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ドグマの城  作者: やなぎ怜


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閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)

 うわ、布団お化けだ、とチカは思った。分厚い冬用の掛け布団を頭からかぶっただれかが、廊下をふらふらと歩いている。おおかたササだろうとチカはあたりをつけた。


 ササは、以前にも寝ぼけて掛け布団を頭からかぶった状態で、ふらふらと廊下をうろついていたことがあるのだ。すぐにユースケに回収されていたが、見かけたときにはぎょっとしたのでチカはそのときのことを覚えていた。


 近ごろ寒いから頭からかぶっているのだろうか。それとも、特に理由などはないのかもしれない。寝ぼけているときの言動など、そんなものだろうとチカは考える。


 周囲を見回してもユースケはいないし、やってくる様子も今のところない。チカはササを保護するべく布団お化けに近づいた。


「ササ~……」


 ササの名を呼んで布団を軽く引っ張ってみる。しかし内側でしっかりと握られているのか、布団がずれて落ちるということはなかった。この時点でチカは「あれ?」と違和感を抱く。


 次いで、布団をよくよく見てみると、なぜか視線を感じた。そのまま視線を動かすと、目が合った。いや、布団にはもちろん目なんてものはないのだが、チカは布団と目が合ったと感じた。


 チカは背中にイヤな汗をかく。


 ――これ、ササじゃないや。


 脳裏をよぎったのは至極冷静な結論。しかしチカの心臓はドクドクと早鐘を打ち始める。


 布団お化けがみじろぎした。それはどちらかと言えば「震える」と言ったほうが正しい。そんな動きだ。


 チカはそれを見てくるりと布団お化けに背中を向ける。あとはもう廊下の先へ一直線、脱兎のごとく逃げ出した。


 記憶がないからなのかは定かではないが、チカは戦うことに慣れていない。身体は貧弱と言うほどではないにしても、戦うことに向いているわけでもなかった。


 それに今は丸腰だ。武器もなしに“城”に現れた怪異へ立ち向かうのは無謀、というものだろう。


 よってチカは逃走した。


 すると背後からタタタタッと軽快に走る音が聞こえてくる。間違いなく布団お化けだ。チカはその恐怖に泣きそうになった。


 布団お化けは先ほどまでよたよたと若干千鳥足で動いていたというのに、チカの背にこちらへ向かって走り寄る音がぶつかってくる。


 反則でしょ、と泣きごとを言いたくなるが、そんな余裕は今のチカにはない。そもそも“城”に現れる怪異にルールなど課すだけ無駄だろう。


 そうしてチカの息が上がってしまったころ、廊下の角を曲がったところでだれかに勢いよくぶつかった。


 もちろん、その衝撃で吹き飛んだのはチカのほうだ。廊下の床に尻もちをついてしまう。


「なにやってんだ……」


 頭上から降ってきた呆れを含んだ声は、チカのよく知るものだった。


「ア、アマネ~!」


 チカはアマネの登場に思わず感謝の気持ちで拝み倒したくなった。


 だが、アマネは当たり前だがなぜチカが半泣きなのかなど真の理由を知らず、そんなチカにいぶかしげな視線を送るばかりだ。


 そうこうしているあいだにも、それなりに引き離せたと思っていた布団お化けの足音が近づいてくる。チカは背後を見やったあと、顔を引きつらせてアマネを見上げた。


「ふ、布団お化けが出た……!」

「ハア? ……ササのことか?」

「違う!」


 寝ぼけて掛け布団をかぶったササを、「布団お化け」だと言ったのはアオだ。どうやらアマネもそのときのことを覚えていたらしく、先ほどの答えが返ってきたようだ。


 だが即座にチカが否定すれば、アマネは怪訝そうに片眉を動かした。


 と、同時に廊下の奥からタタタタッと軽快な足音が近づいてくる。


「ササじゃなくて……なんか、いや、わかんないんだけど、と、とにかくなんかヘンなのが出た!」

「なに言ってるかわかんねえよ」


 そう言いつつもアマネはチカの腕を引っ張って立ち上がらせてくれる。


「なんかいつもみたいなやつが『出た』ってことでいいのか?」

「そう! ……たぶん」

「『たぶん』って、おい……」


 チカはそこまで言ったところで、あの布団お化けは本当に“城”に出没する怪異なのかと疑問を抱いてしまう。


 掛け布団の中身を覗いたわけではないのだし、万が一にアマネ以外の五人のうちだれかのいたずらだったりする可能性は……。


 チカがそこまで考えたところで、猛スピードでこちらに突っ込んでくる布団お化けが見えた。


 しかし次の瞬間には布団お化けは元きた道へと吹っ飛ばされる。


 なんてことはない。アマネ渾身の飛び蹴りを食らっただけだ。


「うわあ……」


 チカは思わず、感嘆とも呆れとも取れるような声を上げる。そんなチカへ、アマネは不満そうな視線を送った。


「お前がお化けが出たって言うから――」

「あ、うん、ありがとう……」


 アマネはチカから視線を外し吹き飛んだ布団お化けへと歩み寄る。チカは「怖くないんだろうか」と思ったが、アマネが恐怖に震える様はなんとも想像しづらい。実際のアマネも、堂々たる足取りで布団お化けへと近づく。


「なにもねえな」

「え? ホント?」


 アマネが掛け布団をつかんで持ち上げる。チカが見ても、中身はなかった。ただ、白い掛け布団が一枚、あるのみだ。


「脚見えたんだけどな……消えちゃったのかな」


 ということはまた「出る」可能性があるのだろうか。チカは少し憂鬱な気分になった。だれだって、正体の知れないものに追いかけられる体験はしたくない。


「っつーかこの布団、どこの部屋のだ?」

「真っ白で綺麗だけど……そもそも“城”にあったものじゃない可能性もあるんじゃない?」

「マジで布団お化けなのか。じゃあ燃やすか」


 チカはなぜみんな怪異を相手にするとすぐに燃やすという発想になるのだろうかと思った。とは言え、今のチカとしてはアマネの意見には賛成であった。しかし台所で燃やすのは難しいサイズだ。となると地下植物園で焼くことになるのか……。


 しかしアマネは相変わらず頼りになるなとチカは思った。本人に言っても眉間にしわを寄せそうだが。


 チカが助けて欲しいとき、アマネは助けてくれる。布団お化けの恐怖はまだ引きずっていたが、アマネの隣にいるとそれも和らぐようだった。

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