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財布と命  作者: 福田健悟
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理由

勇紀が別れ際にまた来てくださいと言ったのは、自分に対する好意からくるものだと敬は受け取っていた。それから何度もコンビニへ通うようになって、回数を重ねるにつれ冗談も言い合うようになる。


キッカケになったのは、米粒を背中につけているところを見られたことだった。もちろん故意的につけていたわけではない。


口に運んでいたはずの米がどういう経緯で背中に回ったのかは誰にもわからない。出会った当初なら受け流していたであろう光景を目にして勇紀は爆笑した。


「何でそんなとこに米つけてるんですか!やっぱり杉本さん変わってるよ!今だから言うけど家に財布を届けに来た時、だいぶ変わった人が来たと思いましたよ」


「そんなこと言ったら近藤くんだって、財布を拾ってくれた人にする顔じゃない顔してたよ」


タバコの煙が混ざり合うかのように、2人の間から少しずつ垣根はなくなっていた。ここから2人の関係性は最終段階に突入する。


社会人になってからの数年間で触れ合ってきた人たちは年上か年下がほとんどで、同年代と打ち解けたのはこれが初めてだった。


小学生の時に流行っていたゲームの話や、中高生の時に聴いていた音楽の話で大盛り上がり。特に勇紀はゲームが大好きで、知る人ぞ知るスーパーファミコンのファイナルファンタジーが家にあると言う。


奥さんと娘と息子がいる家庭にお邪魔するのは気が引けたが、昼間なら子供たちも幼稚園に行っていて奥さんも仕事に行っていると聞いて、家に行くことを決意した。


「うわぁ〜、難しいなぁ。やっぱ20年振りにやっても上手くいかないもんだね」


「そうだねぇ。他のゲームもやってみる?これ懐かしくない?犯人を捕まえたあと逃げられないように、交番まで連れて行くのが難しいんだよね。あ、そういえばずっと聞きたかったんだけどさ。何で俺の財布を拾った時に交番じゃなくて家に届けたの?なんか理由があるなら知りたいな」


「あぁ〜理由は一応あるんだけど信じてもらえるかなぁ。実はさ…」


杉本敬。7歳。友達と一緒に3人で下校している時に、上級生の不良グループに絡まれた。相手は6年生。他の2人が投げ飛ばされるのを黙って見ているしかない状況。


相手の1人が近づいてきて凄みはじめる。ランドセルの紐を引っ張られてブチッとちぎれる音が鳴った。全力で掴んで離さないようにしていると、容赦なく左右に振り回されて肩が外れそうになった。


そこに1人の上級生が通りがかる。その男は登場するやいなや、目にも止まらぬ早さで4人の上級生をなぎ倒した。男の名前は川口恭平。


去り行く背中を横目に、倒れていた友達が起き上がって教えてくれた。今年の春に沖縄から東京へ来た3年生で、早くも学校中の人気を欲しいままにしていると言う。疑いの余地はない。


散らばった教科書やノートを拾い集めて、渡してくれた時の笑顔はアイドルのようだった。まるで別次元にいるような存在で、何とか近づきたいと願うだけでも恐縮してしまう。


そのフラストレーションを少しでも埋めるために、没頭したのがヒーロードラマ。グッズやフィギュアを買ってもらったり、雅志に協力をしてもらってヒーローごっこに精を出す。恭平は敬のヒーローだった。


噂話でしか動向を知ることはできないが、頻繁に更新されていく逸話は聞いていて飽きがこない。3年生になって5年生の恭平が、ひったくり犯を捕まえたと聞いた時は衝撃的だった。


警察から感謝状をもらったというニュースが流れて、他校にまで名前が轟いている事実は誇らしかった。下校時間になると、端正な顔立ちの恭平を見るために女子が校門に集まるのは珍しいことじゃない。


この時期を境に、興味の対象はヒーロードラマから刑事ドラマに変わっていく。1年後に4年生になるまでは、時の流れが早く進むことを祈る毎日だった。


クラブ活動は4年生になってからじゃないと始まらない。恭平の入っていたボールクラブは一瞬で定員オーバー。ジャンケンに勝って加入が決定した瞬間は、天にも昇る気持ちだった。


「あの時に助けてもらった者です」


この言葉を皮切りに、学校が終わってから遊ぶメンバーに混ぜてもらえるようになる。ほとんどが上級生で、常に10人以上の仲間たちが恭平を囲んでいた。


あれは6年生の卒業が迫り始めた冬休みでのこと。町全体を使った隠れんぼをして遊んでいた時の話。普段なら門限は17時だったが、1月も中盤にさしかかっていて暗くなる前に帰ってくるように言われていた。


遊びに夢中で気づけば17時のチャイムが鳴り響く。そろそろ帰ろうと隠れていた場所から出ようとした時に事件は起きた。

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