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ドグマの城  作者: やなぎ怜


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蚯蚓出(みみずいづる)

「会ってもいいだろうか」


 ササのその言葉にチカは困惑するしかなかった。


 場所はたまにしか掃除をしない空き部屋。ランタンの光の中で、ところどころホコリがキラキラと輝くような部屋。そこでチカはササから相談事をされている。


 直截な言動が多く、他人に判断を仰ぐような場面を見たことがないササからの相談に、チカが少しおどろいたのは事実だ。


 そしてその内容がまたチカをおどろかせる。


 なんでも、ササにこっそりと会って話がしたいという相手がいるのだそうだ。“捨品”を受け取るときに手紙を渡され、後日会えないかと書かれていたらしい。


 チカの脳裏にイヤでもよぎるのは、先日マシロが痴漢をされていたという事件である。結局、マシロに痴漢を働いた男がどうなったのか、チカは詳細を知らないものの、腹立たしい出来事であったことは事実。


 そして今回のササの件。チカが警戒心を抱くのもやむなしであった。


「『会って話をしたい』……だっけ。正直、怪しすぎると思うんだけど……」

「昔の知り合いなんだが」

「知り合い? ってことは外にいたときの?」

「ああ」


 ササから告げられたのはチカからすると意外な事実だった。


 なんとなく、この“城”にいる人間は、外にいるだろう家族やそれに類する者たちから「打ち捨てられた」ような気がしていたからだ。


 それはあながち間違いでもないだろうとチカは思っていた。実際、アマネは言葉少なにストリートチルドレンであったというようなことを言っていたのだし。


 けれどもササにはどうやら、わざわざ“城”に出向いて密かに会いたいとまで言ってくれる人間が外にいるらしい。


 信者であるという“黒子”たちの中に、わざわざ“城”まで行ってチカたちと積極的におしゃべりをしたいなどと考える人間はまずいないだろう。そういう取り決めがあるのかどうかは知れないが、“捨品”の受け渡し以外で“黒子”に会ったことはないからだ。


 しかしササは「知り合いである」という以上の情報をチカには開示してはくれなかった。恐らく、己の素性につながる情報を口にしたくないのだろう。チカはそう判じて話題を変える。


「ユースケには話したの?」

「してない」

「……どうして? 話しておいたほうがいいと思うけど……特にユースケには」


 ササはしばらく黙りこくってしまった。


 ユースケはササの恋人である。「恋人である」と宣言されたことはないのだが、少なくとも体の関係があることは確かだ。そして幼馴染でもあるらしい。とにかくユースケとササは親しい関係であった。


 チカの印象ではササの性格的に真っ先にユースケに相談しそうではあったが、現実はどうも違う。


 ユースケに頼りない印象はない。むしろ逆だ。彼はいつでも冷静に周囲を見ている様子があるから、判断を委ねたり、相談をする相手としては最適ではないかとチカは思った。


 特にユースケはササに対してはひどく世話焼きで、甘い。ササが相手であれば、けんもほろろに頼みを断る、などという事態になるのはまったく想像できなかった。


「動揺させたくない」


 ややあってからササがそんなことを口にする。


「動揺?」


 思わず、チカはオウム返しに問うてしまった。ササはそれにうなずきで返したが、それ以上はなにも言わなかった。


 ユースケがうろたえているところは見たことがある。たいてい、それにはササが絡んでいる。ササの危機であればユースケは動揺するだろうが……。


「本当に会ってもいい相手なの?」

「このまま会わないという選択肢を取っても、相手が納得しないだろう」


 ササにはササなりの考えがあるようだった。


 ササはぼんやりとしていることが多い印象であるが、実際になにも考えていないということはない。


 しかし情報が少なすぎる。ササは会いたい気持ちがあるようだが、会ってもいいのか迷っている。


「ササは……そのひとと会いたいんだよね」


 ササがうなずく。


「黙って会おうとしなかったのはどうして?」


 やおらササの形のいい眉が下がった。


「……怒られるかもしれないと思った」


 どちらかと言えば大人っぽく感じていたササの印象が、急に幼い子供のようになった。


「怒られるって……だれに?」

「みんなに」

「……怒られるような相手なの?」

「そういうわけではないが。なんとなく」


 ササにしては珍しく尻切れな言葉だった。


「……悪いひとじゃないんだよね?」

「ああ。むしろいいやつだ」

「じゃあ……私が部屋の外で控えて、その部屋で会うっていうのはどうかな」


 ササの顔がわかりやすく明るくなった。なんとなく、ユースケがせっせとササの世話を焼く理由の一端を垣間見た気になる。


 ササがあまりにも「会いたいオーラ」を出していたので、安全策を取るなら止めたほうがいいとはわかっていたが、結局チカは彼女の望みを叶える妥協策を提示した。


 ササは「怒られるかもしれない」と恐れている様子だったが、この場合、なにかあれば怒られるのはチカやもしれない。だれに怒られるのかと言えば、もちろんユースケにである。ユースケにとって一番はササで、それ以外は二の次なのだから。


 ササから「話し合いが終わるまではみんなに秘密にしていて欲しい」と頼まれて、チカはいよいよ怒られる覚悟を決めた。なにもないに越したことはないと思ってはいたが、性格的にどうしても悪い方向へと考えてしまう。


 もちろんササになにかあれば割って入るつもりだったが、よくよく考えれば腕っぷしはササのほうがずいぶんと強い。


 チカが「私って必要あるのかな?」などと考えてしまうのは自然の流れだった。


 ……しかし、そのすべては杞憂に終わった。


「今日、外の人間と会った」


 ササがおもむろにそう切り出したので、チカはびっくりした。


 場所は食堂。夕食の席でみんながそろったタイミングを見計らってか、ササが急にそんなことを言い出した。


 みな、ササの言葉が“捨品”の受け取りをしたタイミングの話ではないとすぐに悟ったらしく、おのおの、意外そうな顔をする。


 ひとり、ユースケだけはかすかに目を見開いて、動揺している様子だった。


「え? だれと?」


 かすかに震える声でユースケが問う。見ているこっちがハラハラするくらい、彼はうろたえていた。


 ササが名前を口にすると、ユースケの目がいっぱいに見開かれる。どうやら今日会った相手は、ユースケも既知の者らしい。だからこそ、ササは会うことを伏せたがったのかもしれない。


「ど、どうして? サっちゃん――外に、出たいのか?」


 いつも冷静というか、なにごとにも淡白なユースケが狼狽し、心を激しく揺さぶられているのは、だれの目にも明らかだった。


 ササとユースケの会話にだれも割って入りはしない。そこに宿る感情は様々だろうが、みな邪魔をしてはいけないと思っていることはたしかだった。


「そういうわけじゃない」

「なら!」

「ただ、ケジメをつけておきたかっただけだ」


 ユースケはなにかを言おうと口を開いては、思いとどまったのか閉じる、ということを何度か繰り返した。


「あいつは……爪弾き者のわたしにもよくしてくれていた。だからきちんと言っておくべきだと思った。それだけだ」


 チカはササが相手となにを話したのか知らない。しゃべっている声は聞こえたものの、扉にさえぎられてくぐもって聞こえたので、内容までは知らないのだ。


「引導を渡しただけだ」


 ササのその言葉でユースケはどうにか多少の落ち着きを取り戻せたらしい。


「わかった。……でも、もう、そういうのはやめてくれよな」

「ああ。わかった」


 話はそこで終わった。


 結局、チカが部屋の外とはいえどその場に控えていたという話をササはしなかった。しかし、ユースケにバレているような気がして、しばらくチカの心が落ち着かなかったのは他の人々には秘密である。

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