アメリカとの付き合い方
――第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズヴェルトのふるまいを通じて考える。
本日、2020年11月3日は、一般有権者によるアメリカ大統領選挙。
日本とアメリカの東海岸との時差は約14時間、日本とハワイとの時差は約19時間なので、この文が公開される頃にはアメリカ全土で11月3日になっているはずである。
日本時間11月3日22:30時点では、アメリカ東海岸の一般有権者が投票日の朝を迎えている事だろう。
アメリカ大統領選挙には『選挙人』(※)による選挙が12月14日にも有り、その後2021年1月6日に第46代アメリカ大統領が正式に決定する予定である。
(※『選挙人』とは、名士や知識人とされる人間の中から選ばれる投票権者であり、一般投票で大統領・副大統領の組に投じられた票が、その組に投票する誓約をした選挙人に託され、選挙人による投票が実施される。
このような間接選挙になっている理由はアメリカ建国当時の識字率や情報通信技術・人種構成に由来し、現制度の改正を求める声もあるが、大多数のアメリカ国民は現制度を支持しているらしい)
奇しくも、1月6日は101年前(1919年)に第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズヴェルトがこの世を去った日である。なので、今回はセオドア・ルーズヴェルトのふるまいを通じて、「アメリカとの付き合い方」を考える。
セオドア・ルーズヴェルトは、当初は親日派であり知日派であった。
柔道家・山下 義韶(最終段位十段)から教えを受けた、アメリカ人初の柔道茶帯取得者であり、山下が海軍兵学校の柔道師範となる様に尽力した。
また、日本海軍元帥・東郷平八郎が日露戦争勝利から約3ヶ月後の連合艦隊戦時編成解散時に読み上げた『聯合艦隊解散之辞』に感銘を受け、その英訳文を軍の将兵に配布するほどであった。
更に、忠臣蔵の英語訳本(『47ローニン』)や新渡戸稲造の『武士道』を愛読し、自ら買った『武士道』を何人かの友人に薦めるほどであった。
これほどまでに親日であったセオドアであるが、日露戦争から年を経るにつれ、反日に転じていった。
後の1924年移民法(いわゆる排日移民法)のきっかけを作ったのも彼である。
理由は単純で、日本の台頭により、アメリカの覇権国家としての道が絶たれる事を嫌ったからだ。
セオドアは、あくまでも、アメリカの国益を第一に考えるアメリカ大統領であった。
(当たり前であるが、国家元首あるいは一国の首相は、自国の国益を優先するべきものである。
しばしば日本の国益に反する言動をした鳩山由紀夫がかつて首相になってしまった事は、大いなる災いであった)
歴史的に見て、アメリカは何かと言うと『ナンバー1』にこだわる国であり、ナンバー1の座を脅かす国が現れると、その国に対して敵意を露わにする。
セオドアの、親日から反日へのいっそ清々しいほどの掌返しはその典型であると言えよう。
日本が経済大国としてのナンバー1になりかかった時も、アメリカは敵に回った。
今までの歴史から、「日本が何らかの意味でナンバー1になろうとすると、アメリカが必ずそれを阻止しようとする」という経験則が成立する。
最近の2018年ですら、トランプ大統領が
「日本の安倍晋三首相や他の偉大な友人たちは『アメリカをうまく出し抜いてきた』とほくそ笑んでいる。そういった時代は終わりだ」と発言して、
国防条項を適用して日本に対する締め付けを強めようとしたぐらいである。
その後、2019年の終わりに中共が新型コロナウイルスを蔓延させた事により、アメリカの敵意の矛先は中共に向き、アメリカは日本との連携を再び強める様になった。
少なくとも今回のアメリカ大統領選挙は、オバマ政権時に副大統領として対中融和政策に加担したバイデン氏当選ではなく、反中のトランプ氏再選の方が、日本にとっても良い方向である事は火を見るよりも明らかだ。
少なくとも中共とロシアの脅威がなくならない限り、日米同盟は維持すべきである事は言うまでもない。
中共とロシアの脅威がなくなっても、アメリカが一枚岩である限り、「ナンバー1になる潜在能力を蓄えつつも、総合国力では敢えてナンバー2に甘んじる」というのが、日本にとって『生存戦略的には』最適だろう。
しかし、「アメリカとの対立を極力避けつつも、不幸にして対立せざるを得なくなった場合はアメリカを牽制し得るほどの国力を持たなければいけない」のもまた日本である。
どこぞの多重国籍売国議員の迷言「2位じゃダメなんですか?」は論外であって、取れる分野なら貪欲にナンバー1を目指さなければ、日本に未来は無い。