雉始雊(きじはじめてなく)
「あれはキジの求愛の声だよ」
“城”の外から「ケーン、ケーン」という鳴き声が響いてきたのに耳を傾けていれば、隣にいたマシロがそう言った。
「マシロってキジは見たことあるの?」
「図鑑で見たよ。あと肉も食べたことある」
「へー」
ちなみにチカはすぐにキジの姿を思い浮かべることができたが、その知識はマシロのように図鑑などを由来とするものなのか、実際に目にしたことがあっての記憶なのかまでは、わからなかった。
「求愛と言えば」
チカはマシロの話の矛先が己に向かうのを感じ取った。ドキッと心臓が小さく跳ねて、なんとなく居心地の悪い気持ちになる。
マシロはいつもの無邪気な目でチカを見た。
「アマネとはどう?」
「どうもこうも……ただ部屋をシェアしている相手、以上のことはないよ」
「ふーん。でもアマネがどう思ってるかはわからないよね」
「えー……マシロは私とアマネがどうにかなって欲しいの?」
「まあね」
チカはてっきり「そういうわけじゃないけど」というような、否定の言葉が返ってくるのではないかと思っていた。が、違った。その予測はチカの淡い期待が見せた一時の幻だったようだ。
「それって……私の過去と関係ある感じ?」
「うーん……そういうわけじゃないけど」
今度は肯定の言葉が返ってくると思いきや、否定の言葉がやってきた。なかなか、今日のマシロの反応は読めない。単にチカが少々動揺してしまっているから、という理由もあるかもしれないが。
「でもさ、親しい相手がいるのっていいことだと思うんだよね」
「それは友達のままじゃダメなの? 私は……他のみんなとは割と親しくできてると思っているけれど」
チカはちょっと嘘をついた。マシロやササとは親しくできている自覚はあったが、そのほかの男性陣とは言うほど仲が良いというわけではない。しかし、信用はしている。愉快犯的気質があるアオだけは、ちょっとそれも怪しいが……。
「うーん、だってアマネってチカのこと好きでしょ? だからふたりが親しくなったらうれしいなって、それだけ」
「いや……アマネは別に私のことをそういう意味で好きなわけじゃないんじゃないかな……」
「そうかな」
「そうだよ。だって別に、口説かれたりしたこともないし……。それに、いっしょのベッドで寝てるけど、なんていうか……危機感? みたいなものは感じたことないし」
アマネは仏頂面でいることばかりだし、言葉遣いもぶっきらぼうで荒いが、態度はそこまでつっけんどんというわけではない。だからチカはアマネを信頼していた。同じベッドを共有していても、それをイヤだと思ったこともなければ、怖いと思ったこともない。
けれどもだからと言って、それを即、己への好意につなげるのは、いささか短絡的過ぎる。
単にアマネは表面的なものから感じられる印象よりも、紳士的。そういうことだろう。チカはそう捉えていた。
「そうなんだ。……じゃあチカはアマネのこと、好き?」
「友愛的な意味でね」
「……チカはアマネに対してクールだね」
「そう?」
マシロにそう言われたものの、冷淡であるつもりはなかったので首をかしげざるを得ない。
「でもさ、記憶が戻ったときにアマネとどうにかなってたら、私が困らないかなって思っちゃうんだよね」
「そう思うとアマネとどうこうなりたいと思えない?」
「だって……怖くない?」
未だに記憶が戻らない状態には、もはや慣れてしまってきている。
しかしそれでもチカはいつかは失われた記憶が再び戻ってくると半ば信じて疑っていなかった。そしてそのときのことを考えると、大きく現在の人間関係を変えるのは得策ではない。そう考えていた。
「……もうすぐチカが記憶喪失になってから一年経つけど」
「そうだね。時が流れるのは早いね……」
「ごめんね、チカ」
「え?」
「なんかチカの知りたいこと全然話せなくて。あと別にアマネと絶対にくっついで欲しいとか思ってるわけじゃないから。ただ、ふたりには幸せでいて欲しいなって、思ってるだけだから」
マシロの言葉に、チカは困惑することしかできなかった。
「オレは……チカとアマネが幸せだったら、それでよかった」
独り言のようなマシロの言葉を受け取ったあと、チカの頭を痛みが襲う。
内側から割れるような痛みだった。




