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ドグマの城  作者: やなぎ怜


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熊蟄穴(くまあなにこもる)

「断る」


 にべもない答えがササから発せられた。一刀両断である。


 それに対してクマのぬいぐるみ――テディベアが愛らしい声で哀れっぽく言う。


『そんな~~~。それじゃ、ボクは成仏できないってことですかあ~?!』

「そうなるな」

『そんな~~~』


 数分前、ササと共に倉庫を訪れたチカは、そこでしゃべって動くテディベアと遭遇した。くにゃくにゃとした長い毛並みの、触り心地が良さそうな、ごくありふれたテディベアだ。……人語を解し、自らの体を動かせる点を除いては。


 もちろんチカは仰天したし、警戒もした。以前、人畜無害なしゃべる着物と出会ったことはあったものの、この目の前にいるテディベアがそうとは限らない。


 警戒したのはササも同じだった。いつもは眠たそうな顔をして、あらぬ方向へ視線を飛ばしていることも珍しくないササであったが、このしゃべって動くテディベアを前にしては、警戒心をあらわにして、チカより一歩前に出る。


 こういうときのササはだれよりも勇ましい。頼りになると思う一方、ササはチカと同じく丸腰だ。このテディベアに敵意があったとして、徒手で制圧できるのかはわからない。テディベアが単なるぬいぐるみ以上の力を持たないのであれば、ササに軍配が上がるだろうが。


 テディベア曰く、己の体には成仏できない魂が宿っているのだと言う。着物のときと同じパターンだ。しかしなぜだかあの着物と違い、このテディベアに対しては得体の知れない恐怖心を抱いてしまう。チカの第六感が、テディベアは危険だと訴えてくるのだ。


 ササはどう思っているのかはわからない。けれども、いつもよりつっけんどんな言い方をしているところを見るに、ササもチカと似たような心境であることはうかがえた。


 しかしテディベアはあきらめきれないのか、ぽふぽふと柔らかな足音を立ててササに近づく。


「近寄るな」

『そんな~~~。ねえ、おねがいだよ! いちど、かくれんぼしてくれるだけでいいからさ~』

「断る」


 何度目かのササの「断る」が飛び出した。


 しかしテディベアはへこたれた様子もなく『え~~~』と不満たらたらな声を出す。


『ねえねえおねがい! おねがいだってば!』

「しつこいぞ」

『そりゃあね~。ボクが成仏できるかどうかがかかってるんだもん! しつこくもなるよ!』


 チカはテディベアに悪意がなければ協力してやりたいとは思った。


 けれどもなんとなく、このテディベアのしゃべりかたが気に障る。こんな気持ちになるのはチカにとっては珍しいことだった。なぜだが、妙にあざとさが引っかかり、神経を逆なでされたかのような不快感が残るのだ。


 単にチカの心の問題であれば、テディベアには悪いことをしている。そういう気持ちになりはしたものの、今のところチカはササとテディベアの会話に口を挟むつもりはなかった。


「なぜかくれんぼをすれば成仏できるんだ」

『それは~ボクがまだ遊び足りないからだよ~~~。未練が残っているうちは、地上に取り残されたままなんだよ~。だからおねがい! ボクとかくれんぼしよ!』

「断る」

『そんな~~~』


 テディベアの説明は、一応理解はできる。くだんの着物も未練ゆえに人語を獲得するに至ったようであるから、「未練」がもたらすパワーが不可思議な事象を引き起こしたとしても、チカにとっては不思議はない。この“城”では様々な不可思議な出来事が起こるのだから。


 しかしテディベアとササのやり取りに終わりがないことを悟ったチカは、ササの服を軽く引っ張る。それにササが気づいたので、チカは彼女の耳元に口を寄せた。


「なんかこのままだといつまで経ってもあきらめてくれなさそうだから、どこかに閉じ込めてからみんなと相談しない……?」

「……そうだな」


 先ほどのよたよたとした足取りからして、テディベアは体は動かせても俊敏には移動できなさそうである。となると捕獲は容易だろう。身体が柔らかいのであれば、暴れられても問題はなさそうである。


 ササもチカと同じことを考えたのだろう。チカの言葉にうなずく。


 しかしこそこそ話の内容は、テディベアに聞こえていたようだ。それなりに距離が近かったとしても、すべてを聞き取るなんて地獄耳である。


 チカの視界の端で、テディベアの真っ黒な瞳がキラリと閃いた気がした。


『え~~~ん! なんでそんないぢわるするの~~~? いぢわるする子は~~~……』


 テディベアの丸々とした腕が、その背中に伸びる。ごそごそとどこかをまさぐる音がしたかと思えば、その可愛らしい手に赤黒く錆びたナイフが握られていた。


『オシオキ☆ だよっ!』


 テディベアが恐るべき瞬発力で飛び上がった。チカは完全におどろいて、反射的に身体を硬直させた。


 一瞬のち、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が倉庫に響き渡った。


 テディベアの錆びたナイフの刃は――ササが手にしたナイフの刃とかち合っていた。


 ササのナイフがテディベアが持つナイフを押し返し、弾く。


 テディベアはそれでひるんだ様子もなく、素早く錆びたナイフを突き出し、ササの眼球を狙った。


 だがそれも、ササはナイフで受け止めて弾く。


 チカはしばらく呆気に取られて、ササとテディベアの攻防を見ていたが、ハッと我に返って倉庫に積まれたダンボール箱を抱え上げた。


 それをそのまま、テディベアに向かって投げる。


 ダンボール箱はもろにテディベアにぶつかり、中身をぶちまけて床に転がる。中身は着なくなった洋服だった。それらが雪崩のようにテディベアを巻き込んだ。


 床に叩きつけられたテディベアは、それでも錆びたナイフを離さなかった――というか、チカにはどうやってナイフを握っているのかわからなかった。


 だがそんなテディベアの隙をササが見逃すはずもなく、テディベアはあっという間に首根っこを捉えられ、錆びたナイフを蹴り飛ばされ、制圧された。


『ちくしょうっ、ちくしょうっ、あともう少しで出られるところだったのに!』

「これが素なのか?」

「そうじゃない?」


 テディベアは愛らしい声色のまま、がなり立てた。その言っていることの半分ほどはチカたちには理解できなかった。


 が、いずれにせよこの危険なテディベアを放置しておくわけにはいかないだろう。


 今度は命乞いをし始めたテディベアを、倉庫にあった紐で縛り上げたササとチカは、そのまま台所に向かった。


 燃やせる怪異は燃やすに限る。七人の共通認識である。


 コンロの火に焼かれ、断末魔を最後に沈黙したテディベアを灰にしたふたりは、地下の植物園に掘った穴へ丁寧に埋葬しておいた。


 もう二度と帰ってくるなよ、と思いながら。

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