俺が剣を捧げたのはあなたではないので
聖女専属騎士隊
国の結界の維持や教会に所属する治癒師達の統括をしている聖女の護衛が主な任務の部隊である。
結界の維持のために移動する際の護衛や、式典などで聖女が表に出てくる際の警備、聖女自らが治癒しなければ行けないレベルの病気や怪我を治癒するために訪問するときの護衛などをしている。
国にとって重要な存在でもある聖女を護衛する騎士団であるがゆえに実力はかなり高く、そして護衛として表に出ることもあるからか、それなりに見た目がいい人物が採用されている。
そんな騎士団だからこそ聖女に関する噂話には敏感だ。
「なあ、聞いたか?聖女様の噂」
「ああ、なんか今の聖女様は偽物で第一王子が本物の聖女を見つけたとかいうやつだろ?」
「そうそう。もし万が一聖女様が変わったら俺たちどうなるのかね」
「新しい聖女様に仕えることになるんじゃないか?」
「やっぱりそうなるのかな。それもなんかヤダなー」
「だなー」
王太子が本物の聖女を発見した。そんな噂がまことしやかに囁かれ始めたのは第一王子が学園に入学してから数ヶ月ほど経過したあたりだ。
聖女は代々王族と婚姻を結ぶ。それは聖女を他国へと逃さないためのものであり、それと同時に王族へと入らせることで聖女を軽視させないためのことでもあった。
それは今代の聖女も同様であり、彼女の婚約者はこの国の第一王子だ。
しかし、その第一王子の評判はあまりよろしくない。
公務はまともにせずに遊び歩き、自らが王族であることをひけらかして威張り散らす。珍しくたまに公務をしたとしても殆どが雑にやられており、むしろその後始末で仕事が増えるという始末。
王と王妃もなんとか全うにさせようと教育していたが、それらを無碍にしており、仕方なく王妃は聖女に公務の代用をしてもらっていた。
本来の聖女の仕事に加え、王族として第一王子に回されるはずの仕事もこなしている聖女は多忙であり、その結果、婚約者である第一王子と会う時間も作れずにいた。そしてたまに会う時間が取れたとしても、その約束を第一王子が守るわけもなく、結果的に二人はかなり疎遠となってしまっている。
それだけの不義理をしているが故に婚約解消も一度話に上がったが、王族との婚約を解消するわけにも行かない。第二王子がいるが、彼にはすでに婚約者がおり、そちらを解消させて聖女と婚約させることもできないので、未だに婚約は続いたままとなっている。
そんな自分の代わりに仕事をこなす聖女を第一王子は疎んじており、顔を合わせるといつも彼女を罵倒したりしている。
それが普通となっているからか、聖女は同学年の令息令嬢からは軽んじられ始められ、第一王子の婚約者に成り代わろうとすり寄る令嬢たちも少なくない。
何度か『自分が本当の聖女だ』といって第一王子にすり寄った令嬢たちもいたが、いずれも治癒も結界を展開することもできずに、すぐに偽物だとわかった。
今回もそのたぐいのものだろうが、しかし第一王子がそう告げたということは、最低限聖女としての責務を行えるレベルの人物を見つけたということかもしれない。
「隊長!」
そんなことを考えながら書類を片付けていると、副隊長が書類を持って声をかけてきた。
「こちら、これからの聖女様のスケジュールです。それと・・・」
差し出された書類を受け取り目を通していると、副隊長がどこか不安げな表情をしていた。
「何かあったのか?」
「・・・はい、ここではなんですので・・・」
「わかった」
席を立ち、隣の応接間へと向かう。応接間は聖女への客人や、護衛隊と警備の件で話をしたりするときに使われる。そして今回のように他の隊員に聞かれたくない話などをするときにもここを利用することがある。
「それで、何があったんだ?」
「隊長は今流れている聖女様に関する噂をご存知でしょうか」
「第一王子が本当の聖女を見つけたという奴か?」
「はい。どうも今の聖女様との婚約を破棄し、その見つけた人を聖女として自らの婚約者に据えようと企んでいるようで」
副隊長の言葉に隊長がため息をついた。
「そんなこと陛下が許すはずもないだろう」
「はい、ですが一応隊長にお伝えしておこうかと。もしかしたら陛下達の許可を得ずに勝手に行動を起こす可能性もありますので・・・」
「・・・確かに。副隊長、隠密が得意な奴を何人か聖女様につけろ。第一王子が何をするかわからない以上、万が一に備えておけ」
「はっ!!」
副隊長が敬礼をしてから応接間をあとにした。隊長は深い溜め息と共に背もたれに体を預ける。
「陛下にお伝えするべきだろうか・・・」
第一王子がいかに愚鈍であっても王族である以上、進言できる人物は限られている。第一王子の婚約者である聖女を護衛する騎士隊の隊長とはいえ、そこまでの権限は持ち合わせていない。事を起こすのがそこらの貴族や暴漢であればいくらでも手を打てるが、王族とあっては何もできない。
「とりあえず何があってもいいように聖女様をしっかりお守りしなければ」
何が起こるかわからない。だからこそ覚悟だけはしっかりしておこうと改めて思うのであった。
そんな話があった数日後。聖女は一人、第一王子に呼び出されて執務室へと訪れていた。
「お呼びでしょうか、殿下」
「ふん、俺を待たせるとは随分と偉くなったな」
執務室の中にある第一王子用の執務机の椅子に座っている金髪金眼の見た目は良い青年が不機嫌そうにつぶやく。王族らしいきらびやかな衣装を来ている第一王子の後ろには真っ赤なドレスを着た淡い茶髪の令嬢が佇んでいた。おそらく彼女が今噂になっている本当の聖女とやらだろう。しかし、意外なことに室内には第一王子と本当の聖女と言われている令嬢二人しかいない。
本来ならば第一王子の側近となる高位令息達がいるのだが、彼らの姿も見えなかった。
「他の皆さんはどちらに?」
「ふん、アイツラは俺がやることにいちいち文句ばかり言ってきたからな。邪魔だから追い出した」
「そうですか」
おそらくこれから第一王子がやろうとしていることを必死に止めたのだろう。まあ、それで止まるくらいなら最初からやらないとは思うが、こんな人の側近になってしまった高位令息たちに哀れみを覚えてしまう。
「さて、貴様を呼び出したのは他でもない。真の聖女が見つかったからだ。だから貴様はもう用済みだ、聖女の任を解き、貴様とは婚約破棄をさせてもらう!」
解消ではなく破棄だという部分に引っかかりはあるがあえてスルーしておこう。それよりもまず確認すべきことがあるからだ。
「そうですか。陛下はこのことは?」
「父上はまだ知らない。しかし、彼女の実力を知れば必ず認めてくれるはずだ」
「そうですか」
国王陛下が何も知らないということはないだろう。その上でここまでの暴挙を放置しているということはそれ相応の考えがあるということだろう。本当にあそこにいる令嬢がそれ相応の力を持っているのならば自由になれるし、そうじゃないとしても今までの忙しさから解放されることだろう。それにここまでのことをした人物との婚約を今後続けられないし、続けたくもない。これからはあんな罵倒ばかりしてくる人との婚約を続けなくても済むと思うとむしろありがたく思えてしまう。
「聖女解任と婚約破棄、承りました」
「随分とすんなり受け入れるのだな。惨めにすがりつくものかと思ったが」
「殿下が私を嫌っておられるのはわかっておりましたから。それでも婚約者でいたのは周囲の方々の願いから。それがなくなったのであればこれ以上固執するつもりはありませんので」
「ふん、最後までいけ好かないやつだ。まあいい、わかったならさっさと出ていくことだな、ここはお前がいていい場所ではない」
「はい。失礼いたします」
きっちりとしたカーテシーで頭を下げ、第一王子に背を向けてドアノブに手をかけた瞬間。
「ああ、一つ言い忘れていた」
第一王子のどこか挑発めいた声色の言葉がかけられる。
「貴様に従っていた聖女専属騎士隊だが、そのまま我が愛しの聖女に引き継がれることになるからな」
わずかに顔だけ向けてみれば、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら聖女を見据えていた。
「・・・そうですか。少なくとも私には彼らをどうにかする権利も意思もございません。彼らのことは彼らで決めるでしょう」
そう言って今度こそ執務室をあとにした。
聖女専属騎士隊 隊長執務室
隊長がいつもどおり書類を片付けていると、コンコンと扉がノックされた。
「入れ」
返事をすると扉が開き、副隊長がどこか不安げな表情で入ってきた。
「どうした?」
「隊長、第一王子がお呼びです。執務室まで来るように、と・・・」
「第一王子が?」
隊長になってからそれなりに経過しているが、今まで一度も第一王子から呼び出されたことはない。だというのになんで今更・・・?
「それと・・・」
副隊長がなにか言いにくそうに口ごもっていた。
「どうした?」
「・・・実は、第一王子から伝言を受け取ったときなんですが、見慣れない令嬢を伴っておりまして・・・」
「・・・はぁ・・・そういうことか・・・」
副隊長の報告で呼び出された内容がだいたい察しがついた。隊長は執務机の中から2つの封筒を取り出して副隊長へと差し出した。
「隊長、これは?」
「一つ、黒い封筒は陛下へと渡してくれ。そしてもう一つ、白い封筒はお前たちにだ。今後のことについてだ」
「今後のこと・・・ですか?」
「ああ。詳しくは中に書かれている。他の隊員たちとどうするか決めてくれ」
「隊長、それって・・・」
戸惑うような副隊長に対し、苦笑を浮かべながら肩を叩いてそのまま第一王子の執務室へと向かった。
執務室にたどり着いたのでノックをしてから名乗って入室許可をもらう。室内からは入れと不躾な声が聞こえてきたので、挨拶と共に入室した。
「お呼びでしょうか」
「うむ、本日より聖女が変わった。隣にいる彼女がこれから新しい聖女となっているので、貴様はこれから彼女をしっかり護衛するように」
第一王子が傲慢な表情で隊長へと命令し、隊長はそれに対して・・・。
「お断りいたします」
きっぱりと拒否した。
「・・・なんだと?もう一度言ってみろ」
「お断りいたします。そう申したのです」
「貴様!聖女専属騎士隊隊長としての責務を放棄するというのか!」
隊長が断るとは思っていなかったのだろう。激昂した王子が立ち上がり怒鳴り散らしてくる。
「そう思っていただいて構いません。前聖女様が聖女職を辞したのならば、私も隊長職を辞させていただきますので」
「なんだと?」
「私が剣を捧げ、忠誠を誓ったのは前聖女様です。聖女であれば誰でもいいというわけではございません」
隊長の言葉に第一王子は苛ついているのか険しい表情をしており、令嬢はショックを受けたような表情をしている。
「それでは、ご要件は以上のようなので私は失礼いたします。これから荷造りしないといけませんので」
「あ、おい!」
呼び止めようと声をかけてくる第一王子を無視して隊長は執務室をあとにした。
隊長は自室へと戻って荷造りを始めた。といっても、そこまでまとめるべき荷物は無い。
先程第一王子にいったように隊長職を辞してこの城をあとにした前聖女を追うため、旅支度をしなければいけないのだが、そうなることはもともと予測できていたので、すでにあらかた旅支度をしておいたのだ。
騎士として与えられた鎧は脱いで片付け、前聖女へと捧げた剣を腰にさす。そして保存食や簡易な着替え、野宿のために必要な道具などを入れてある袋を肩から下げ、忘れ物などが無いことを確認してから部屋を出た。
廊下に出た途端、部屋の前には副隊長が複雑そうな表情を浮かべて立っていた。
「隊長・・・」
「俺はもう隊長じゃないよ。さっき、辞めてきたからな」
「・・・伺っております。先程王太子様より、あなたの代わりに私に隊長になれ・・・と」
「・・・そうか。迷惑をかけるな」
そう言って彼の肩を軽く叩いた。
「聖女様を追われるのですか?」
「ああ。俺が剣を捧げたのはあの人だ。たとえ聖女としての立場を追われたとしても、俺が騎士として護るのはあの人だけなんだ」
そう答えると副隊長は懐から黒と白の二通の封筒を差し出してきた。
「これは?」
「陛下に手紙を渡した際に陛下から受け取った勅書です。黒の勅書は隊長に、もう一通は聖女様に。それぞれ合流してから読むように、とのことです」
「そうか」
これを副隊長に渡していたということは、今回の一件は陛下もご存知だったということ。それがどういう意味を持っているか。おそらくわかるのはこの封筒を開けたときだろう。
「わかった、しっかり預かろう」
受け取った封筒を胸元へとしまい、副隊長とすれ違うようにあるき出した。
「隊長!」
副隊長に呼ばれるが歩みは止めない。
「今までお世話になりました!あなた方のご健勝をお祈りしております!」
はっきりと告げられた言葉に片手を挙げることで答え、そのまま振り返らずに隊舎から出る。
自分の馬にまたがり、城を出て即座に聖女を追いかける。
いくら第一王子が傲慢とはいえ、さすがに追放した聖女に何かしようとは考えないと思いたいが、それでも城下町から出れば野盗だって出てもおかしくない。
この近辺は聖女の結界によって魔物の出現は多くはないが、皆無という訳でもないし、聖女は護りに対しては絶大な力を発揮するが、逆に攻めることに関しては魔物以外に対しては並みの魔導士と同等程度しかない。
魔物であればその力でどうにでもなるが、野盗や刺客にはその力は発揮されない。おそらく聖属性ゆえの弊害だろう。
だからこそ、騎士がそういった刺客や野盗から聖女を護るべきなのだが、さすがに今回のように追放されてからではどうしても駆け付けるのに時間がかかってしまう。
元々、こうなることは聖女も想定していたので、どちらに行くかは事前に話し合っている。故にそちらの方へと馬に頑張ってもらっているのだが…。
「馬車にでも乗ったのだろうか」
街から徒歩で街道に出ずに馬車に乗ってその方向にある町へと向かったのか、なかなか追いつけない。
しかし相手が馬車であったとしても、馬であれば速度はこちらの方が上。無理に全力で走らせるつもりはないが、それでも急いで追いかけて行くと、前方に馬車の姿が見えてきた。
しかし、どうやら様子がおかしい。馬車を取り囲むようにガラの悪い男たちが、その手に様々な武器を持ってまるで威嚇するように騒いでいた。
どうも遠目で見た感じでは野盗たちは馬車を囲んでいる結界のせいで手出しができないようだ。
その馬車の護衛であろう人達も何人かいたが、数が相手の方が上だということもあり、中途半端に手出しができない状態になっている。
「やはりか」
ここらへんは丁度王都と次の街の警備隊の中間地点。どうしても端の方の警備はそこに至るまで時間がかかってしまうし、一応ぬけが無いように警備する場所は被らせているが、お互いが警備するからこそ油断も生じてしまう。そういう部分を狙って野盗は襲撃をかけてくるから、今回もそういった小賢しいタイプの野盗だろう。
馬の速度を上げ、派手に走っているとさすがに野盗たちも騎士の存在に気付く。
剣を抜き、馬から飛び降りて着地と同時に駆け出して手前の野盗を二人ほど斬り伏せ、怯んでいるうちにもう二人ほど追加で斬り伏せておく。
「て、テメェ何者だ!」
「ただの元騎士だ」
野盗が体勢を立て直す前にどんどん目の前の奴を斬り伏せていく。
馬車から逃がさないためであろう、取り囲んでいたが故にばらけていた野盗たちは、一人、また一人と他の仲間からの援護を受ける間もなく斬り伏せられていく。
さすがに最後の方になると集まって対処しようとするが、騎士の隊長までのし上がった彼に対して、たかだが野盗が3人ほど束になったところで勝ち目があるわけもなく、馬車を襲っていた野盗たちはあっさりと倒されてしまった。
「ふぅ…」
一息つき、剣についた血を振り払ってから馬車の方を見ると、終わったことに気づいたのだろう、先ほどまで覆っていた結界が消え去った。
そして馬車の中から聖女がゆっくりと出てきた。
「遅かったですね」
「すみません。一度第一王子に呼び出されまして」
「貴方をそのまま彼女の護衛騎士にしようと?」
「ええ。ですが私が剣を捧げたのはあなたですから。断らせていただきました」
そう告げると聖女は嬉しそうに微笑んだ。
そんな話をしていると、馬車の扉が開き、少し恰幅のいい男性と聖女よりかは年下であろう少女が姿を現した。
「彼らは?」
「彼らはこの馬車の持ち主の商会の会長の方でして、以前どうも私と面識があったのを覚えていたらしく、落ち合おうとしていた街へと行くということで乗せてもらったんですよ」
「なるほど」
聖女がたまに街に出て奉公していることもある。おそらくどこかの街で会ったのだろう。警備をしていた騎士とも面識があるはずだが、いまいち記憶に残っていない。
「この度は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
商人の男性は穏やかな笑みを浮かべながら頭を下げてくる。
「いえ、私は聖女様を護ろうとしただけですので」
「だとしても、それによって私達も助かったのは事実でございます。何かお礼をさせていただきたいのですが…」
そう告げてくる商人に困りつつ、騎士は聖女を見る。
「それでしたら街についたらどこかいい宿をご紹介して頂けないかしら?まだ、宿が決まっておりませんので」
「それでしたら我が商会が経営している宿へとご招待いたしましょう。もちろんお代の事はお気になさらずに」
「よろしいのですか?」
「ええ、聖女様には以前もお世話になりましたし、それに先ほども護っていただきました。騎士様にも助けていただきましたし、これくらいしかできませんが」
「いえいえ、助かります」
「では、お連れいたしますのでどうぞ馬車へ。騎士様も」
「いえ、私は自分の馬がありますし、先ほどの野盗達の様なものが襲ってきた際に対処できるように、外で周囲を警戒させていただきます」
「そうですか、では向かいましょう」
聖女たちは馬車に乗り、その間に持っていたロープで息の合った野盗達を縛り上げて適当に転がしておく。
そして道中で出会った警備の兵士にここの野盗の事を告げて回収してもらい、その後は特になんのトラブルもなく目的の街へとたどり着いた。
この街は様々な貿易の中継地点として発展しており、様々な品物がこの街を一度経由し、別の国や王都へと届けられるのでこの街もその影響で王都の次に発展している。
その街はいくつかの区画で分かれており、門から入ってすぐの場所が宿泊施設や鍛冶屋など冒険や旅に必要な道具が取り扱われている雑貨店が並ぶ商業地区。中心が様々な屋台が立ち並ぶ市場。その奥は冒険者ギルドや商業ギルドなどの役所関係。左側には主にこの街で取引などを行う貴族たちのシティハウスが立ち並ぶ貴族街。右側がこの街の住人達が暮らす住宅街といった感じで、それぞれが分かれている。
生活で必要な物などはそれぞれ貴族や平民では異なるので、それぞれの住宅街の場所に建てられている。
「すごい賑わいですね」
「ええ、最近また新しい布が見つかったとのことで、市場も活気づいておりますからね」
「あら、それなら新しいドレスとかが出てきそうですね」
「ええ、職人たちがこぞって新しいドレスを作っておりますよ。聖女様もそういったドレスに興味が?」
「私はあまりああいった派手なのは好みませんが、それでもきらびやかな物を見るのは好きですから。いろんな御方が着ているドレスを見るのが好きなんですよ」
「そうなのですね!」
そんな話をしながら馬車は進み、この街でも1.2を争うほどの大きな宿へと馬車は到着した。
「…もしかしてここが?」
「ええ、我が商会が経営している宿でございます」
「随分高そうですが…本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろん。貴方方にはそれだけのことをしていただきましたので。どうぞいくらでもこの宿でおくつろぎください」
「ご厚意ありがとうございます」
「いえいえ。では私は店主とお話してきますので、案内は我が娘に」
会長は一度礼をしてから娘を置いて宿の奥へと入っていった。
「では聖女様、騎士様。こちらへどうぞ」
一礼して案内のために歩き出したのでその後をついていく。
「そういえばお二人はなぜこちらへ?他の護衛の方も見受けられませんが…」
「あーっとそれは…」
聖女は基本的に外へと出る時は複数人の護衛を連れている。それが一人だけでこの街へ来て、それに護衛も騎士一人ではさすがに不審に思うのだろう。
当然と言えば当然の疑問に聖女が困ったように騎士の方を見る。
「まあ、少々訳ありでして。詳しいことは王家にも関わることになるので申し上げることができません。申し訳ありません」
騎士が頭を下げると彼女は慌てたように手を振った。
「いえいえ、こちらこそ。いくら気になるとはいえ恩人の内情を聞くのは失礼でした。申し訳ありません」
「いえ、気になるのは当然ですから、お気になさらずに」
聖女が優しく微笑むと彼女も安堵したように息を吐いた。
そして彼女が足を止め客室へと到着する。
「こちらをお使いください。一応寝室は二つに分かれておりますし、何かございましたら従業員にお申し付けください」
そういって一礼してから彼女は客室を後にした。
「つっかれたぁー!」
部屋で二人きりになった瞬間、聖女がベッドへと飛び込んだ。
「聖女様、はしたないですよ」
「いいじゃない、もう聖女の任は解かれたんだし。ああいう堅苦しいの私嫌いなのよ」
元々平民で教会の手伝いをしていた聖女は、その力に目覚めた後に聖女に認定され、第一王子の婚約者として内定した。教会は貴族平民関係なしに開かれた場所であり、気さくで優しい性格の彼女は他の平民や教会の職員にも人気だ。
「それが、聖女の任に関しては解かれたかどうか怪しいものですよ」
「どういうこと?」
騎士は出立前に渡された二つの封筒を取り出し、片方を聖女へと渡す。
「陛下からです。私にもございますが、聖女様と合流してから開くようにとのことで、内容に関してはわかりません」
渋々ながらも受取、封筒を開く聖女を見てから騎士も自分宛の封筒を開く。
そこには第一王子の一件に関しての謝罪が書かれており、それを国王が黙認していたこと、そして追放という形を取ったが、国王自体はそれを認めておらず、あくまで国内を巡回するために城を出た。という形を取ること。そしてしばらく王都での聖女の仕事は第一王子と彼が推薦した真の聖女なる彼女に任せるので、こちらの事は気にせずに旅を楽しんでほしい。との事だった。
そして騎士の方には最後に聖女護衛騎士隊長の任は解かず、今の副隊長を隊長代理として扱うので、それまで聖女の護衛をよろしく頼む。と書かれていた。
「はぁ…」
騎士が手紙を読み終えるとほぼ同時に聖女も読み終えたのか、大きなため息を吐いた。
「いかがでしたか?」
「多分あなたの手紙と同じ感じよ。第一王子の件の謝罪と、聖女の任を解くという話はなしで、今はあくまで遠征ということで国内の旅を楽しむようにって。それとあなたがまだ護衛騎士の任を解かれていないってことが書かれていたわ」
「そうですか」
「…貴方が助けに来てくれたのは、まだ任が解かれていないからなの?」
少し不安そうな表情をしながら聖女が騎士を見ている。
「?何をおっしゃられるのです。私はあなた様に助けられ、騎士として剣を捧げました。故に私が護るべきお方はあなた一人であり、そこに誰かの命令が入る隙などございません」
「そっか…」
照れたようににやけながら聖女が顔を逸らした。
「それでこれからいかがいたしますか?陛下からは自由に旅をするようにとのことですが」
「そうねぇ…。実際のところ、王城では話を聞くしかできなかった件もあるし、せっかくだから観光を楽しみながら旅をしましょうか」
「かしこまりました」
「ああ、その前に陛下に手紙の返信をしなきゃ」
「返信ですか?」
騎士の手紙には特に返信するべき内容は書かれていなかったので首を傾げる。
「ええ、少しお願いをしようと思ってね」
そういってほほ笑む聖女はどこかいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
その後聖女と騎士は、各地で様々な問題を解決しながら王国内を旅していた。
仲睦まじい様子の二人は平和な時は微笑ましく、有事の際は頼もしく問題を解決していき、民からの信頼もどんどん上がっていった。
一方聖女を追い出した第一王子ともう一人の聖女は、上手く聖女の後釜へと収まったが、国王から同じだけの仕事を割り振らわれ、最初は何とかこなしていたが徐々にその仕事も時間がかかったり杜撰だったりと評価を落とし始めていた。その事態を重く見た国王は、前聖女を不当な理由で追放した件も含め、第一王子に王位継承権はく奪を言い渡し、第一王子と現聖女への再教育を命じた。
その後国内で聖女の代替わりに不安を抱いていた国民に対し、前聖女がまだ聖女の任が解かれていないこと。そして王国内部にある問題を解決するために国内を旅していること。その間に王都での問題を解決するために聖女の任についたのが現聖女であることが発表された。
元々第一王子と現聖女になってから、有力貴族の依頼ばかりを優先的に受けていたのだが、そういった部分も是正され、癒着しかけていた部分は根こそぎ消し去られた。
その間、騎士と前聖女はというと…。
「聖女様、次はどちらへ?」
「もう、いい加減聖女様って呼ばずに名前で呼んでよ!」
「しかし、私は聖女様に従う騎士ですから…」
そういう騎士に彼女はため息を吐いてから一通の封筒を騎士へと差し出した。
それは国を出る時にも見た事がある、国王からの勅書だ。彼女の許可を得てその勅書を読んでいくと、騎士の顔が徐々に赤みを増しつつ強張っていく。
「陛下の許可も得ましたし、これからは騎士の誓いともう一つ別の誓いをしてもらうね?」
まるでいたずらが成功したような笑みを浮かべながら、騎士を見上げる彼女にため息を吐いてしまう。
「それで、いつ、名前を呼んでくれるのかな?」
「……私の負けですよ。これからもよろしくお願いいたします、シンティア様」
「むー、様はいらないんだけどなー。ま、今はそれで我慢しよっかな。こちらこそよろしくね、アラン!」
騎士として聖女へと誓いと共に剣を捧げた。その誓いが今後も破られることも、変わることもない。
ただそこにもう一つ、別の誓いが生まれる。
夫として妻と共に歩み、生きていくという誓いが…。