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ドグマの城  作者: やなぎ怜


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葭始生(あしはじめてしょうず)

 膝頭ほどまでの高さであったアシ()は、今やチカの頭上からさらに一メートルは上に葉先を伸ばしている。


 ランタンの光を向けても、アシの葉に阻まれて先は見通せない。


 どうしてこんなことに……とチカは頭を抱えるしかなかった。


 先述した通り、最初に見つけたとき、アシは膝頭までの高さしかなかったのだ。


 “城”では不可思議なことなど枚挙にいとまがなく、石造りの床の隙間からアシが伸びてきていたとしても、「まあこんなこともあるか」と納得してしまうほどであった。膝頭までの高さしかないことも、油断した理由のひとつだ。


 それがどうだろう。気がつけばアシはにょきにょきと背を伸ばして、いつの間にやらチカの背を超えて、そこからさらに一メートルは上で葉先が揺れている始末だ。


 たまたまいっしょにいたマシロは、一瞬目を離した隙に行方知れずである。


 冒頭に述べた通りランタンの光はアシの葉にさえぎられて、ロクに道を照らしてはくれない。


 ためしに何度かマシロの名を呼んでみても、返事はなかった。


「このアシ……動いてる?」


 耳をすませばカサカサと葉と葉がこすれ合う音がする。


 その場に留まっているつもりで、知らず知らず移動させられているのかもしれない。“城”では不思議なことがありすぎる。そういったこともあり得るような気がした。


 となれば、立派な迷子である。実際、周囲を見渡してもアシしか見えず現在地がわからない。天井は暗すぎるし、ランタンの光が届いたとしても天井から現在地を割り出すのはチカには難しそうだった。


 そうこうしているうちに、葉と葉がこすれ合う音が大きくなる。否、こちらに近づいてきているのだ。


 ガサガサ、ガサガサ。


 そんな音がチカの鼓膜を揺らし、胸中に不安の雲を呼び込む。


 三度繰り返すが、“城”では有り余るほどに不可思議なことが起こる。アシのあいだから、なにかしらの怪物が飛び出してくるかもしれないという妄想は、容易に現実になり得る。


 ガササッ!


「ひえっ……!」


 チカは思わず情けない声を上げて一歩後ずさった。そのせいでランタンの光が不安定に揺れる。アシのあいだから飛び出てきた細長い影がなんなのかもわからないまま、チカの腕はそれにつかまれた。


「わっ」


 おどろきすぎて長い悲鳴を上げることすらできなかった。正体不明の存在に明確に腕をつかまれる感覚。半泣きになるのは致し方ないことだろう。


 しかし――


「なに情けない顔してんだ」


 うつむいていれば、よく知った声がいくらか上から降ってきた。


「ア、アマネ……!」


 拍子抜けするとはこのことで、チカは強張っていた己の肩の筋肉が弛緩するのを感じた。


 次に湧いてきたのは恥ずかしさと、それをかき消したいがために八つ当たりしたいという理不尽な気持ち。


「び――っくりした! まず声くらいかけてよ!」

「声かけても聞こえねえよ」

「……そうなの?」


 アマネはいつもの仏頂面のまま押し黙った。肯定を意味しているのだろう。チカはそう受け取る。


 そしてアマネの左手にランタンと共に小型の鎌が握られているのを見つけた。これだけアシが繁茂しているのであれば、それを切り裂くアイテムは必須だろう。“城”にはそういう道具も常備されているらしい。


「捜しにきてくれたの?」


 あまり期待せずアマネに問う。アマネはぷいとわかりやすく顔をそらしてムッツリとしている。


 アマネは七人の中で一番年嵩に見える割にはこういうところは妙に幼い。


 チカは別にアマネのそういう部分をイヤだと思ったことはなかったが、からかいたいイタズラ心がむくむくと頭をもたげるのは困ったものだ。そういう気持ちをぐっとこらえて、チカは「ありがとう」と言った。


「そうだ、マシロ見なかった? さっきまで一緒にいたんだけど、はぐれちゃって……」

「ああ、コーイチとアオが大騒ぎしてる。だからあいつもついでに捜してた。けどまだ見てない」


 マシロは「ついで」なのかとチカは思ったが、あえて指摘はしなかった。


 アマネはぶっきらぼうに「戻るぞ」とだけ言って鎌を片手に先導し始める。アシは鎌で切り取られると途端に大人しくなるようで、もうカサカサという葉同士が擦れ合う音は大きくは響かない。


 アマネが向かった先は食堂だった。食堂に繋がる大扉を開くと、中にはアシの一本も生えていない、いつもの光景が広がっていた。食堂にはコーイチとアオ、それからユースケがいる。いずれもランタンと鎌を携えていた。


「お、帰ってきたか」


 そう言ったのはコーイチだが、アマネのうしろにいるのがチカだけだと見て、落胆のため息を吐く。恐らくマシロが帰ってくることを期待していたのだろう。アオなどはもっとあからさまだ。


 平素は怒ることのあまりないチカも、若干ムッとしてしまうが、まあ仕方がないと理解を示せる部分もある。マシロは彼らの恋人であるが、チカはそうではないのだから当たり前と言えば当たり前だ。


「ササがいねえな」


 アマネはユースケを見て言う。不思議とササがひとりでいるところは見るが、ユースケがひとりでいるところはあまり見ない。ユースケを見るときは、たいていササが隣にいる。


 ササがいないときのユースケは、だいたい彼女を探している。そしてそれは今回もご多分に洩れず。


「見なかったか?」


 ユースケが不安そうな目でチカを見て問う。チカは首を横に振ることで答えた。


「ってことはまだ迷子になってるのはマシロとササか」

「じゃーここにいる全員で行く?」


 行方不明者を確認するコーイチに、アオが提案する。アマネがちらりとチカのいるほうを振り返った。


「それでいいと思う」


 チカが答えると話がまとまったとばかりに各々動き出す。


「ほらよ」


 そう言って小型の鎌をチカに渡してきたのはコーイチだ。先ほどは気づかなかったが、腰にはあともう一本、鎌をぶらさげている。恐らくマシロに渡すぶんだろう。


 そう思ってユースケの背を見れば、彼の腰にも手にしているぶんとは別に鎌がさがっていた。ということはあれはササのぶんに違いない。


「ありがとう」と言ってチカはコーイチから鎌を受け取る。見た目よりは軽いが、金属製なのでそこそこ重量がある。しかしきちんと手入れされているように見えた。だれがやっているのかはわからない。あるいは、手入れなどしなくてもピカピカのまま、という可能性すらあった。


 食堂の大扉の外は相変わらずアシが繁茂している。が、先ほどアマネが切った箇所が再生している、というようなことはなかった。そのことにチカは内心で安堵する。


「毎度毎度元気だな。塩でも撒いとくか?」

「どこから調達してくるんだ」


 うんざりしたような顔をしてコーイチが言えば、ユースケが非現実的だと切って捨てる。


「そもそも塩、効果あるのかな」


 チカが素朴な疑問を口にするとコーイチは黙り込んだ。


「さっさと行くぞ」


 今度もアマネが先導してくれるらしい。性格的なものなのか、あるいは一番年嵩に見えることを気にしてのことか。チカは両方のような気がした。


 そうしてアシをかき分け、切って行くこと小一時間。


 なぜか小川が流れている場所にたどり着いた。アシに囲まれたその姿は、どこか牧歌的だ。……“城”の中であることを忘れれば、の話ではあったが。


 そして小川のそばには人影があった。


「マシロ!」

「ササ!」


 コーイチとアオ、ユースケの三人の声が重なった。それに振り返るマシロとササは、なぜか小川に入って中腰であった。


「あ、みんな~」


 他の五人がそろっているのを見たからか、マシロがうれしそうな顔をする。それを見たコーイチとアオは、明らかに脱力していた。


 しかし次の瞬間、マシロが「あ」と言って、足を滑らせたのか小川に背中から飛び込む。大きな水しぶきが上がり、そばにいたササの髪が濡れた。


 コーイチとアオが駆け寄って、尻もちをついていたマシロを引き起こす。ユースケもいつの間にかササの隣にいた。


「なにやってんだよ……」


 呆れ顔のコーイチに対し、マシロは照れた様子で手に持っていたものを見せる。


「なにこれ?」


 アオはマシロが手にしていたものの正体がわからないらしく、首をひねって怪訝そうな顔をした。


「舟だろ」


 ユースケが温度の感じられない声で淡々と答える。その隣に立つササの手にも、アシの葉で作られたのだろう舟があった。


 どうやら、マシロとササのふたりはこの小川で葉で作った舟を流して遊んでいたらしい。


 なんとものん気なその様子が目に浮かぶようで、チカも脱力せざるを得なかった。


「まあ……無事でよかったよ。うん」


 チカはなんとなくいい感じにまとめてひと段落させる。


 その後、マシロの提案で葉舟を流してレースをしたのは、また別のお話。

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