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鴻雁北(こうがんきたへかえる)

「この七人以外のひとっていたのかな」


 夕食を終えたあとのまったりとした時間。明かりのそばで本を読むアマネに向かって、チカはなんとはなしにそんな問いを投げかける。


「急になんだ」


 アマネは本から顔を上げずに、いつものぶっきらぼうな口調で答える。そっけない態度のわりに、きちんと受け答えはしてくれるのが、らしいと言えばらしい。


「いや……この前新しい住人がきたから、そういうこともあるんだなって思って。そこから」


 その「新しい住人」はもうこの“城”にはいないわけだが、唐突に現れた彼女の存在がチカの中に疑問をもたらしたのだ。


 ちらりとアマネがチカを見た。どことなく冷え冷えとしているような気がした。それはチカの妄想かもしれなかったが。


「ほら、ここ数日ドタバタしててしゃべる機会なかったし」

「ドタバタしてたのはお前らだけだろ」

「はは……ごもっとも」


 アマネの鋭い言葉がチカに刺さる。


 そう、それはそれは「困ったちゃん」であった「新しい住人」に振り回されていたのはマシロとチカだけだ。他の五人は早々に「新しい住人」を見放したため、ほとんど我関せずを決め込んでいたわけである。


 そのことに特に不満はない。チカの中では一連の出来事はもう終わったことで、思い出したくないという気持ちもある。


 冷たく思えるかもしれない五人の態度も、日ごろの様子を見ていれば容易に想像はつくから、チカは己が貧乏くじを引いたとも思わなかった。


「新しい住人」の張り手を食らったのがマシロではなく自分でよかったとチカは思っているくらいである。


 (くだん)の出来事ではおどろいたこともあった。


 午前(レイ)時をまたぐと怪我が治ることや、この“城”から出る方法が一応はあることだ。


 特に後者についてはそんな方法はないとハナから思い込んでいたこともあって、チカは大いにおどろいたわけである。


 けれども仮に出られたとしても帰る場所があるかどうかは、また別の話である。


 マシロが最後まで傲慢な「新しい住人」を見放さなかったのは、そのあたりの事情をよく理解していたからなのだろう。


 一方チカはそのことをまったく理解していなかったし、聖人君子でもないから、仮に追い出した「新しい住人」に帰る場所がないと聞かされても「へー」で済ませただろう。行く末を案じたりはしない。


 マシロもさすがにチカが「新しい住人」に暴力を振るわれたと知って「新しい住人」を見放した。だから満場一致で追放が決まったわけである。


 この一連の出来事は春に吹く突風のようなものだった。


 それらが終わって人心地つけたあとで、チカの中でふと湧いたのが先の疑問である。


「“(ここ)”は不思議なところだから、七人以外のひとがいたとしてもなんか忘れてそうだね」


 掘れば掘るほど不思議が出てくる。“城”はそういう場所だとチカは思っていた。


 “城”から出て行って、“城”では忘れ去られて、そして外にも居場所がないのだとしたら――。


 それは少し怖いなとチカは思った。


「出て行く予定なんてないんだから、考えるだけムダだ」

「……未来のことなんてだれにもわからないよ」

「……出て行きたいのか?」

「そういうわけではないけど」


 アマネにとって、この“城”は永遠の場所なのかもしれない。


 そう言えば、追放された「新しい住人」も“永遠の城”と言っていた。それがどういう意味を持つのかまでは、今になってはもうわからないが、言いたいことはなんとなくわかる。


 生命が生まれることのないこの“城”は、恐らく生命が絶えることもないのだろう。


 この“城”はこの地に永遠にあり続ける。


 アマネも含めて、きっとだれもがそう信じているに違いなかった。


 でも、チカは。


「死んだら忘れられちゃいそうだね」

「ありえない」

「私が死んでも忘れないでね?」

「……縁起でもないこと言うな」

「でも、生けるすべてのものはいつか絶えるよ。変わらずにいられるものなんてこの世には存在しない」


 この“城”だって、その法則からは逃れられないと思うのだ。




 腹が満ちた感覚から睡魔が訪れる。チカがまどろみながらあくびをひとつすると、アマネは小さなため息をついて本を閉じた。


「お前の言う通りなら、変えられるのか。変えてもいいのか」


 アマネの声はチカには届かなかった。

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