大人なマサグラン
失恋した。
八月、夏休み中の登校日、羽瀬先生が秋に結婚する事をする事を報告していた。
ずっと片想いしていた数学の先生だが、私は相手にされてなかったようだ。これでも匂わせてはいたが。もっとも大の大人が女子高生に手を出したら、大問題だ。自分でも生徒に手を出すような教師は最低だと思う。これで良かったのだ。
スッキリとはしない失恋の痛みを抱えながら、掃除を終わらせ、登校日の一日は終わった。
校門から最寄りの駅までトボトボと歩く。夏の日差しは強く、汗がダラダラと流れていた。
「あれ?」
ちょうどそこにカフェがあるのに気づいた。
カフェ・浪漫。その名前通り、大正浪漫のような外観のカフェだった。窓はステンドグラス、壁はシックな小豆色でオシャレな店だ。確か羽瀬先生もこの店をおすすめしていた。
ちょっと迷ったが、このカフェに寄ってみる事にした。汗だくだったし、オシャレな店も気になる。登校日とはいえ、夏休み中なので気が抜けていた。ミルクも砂糖も入れないコーヒーはちょっと苦手だが、背伸びしてそんな大人っぽい飲み物も飲みたくなった。
店に入ると、冷房がよく効いていて生き返るお思いだ。ただ、店の中もシックでレトロな雰囲気だった。客もダンディなおじさまばかりで、落ち着いたクラシック賀流れている。
ちょっと場違いだ。ここに制服姿の女子高生はマッチしていない。むしろ、マックやケンタッキーなどのファストフードの方がピッタリだ。
それでも一度入ったからには、何か飲みたい。カウンター席に座り、メニューをいただく。しかし、コーヒー豆の種類も豊富でわけわからん。値段はワンコインとかで払えない事はないが、女子高生にとっては高い。
自分は子供だと思った。大人な羽瀬先生には、釣り合わなかった。失恋以上にその事実に潰されそうだった。
「お客様。お客様には、マサグランがおすすめです」
「え?」
苦い思いを抱えていると、店長から声をかけられた。カウンターの内側にいて他の客にそう呼ばれていた。グレイヘアでどこからどう見てもダンディ。上品すぎる雰囲気で、羽瀬先生が子供に見えるほど落ち着いていた。
「マサグランってなんですか?」
「レモネード入りのコーヒーです。元々はポルトガルのコーヒーで、お酒を入れて飲むことも」
お酒?
なんだか大人っぽいコーヒーではないか。さっそくマサグランを注文した。
しばらくたって目に前にマサグランのグラスが置かれる。
普通のアイスコーヒーとはちょっと違う。氷が入っているのは同じだが、レモンの輪切りが浮いていた。お陰で見た目は爽やか。ちょっとカクテルっぽい。大人な飲み物かもしれない。
一口飲む。
レモネードを飲んでいるようなコーヒーだった。そしてちょっと甘い。爽やかな甘さだ。すっかりこの味が気に入ってしまった。ブラックコーヒーが苦手な女子高生でもゴクゴク飲めた。
「お客様、夜ではお酒入りのマサグランが飲めます。大人になったら是非」
マサグランを楽しんで飲んでいると、店長にそう言われた。
そうか、もっと大人なマサグランがあるのか。そんなマサグランを想像すると、失恋の痛みは和らいでいた。
大人になって羽瀬先生よりもっと良い男と恋したいかも。一緒に大人なマサグランを飲んで、朝まで語り合ったりして。
そんな想像をすると、過ぎ去った恋はどうでも良い。なんだか大人になるのも楽しみになってきた。




