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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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がってんだい!

 役所に着き、戸籍謄本を取ることにより次のことが判明した。

 何と本当に俺、相川恭介あいかわきょうすけは、1か月程前に旧姓前田有希まえだゆき、現相川有希と言う女性と婚姻関係を結んでおり、同日付けでその配偶者の実子、花織を普通養子縁組で養女として迎えているらしい。いや、紛れもなく俺の子供として迎えているのだ。


 花織は4歳で、翌々月の9月には5歳になる。

 因みにその母(現、俺の法的配偶者)の年齢は24歳と俺と同じ歳であった。しかし、何をどう考えてみても友人、同級生の全てに心あたりは全く無い。

 この偽装結婚と言う事実を知った俺の心境は、もう花織の前では花織の母親に対して怒らないと決めていたのにも関わらず怒り心頭、興奮バリバリ。


 もちろん客観的に落ち着いて戸籍謄本を眺めていることが出来ず、安易に偽装結婚が出来てしまう現在の抜け穴のある届け出体制への理不尽さと、それを実際に行ってしまう人間がいると言う事実に、手にしていた戸籍謄本をぐしゃぐしゃに丸めてしまいたい衝動にも駆られていた。

 危うく役所の人間に対し怒りをぶつけそうにもなってしまったくらいだ。


 でも、でもだ。その下の欄の”養女”と言う文字が目に入った時に、俺は更なる怒りを覚えるどころか、それまでの怒りを一瞬忘れてしまい、安心感にホッとしてしまっていた。

 今、俺の左手を握っている小さな女の子は、紛れも無く法的には俺の子であって、俺はこの子と一緒に居ても犯罪者にならないと言うことが分かったからだ。


 とは言っても怒りが全て納まった訳でもなく、また、その反面安堵も事実であり、頭の中では相反するものが渦巻いて何だか冷静に判断がつかない。

 取り敢えず法的事実は把握したが、俺はこの後法的にどうすべきなのか判断がつかない。

 それに、頭の悪い俺にはこの偽装の真の目的が今一理解出来ない。一連の流れから考えると、この前田有希と言う女性が、花織を俺に押し付けるのが目的と考えるのが妥当なのだろうが・・・。


 しかし、それであれば何故婚姻まで偽装したのだろうか?

 それに、何故俺なのだろうか?


 親切に自分の分を記入した緑の紙まで俺に渡すと言うことは、俺に恨みがあったとも思えない。単に一時的な婚姻を結ぶ必要があったと言う事だろう。はっきり言ってこの辺の法には全く明るくないし、女の気持ちに至ってはなおさらだ。

 もちろん、もう花織を手放すことは考えもしていない。俺は昨日、この子のパパになると約束したばかりだ。

 どんなことをしたって俺がこの子を育てる決意に変わりはない。


 でも、差し当たって俺はこの後何をすべきなのだろうか?


 花織の母親である、前田有希と言う女性を探し出して、婚姻関係を無かったことにする様に訴訟を起こすべきなのか?

 そうだ、勝手に婚姻の事実を作られたのは絶対に許すことは出来ない。


 増して子供を捨てるなんて人間を放っておくべきではないだろう。本当の父親だって、探しだして責任を取らせてやりたい。

 だけど、本当の両親が目の前に現れたら、花織はどうなるのだろうか?

 無責任な親の元に返すことは絶対出来ない。それに、変に騒いだせいで施設行きなんてことになったら後悔してもし切れない。


 俺は役所のロビーの隅にあった椅子に花織を座らせて、無い知恵を絞った。頭を抱えた。腕を組んでみた。

 暫し考えてみた。


 その間、花織は俺の醸し出す何とも言えない空気を読んでいるのか、俺の回答を待つ様に脚をゆらゆらさせながら大人しくしている。すんごく偉い。


 偉くない俺は考える。

 よ~く考える、全てのことを考える。

 しかし、考えるも回答は出て来はしない。

 だが、回答こそ出なかったが閃いたことがあった。「全てのことを考えれ」そう、教えてくれた兄の存在だ。


 そう、自分の考えが自力で纏まらないのであれば、こんな時こそ身近の偉人、しばらく長期海外出張で顔を合わせては無かったせいですっかり頼ることを忘れていた兄に相談するのが一番である。


 そうとなれば早速連絡!と行きたいところだが、俺も曲がりなりにも独立生計を営む貧乏人。海外通話の料金を考え、長電話にならないよう頭の中で要点を纏めにかかる。

 口でぶつぶつ言いながらの反復練習。


 気が付くと、そんな俺を花織が不思議そうに見つめていた。俺と一緒に口を小さく動かしている。

 俺は「大丈夫だから」と言って花織の頭を撫でる。

 何が大丈夫なのか?俺の頭の中を小さな子が想像出来るはずもないのだが、何故か花織は動かしていた口を止めてニッコリ笑って頷いている。

 ホント良い子だ。


 足りない頭を絞り相談内容が纏まると、俺はスマホを取り出しさっそく兄に電話。兄の出張先はまだ日の出前のはずだ。ごめん兄貴。

 それでも、真面目な兄は少し眠そうに電話に出てくれた。


 俺の声を聞くと、その口調で何かあったのだと悟り、一瞬にして声がシャッキとする。その姿が俺の瞼にも浮かぶ。

 俺は電話料金を気にしながら、早口でこれまでの経緯と現状を伝える。彼女と別れたことも成り行きで喋ってしまう。


 きっと、俺の説明はところどころ不足したり時系列が行ったり来たりで、分かりにくいとはずだ。いつも会社の先輩や、友人から指摘される。

 でも、そこはさすがに偉大な兄。俺の話に全く驚きも動揺も見せず、半分ほど聞いたところで、質問を二つ三つ。

 それで兄はほぼ内容を掴んだらしい。

 更に通話料まで心配しているのだろう。俺の話を全部聞かない内に対応してくれた。


「大体分かった、俺からアイツには説明しておく。アイツに準備をさせてから、折り返すから少し待ってろ」

 そう言って、電話を一方的に切ってしまった。アイツと言うのは、兄の伴侶である義理姉の亜美さんのことであるのは聞くまでも無い。


 頭が良くて優しくて、しかも、良いとこのお嬢様なのに気さく&芸達者。更に心身共に機敏で強靭。兄とは、別の意味で頼れる義理姉だ。

 俺も現金なもので、兄と話したことで全てが解決したかの様に気が楽になって来ていた。実際、今まで兄に相談をして上手くいかなかったこと等、記憶にない。


 俺は待つこと約10分弱。兄から電話が掛かって来た。


「アイツに話したらな、”がってんだい!”だそうだ(笑い)。アイツのことだから、もう、動いてるはずだ。そうだなぁ、30分くらい待ってから電話するといい」


 30分と言う早さにいかにも義理姉らしいと、俺はちょっと笑ってしまう。

 花織も俺を見て何故か笑っている。分かるのだろうか?

 俺は役所にあるこじんまりとした図書コーナーで花織に絵本を見せて時間を潰した。


 そして、兄との電話を終えて、きっかり30分。兄のマンションの固定電話を呼び出した。


 ワンコールも待たずに何故か電話に出る義理姉。テレクラってこんな感じなんだろうかと思った俺は不謹慎だろうか?


きょうちゃん、凄いことになっちゃったわね」


 義理姉は俺のことを恭介の”恭”を取って恭ちゃんと呼ぶ。

 義理姉の声はどう聞いても、深刻とは取れない声音なのだが、別に興味津々ワクワクテカテカと言うわけでは無い。それは付き合いが長いからこそ分かっていることだけど、俺が滅入ってしまわないようにとの彼女なりの気配りのはずである。


「まあ、兄さんから聞いたと通りなんだけど。この後どうしたらいいんだろうて感じでさぁ」

 俺も義理姉に合わせて気楽な素振りをしてみせる。


「へ~、意外と冷静じゃない。ちょっと安心。取り敢えずね、親父おやじの知り合いの弁護士さんに相談してみたんだけど、慌ててどうこうする必要もないってさ。

 だから、一旦、うちにいらっしゃいよ。詳しいことを聞かせて。それから、一緒に弁護士さんに相談に行きましょう。午後1時からだったら少し時間が取れるって言ってたから」

 そう告げてから、義理姉は嬉しそうな声で、


「ねえ、女の子なんだって。4歳なんてかわいい盛りじゃない」

 甘えた声でそう言って来る。やっぱり、前言撤回することにする。不妊治療をしている義理姉はどうやら本当にワクワクテカテカの状況だったみたいである。

 因みに、義理姉は実父のことを親しい人の前では親父おやじと呼んでいる。

 実際、本人の前ではそう呼ぶ訳では無く、お嬢様らしく”お父さま”と呼んでいる。これは、義理姉ならではの照れ隠しなのかもしれない。 


 兄夫妻は現在、賃貸マンションに住んでいる。兄の海外出張が終えたら新築マンションを購入する予定で、3カ月程前までは義理姉も働いていた。

 今では目標の金額も貯まって仕事を止め、不妊治療と実益を兼ねた趣味に走っている。

 なんでも、何とかフラワーとか言うのを作り、フリマで売っているのだそうだ。

 と言うことで、俺は直ぐに頼もしい義理姉の元に、花織を連れてに移動することに。

 不妊治療中の義理姉には失礼なんだけど、花織を合わせる時の反応ががちょっとだけ楽しみだったりする。

 きっと、花織の可愛さに・・・。


 俺はすっかり余裕が出来、そんなことを考えていた。


<つづく>


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