彼の話《3》
やぁ、また会ったね。
せっかく会えたんだし、なにか面白い話でもしようか。
う〜ん。そうだな……
そうだ、昔話をしようか。僕の最盛期の頃のお話。
今みたいに仮の体じゃなくて悪魔としての姿でいた頃のね。
その頃は人間の文明がまだ発達していなくてね。
学者とかほんのひと握りの人達しか文字が書けなかったから、僕の存在はほとんど記録されてないんだよね。残念ながら。
でね。僕は『蛾の悪魔』と呼ばれていた。
別に僕としては蛾でもなんでもなかったんだけど、人間の認識だと成虫の蛾に見えてたみたいだ。
ほんとはそんなざっくりした名前じゃなくて、もっとちゃんとした名前つけて欲しかったんだけど……当時は皆そう呼んでいたね。
夜中に飛び回ってね、鱗粉で人間達を幻想の世界に誘っていたんだ。
そうすれば、魔力を色んな地域の多くの人間から回収できるからね。
幻想に囚われた人はだんだん意識が無くなり、そのまま眠るように死んでしまう事が多かったかな。
優しいよね、僕。
血が流れたりとか苦しんだりとかしないから、安らかに逝けるんだよ?
僕としては悪魔の中でかなり優しい方だと思ってるんだけど。
で、そうそう。
そうやって暮らしてたんだけど、僕は人間の幻想からでしか魔力を吸収できないから、補給できる量は微々たるものでね。
今はそれで充分なんだけど、当時は魔力が強かったし全然足りなかった。
だから、弱ってきたら繭になって満月の夜まで待ってそこから孵化し直していたよ。
そうすればどんなに酷く弱ってても元通りさ。
成虫からまた繭になるのはおかしいって?
それは蛾という虫の生態の事だろう?
僕はあくまで君達から見ると蛾のように見えるだけであって、蛾じゃないよ。
ちなみに、たまたまうっかりそこを人間に見られてしまった事があってね。
不滅の蛾とか不死の蛾とか言われるようになったよ。
人間にとって蝶とか蛾が永遠の命のシンボルとか言われているのはそこかららしいよ。
おや、彼女が僕を呼んでる。めずらしいな。
ちょっと焦らしてみようかな……いや後が怖い、やめとこう。
一方的に話してすまなかったね。
なんだか話してるうちに懐かしくなってしまって。
それじゃあ、また。