アヒルの子だった王女様
「わたしはみにくいアヒルの子……」
事実を知った衝撃で、王女さまは床に崩れ落ちました。
温暖な島国にある鳥族の王国は、ものすごく豊かというわけではありませんが平和で、皆は楽しく暮らしていました。
お城には国王さまと王妃さま、そして十一人の美しい王子さまと、愛らしい末っ子の王女さまがいます。
王女さまが物心ついたとき、お兄さまたちは皆、美しい白鳥の姿をしていました。
もちろん、国王さまと王妃さまも白鳥です。
だから王女さまは、黄色い雛だった自分が、皆とは違うことに気付きませんでした。
やがて、成長した王女さまの羽は白く美しくなりました。
けれども、どうにも白鳥には見えません。
丸っこくて、寸足らずで、白鳥とは比べ物にならないのです。
「わたしはみにくいアヒルの子……」
くずおれた王女のもとに、兄王子たちが駆けつけます。
「お前がみにくいわけがない!」
「こんなに可愛らしい姫はどこにもいないよ!」
「ああ、僕たちの大事な大事な妹姫」
王子さまたちは真心のこもった眼差しで、真剣に王女さまを慰めました。
「お兄さま……」
血は繋がっていなくても、この愛情は本物です。
王女さまは、嬉しくて涙を流しました。
そこへ、国王さまと王妃さまがやってきました。
「姫よ、今まで黙っていて済まなかった。
私たちは白鳥だが、お前はアヒルだ。
卵から孵ってすぐ、養女としてもらい受けたのだ」
「姫、たとえ、わたくしが産んでいなくても、あなたはわたくしたちの子。
わたくしたちの家族です。
どうか、それだけは信じて」
「お父さま、お母さま、姿が違うことで取り乱してしまい申し訳ございません。
皆さまの愛情を疑うことなどありませんわ」
家族は皆、ほっとしました。
「よい機会だ。もう一つ、話さねばならないことがあるのだ」
「お父さま、なんでございましょう?」
国王さまは真面目なお顔で話し始めました。
「我が王国には、遠い遠い北にも領土があることは知っているな?」
「はい」
鳥の王国は、温暖なこの地と、寒さの厳しい北の地、二か所に領土を持っていました。
渡りをする鳥族は、夏の間は涼しい北の地のほうが過ごしやすいのです。
それで今までは、国王夫妻と十一人の王子が交代で北の地に出かけていました。
「しかし、このところ温暖化で夏の暑さが厳しくなっている。
こちらに残った渡りの鳥族は皆、バテ気味なのだ」
そう言えば、夏の間は皆、どことなく元気がないことを、王女さまは思い出しました。
「というわけで、こちらの国にはお前を女王として立てたいと思う。
お前は幼い時から真面目に学んできた。
安心して国を任せられる。
どうか、女王となってもらえないだろうか?」
突然のことで王女さまは驚きます。
「お父さま、わたし一人ではとても無理です」
「私がお助けいたします」
その時、宰相の息子が進み出ました。
「いつでもあなたのお側に控え、どんな相談にも応えましょう」
そう言って、恭しく王女の手を取ります。
「まあ、本当に?」
「北の大星に誓って」
「よろしくお願いするわ」
アヒルの王女は頬をバラ色に染めました。
宰相一家はアヒル族です。
凛々しくきびきびと宰相を手伝う彼を見るたび、王女はときめいていました。
アヒルは、白鳥と比べたら優美さでは劣ります。
でも、王女はアヒルの姿が好きでした。
自分がアヒルだと知った時は取り乱して『みにくい』などと言ってしまったのですが、少しも本心ではなかったのです。
ちょっと寸足らずで可愛いし、ちょっとずんぐりめなのも可愛いのです。
いえ、王女さまはアヒル族全部が可愛いと思ったわけではありません。
宰相の息子である彼だけが特別素敵に見えたのです。
白鳥族とアヒル族では結婚できないと一度は諦めた恋。
そっと胸に秘めた思いが報われる時が来たのです。
「どうやら、王配も心配ないようだ」
国王さまと王妃さまが微笑みを交わします。
けれど、妹が可愛くて仕方ない王子さまたちは少し複雑な顔をしました。
それから、急ピッチで女王教育が行われ、次の春。
北へ渡る鳥族を見送る季節になりました。
「お父さま、お母さま、お兄さまたち、お気をつけて。
ご無事のお帰りをお待ちしております」
「ああ、お前も身体を大事にな。
では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
この地に残る鳥族たちの見送りの中、白鳥の王族を先頭に、渡りの旅が始まります。
妹が大好きな兄たちも、名残惜しいのを振り切って旅立ちました。
妹女王の幸せなさまを、たっぷり見せつけられた兄たちは北の地で、それぞれに自分の恋を見つけることでしょう。
もしかすると帰りの旅路は、家族が増えて更に賑やかになっているかもしれません。