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雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)

 ゴロゴロと鳴る音を聞いて、空の機嫌が良くないと思った。しかしこの“城”においては、天気の様子など日々の生活とあまり関係がない。


 “城”で生活を営む以上、洗濯という家事からは逃れられないことはだれにだって想像できる。しかしチカたちは“城”からは出られない。ではどこで洗濯物を干すか。


 地下である。


 この“城”の地下はどういうわけか異様に広く、高い天井には白熱電球らしきものが敷き詰められている。その電球らしきものが発する熱で洗濯物を乾かす。


 記憶を失っているチカなど、最初は半信半疑だったが、朝に干しておけば夕方ごろにはきちんと乾いているので、結局最近では深く考えないようにしている。“城”ではこういった不可思議な現象はつきものなのだ。


 そういうわけで外で空が鳴っていても、チカたちにはほとんど関係のない話だった。


 ただマシロはちょっと違う。雷の音があまり好きではないらしい。怖いというより不快なのだとはマシロの言葉で、不意打ちをされるのがイヤなのだそうだ。


 そんなマシロが地下の洗濯場にきていなかったので、珍しく思って居合わせたコーイチに問えば、


「あー……」


 と言いにくそうな声を出したあと、


「今は寝転がってる。()()()()が重くて」


 と簡潔に答えた。


 そういうコーイチの様子に、問いただしたチカのほうがなんだか気まずい。しかし謝るのもそれはそれでおかしいし、空気を悪くしそうだったので、「そうなんだ」とそっけなくも聞こえる声音で答えた。


 別に月経は恥ずかしいものではないのだが、シモの話題であるせいかチカからすると、頭では「恥ずかしいことではない」と思ってはいても、心には妙な気恥しさが伴う。それは、恐らくコーイチも同じなのだろう。


「アオが面倒見てる」


 コーイチはチカがなにかを言う前に、付け加えるようにそう言った。


 月経は生理現象であるからもちろんチカにもおよそ月に一度、一週間ほど訪れる。ササだってそうだし、マシロもそうだ。


 しかしマシロは月経がいわゆる「重い」ほうであったので、一ヶ月のうち一度ほどは、丸一日ダウンしてしまうこともあった。そして今回はどうやらそういう日であったようだ。


 春の訪れを感じる日も多くなったが、今日は寒の戻りで“城”の内部は冷えていたし、季節の変わり目というのはどうしても不安定になりがちだ。


 今日の昼食はなるべく温かいものがいいだろう。それから洗濯物を干したあとで顔を見に行こう。チカはそう思いつつ、冷たく重い洗濯物を物干し竿に掛けていった。



「もー、ホントやだ」


 見た目の年齢の割には大人びているマシロも、月経のときばかりは年相応に幼くなるようだとチカは思う。


 ストーブを焚いた部屋の中はちょっとすれば汗ばむかもというくらい暖かい。


 コーイチやアオと暮らしているマシロの部屋の寝室のベッドは、やはりチカたちの部屋にあるものと同じくらい大きい。普段はここで三人が寝ているのだろうが、今はマシロしかいなかった。


 マシロはベッドに転がったまま、珍しく眉間にしわを寄せている。まるでアマネのようだと思ったところで、チカは彼ももっとほがらかな顔をすればいいのにとお節介にも思う。


「なんでこんなに痛いのかな?」

「体が小さいこととかと関係あるのかな」

「じゃ、この“城”にいる限りこの痛みからは逃れられないってこと?!」

「……そういうことになるね」


 どうやらこの“城”にいる限り、基本的に肉体は成長しないらしい。とは長く“城”にいるマシロが言ったことなのだが、それを忘れているのか、覚えていても言わずにはいられないのか、叫ぶように言う。


「理不尽だよ」


 それはどういったことに対して言われたのかはチカにはわからなかった。月経が女性にだけあることに対してなのか、マシロが特に症状が「重い」ことに対してたのか、“城”にいる限りなにもかもが好転しないことに対してなのか。


 おそらくすべてなのだろうとチカは判じたが、しかし返す言葉がない。チカにも当然月経はあるが、マシロのように寝込むほどの痛みはない。マシロよりも身体が成長しているほうだからなのかまでは、わからない。


 月経に個人差があるのは当たり前で、チカは己の症状が軽いことに後ろめたさを感じたりはしなかったものの、真にマシロの痛みを理解できるわけではないという思いもあり、言葉に困る。


「“城”にいる限り子供ができないなら生理もいらないじゃん。ねえ?」


 しかしマシロが言っていた「理不尽」と、チカが想像した「理不尽」は微妙に食い違っていた。


「生理のあいだだけ子宮だけ取り出せたらいいのに」

「……グロいよ」


 なんとなく月経からの連想で血が滴る臓器を想像してしまい、チカは思わずそんなことを口にしていた。


「でも、まあ、理不尽だよね」


 遠くでまるで空がうなずいたように雷が鳴った。しかしマシロの眉間のしわは深くなるばかりだ。


 そんなマシロの様子を見て、チカは昼食には体が温まるジンジャースープを用意しようと思った。

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