半夏生(はんげしょうず)
そこらへんをササがぶらぶらとしているのが見えたので、どうしたのかと問えば、ユースケがここのところの長雨の影響でダウンしているという。気圧の関係でたまにそうなるようだ。
いつも熱心に世話を焼いているユースケがいないからといって、ササがなにもできないということはない。むしろササがいなくてはユースケのほうが困るのではないかと常々チカは思っているくらいだ。
「朝は少しだけ食べたんだが、部屋に戻ってからずっとベッドの中だ」
朝食の当番はササとユースケである。恐らく、料理に関しては不器用さを発揮するらしいササを慮り、多少無理をしてでも出てきたに違いない。そして今はベッドの中、と。
先ほど、相手を必要としているのはむしろユースケのほうであると述べたが、ササからしてもユースケをまったく不必要だと思っているわけではないことは、だれの目にも明らかだった。
ササとユースケ。このふたりの関係はひとことでは言い表せない、複雑怪奇なものなのだ。
しかし互いを必要としあっていることはたしか。チカはそんな関係を少々うらやましく思う。記憶喪失の影響で、なんとなく人間関係に対し希薄なものを感じている身としては、若干不健全に見えたとしても、だれかを必要とし、そのだれかから必要とされる関係は尊く映る。
「“捨品”の中からなにか見舞いになる品でも見つかればと思ったんだが」
「うーん……あ、そうだ、今日はタコを貰ったんだった。それは?」
「飲み込みやすいように細かくして、あと炊き込みご飯にしておにぎりにするとか。旬のものだし、栄養つくかも」
なにか残るものよりも、残らないもののほうが無難なときはある。今回の場合は、たまたま旬のタコを貰っていたので、それを使おうという話になっただけであったが。
チカとマシロの提案に、ササの顔がちょっと明るくなる。とは言え、親しくしていない人間からすれば、それはあまりにもわかりにくすぎる表情の変化であった。
ササの表情は、ほとんど変わらない……ように見える。実際、それなりの付き合いを続けていれば変化に気づけるようにはなるのだが、それでもわかりにくいくらいだ。
けれどもチカは、最近ササの表情の変化が、じっと観察していなくても雰囲気でわかるようになっていた。結構、大きな進歩だ、とチカは思う。
「海産物は珍しいしな」
「そうだねー。干物なんかはわりと見るけど……生のタコなんて早々お目にかかれないよ」
ササとマシロの会話に、チカはこの“城”は海から遠い地にあるのかなと考える。
チカは未だに“城”がどういった土地に建っているのかを知らない。どういった国にあるのかも、国があるのかも知らない。国にしろ、それに類似したものにしろ、まったくないということはあり得ないだろうとは考えているが、知るすべはないので「もしかしたら」と思ったりもする。
さっそく三人は台所へと向かった。昼までにはまだ時間があるものの、米を浸水させたり、そこから炊き上げたりすることを考慮すれば、ちょうどいいだろう。
「ユースケって頭痛持ちなの?」
炊飯するあいだにチカはそんなことをササに聞く。話題に困ったのもあったが、気になっていたことでもあったので、なにげなく口にする。
「それもあるが……そもそもそんなに体が強いわけじゃないからな」
「幼馴染なんだっけ」
「ああ」
「ここにくる前からの知り合いって……あとコーイチとアオもだっけ」
「うん、そう。一応、幼馴染ってやつらしいよ」
それがどうして“城”へと共に来て――いや、入れられて?――しまったのだろうか。
その核心を聞く前に米が炊き上がった。
翌日、復活したユースケからチカは礼を言われた。「ササの面倒を見てくれてありがとう」ということらしいが、チカは別に面倒を見たつもりではなかったので、少し複雑な気持ちになる。
ユースケは、ササの世話を焼くのが好きらしいということは知っている。それはつまり、「世話を焼かなければならないような人間であって欲しい」と思っているかもしれない、ということも、薄々肌で感じてはいた。
だから、チカはユースケにそんな礼をされては複雑な気持ちになってしまうのである。……もちろん、表に出しはしなかったが。
それは、開けてはいけないパンドラの匣であるような気もするし、他人がどうこう口をはさむ領域でもないとも思えた。
チカに礼を言い終えたユースケがササの元へと戻る。そうするとササの顔がほんのりと明るくなった。以前はわからなかったそんな表情の変化が、今のチカにはわかる。
ふたりの関係に勝手に思うところはあるが、ふたりが幸せそうにしているあいだは、放っておいたほうがいいのかもしれない。




