのはやめようと思った。なぜかわからないが、あんなモラハラ夫の為に死ぬのは悔しい気持ちも芽生え初めていた。


 その後、夫と離婚が成立した。偶然、知り合ったレモネード屋の男性と再婚し、子供が生まれた。私の年齢では奇跡的な自然妊娠だったが、五体満足で産まれた。


 子供は男の子だった。


 目尻と顎に黒子がある男の子だった。いつかレモネードをくれた子供とそっくりだったが、これは単なる偶然だろうか。


 わからないが、あの時、死なずに生きて良かったと思う。


 今年もまた、夏がやってきた。


 親子三人で流し素麺を楽しむ。あの時死んでいたら、この素麺も楽しめなかった事は確かだろう。

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