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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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記念日は半分こ

 会社には最悪仮病を使おうとも思っていたのだけれど、思惑通りに有休休暇を消化することが出来た。

 早朝の携帯への連絡にも関わらず、快く計らってくれた上司には心の中で手を合わせ感謝の意。

 つくづく長期出張を頑張って良かったと俺は思った。


 まあ、元々は”元”となってしまった彼女のところに早く戻りたくて頑張っただけなのだけど、努力は何処で生きるか分からない。

 ともあれ、これで今日一日の休みは確保することが出来たのだ。となれば、まずは現状の法的状況の把握が先決である。


 その日の朝は、もう身軽な独り身ではないため、俺は早めに起きて出掛ける準備を開始。

 役所の始まる時間は午前9時。俺はそれに合わせてアパートを出ようと考えていたが、これが想像とは裏腹に意外と女の子に手がかかることは無く、午前8時を少し回った時には既に出発準備は完了してしまっていた。


 その日の朝は、目を覚ますと腕の中には可愛い小さいのが居て、しかも起きてからも俺の後をちょこちょこ付いて来たり、そこそこの会話も出来たりもする。

 それに俺は何処か温かく感じて、出会ったばかりなの幼い子供に、俺の生活は早くも一変させられていた。


 彼女に振られたばかりで、更に勝手に婚姻届を出されたのかもしれない踏んだり蹴ったりの状況であるはずなのに。それなのに、俺は何故か昨日までのことがまるで他人事の様にも思えていた。

 本当ならば、不安で一杯が当たり前の状態なのに。

 もしかすると俺は、まだ見えてはいない幸せをこの時から感じていたのかもしれない。


 役所までは徒歩の距離。まだ、出掛けるのはちょっと早い時間であった。

 でも、俺はどうしてもはやる気持ちを抑えられず、アパートを出ることにした。

 それに、心を落ち着かせる為にFCフランチャイズチェーンのコーヒーショップに寄りたい気持ちもあったし。

 実は前日の日曜日は、ヤバい人が来るのではとか、何処からか変な電話が来るのではないかと、ちょっとした物音にもビクついてしまい、とっても落ち着いていられる状態では無かったのだ。


 あと、早めにアパートを出た理由には、普段朝食をとらない俺は、すっかり女の子のための朝食の準備を忘れていて、食べさせてあげる物が無かったのもある。

 それに気付いた俺は、親としての未熟さに朝から一回目の反省となった。


 アパートから商店街を抜け、駅横の踏切を渡ると、直ぐにメイン通りにぶつかる。そこから、メイン通りを北に向いそこから役所まで子供の脚でも徒歩約5分と少々。

 予定通り、駅の直ぐ傍のトドールと言うコーヒーショップに入った。動物のトドのマークが有名なコーヒーショップだ。

 俺は会社に行くのが憂鬱な時などには、よくこの店を利用し、そこで自分の気持ちと表情を整えたりする。


 店内に入ると席は結構空いていたし、注文カウンターにも待ち客はいない。

 俺は真っ直ぐに注文カウンターに向かい、いつもは殆ど気にも掛けないメニューに目を向ける。そして、女の子に何を食べさせようかと隅々にまで目を行き渡らせた。

 しかし、俺はそんな時のひらめきに乏しい。何を食べさせれば良いのかさっぱり分からない。こんなことすら悩んでしまう自分に本日親として二回目の反省。


 まあ、でもこんな時はいっそ本人に選ばせればいいだろうと思い、視線をカウンターの遥か下に目を向けてみる。すると、笑っちゃうくらいに目を皿の様にして喰いついている姿を俺は発見してしまう。


 俺はその皿の先を辿ってみる。すると、どうもサイドメニューであるショーケースの中のチョコレートケーキやアップルパイの辺りであるのは、分かり過ぎるくらいに分かってしまう。

 ああ、そう言うことね・・・。そう思い、俺の方針は早、決定。


「どっちを食べようか?」

 俺は屈んで視線を並べた。


「???」


 女の子は、口をパクパクとするだけで、一向に言葉が出て来ない。今朝はあんなにお喋りしてくれたに。

 もしかすると、ただ見てるだけ?

 そう思い、確認してみることに。


「んっ、お腹が減ってないの?」

 俺の問いに首を横に振る女の子。

 あれ?視線の先のモノを食べたい訳じゃないのか?と思い、


「他のがいいのかな?」

 そう尋ねると、目を潤ませ堪えるように親指を噛む。どう見ても、それを食べたいとしか思えない。


 だったらと、取り敢えず俺が二者の内、自分の好きなアップルパイの方を指さして店員さんに声を掛けようとすると、「あっ!」と言いそうに大きな口を開ける。が、声は出さない。

 でも顔は完全に失望している。

 その表情で、何となく察して俺はショーケースの中のチョコレートケーキを頼んだ。


「これにしようね」

 そう言うと、


「かおり、今日お誕生日じゃないの。だから食べられないの」

 そんなことを言ってくる。


 ”ケーキ = 誕生日”かぁ、なるほどなぁと、子供の論理に感心しながら、


「大丈夫、今日はいいんだよ」

 って言ってみる。すると、


「でも、マ・・・」

 ”ママ”と言いかけて、唇を噛みしめ、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 俺に気を使っているってこと?

 俺は、ちょっと胸を苦しませるも、俺には何も返す言葉が無くてそこから逃避。ただ聞かなかったことにする。


 女の子は、堪えるように下を向いてしまう。

 それを見ると、

 やっぱ、生活、苦しかったのだろうか?

 一体どんな暮らしをしていたのだろう?

 そう思ってしまい、朝から泣かされそうになってしまう自分がいる。だが、そこはグッと堪える。


 朝は、幾ら会社に行きたくなくても爽やかな顔でいなければいけない!と言うのが俺のモットー。

 本当は人前だからって理由の方がかなり大きいけど、ここは理由の大小は問題ではない。

 俺は何としてでもチョコレートケーキを食べさせたくなってしまい、ちょっと俺も頭を使ってみることに。

 要は誕生日じゃないとケーキは食べられないと言う、母親から言われた縛りがこの子にはある訳で、ってことは他の必然性ってやつを考えればいいことになる。ならば、


「今日はさぁ、かおりちゃんの誕生日じゃないけど、”記念日”なんだよ。だからチョコレートケーキを食べてもいい日なんだよ・・・」

 俺はまじめな顔で大きく頷いて続ける。


「・・・そう、食べなきゃダメな日なんだよ。だって、”記念日”なんだからさ」

 あっ、名前で呼んでしまった!しかもひと前でパパとまで・・・何て思いながら少し熱く感じる顔を、せめて表情には出さないようにと体裁を作ろうとする俺。つい、説得に一所懸命になって言ってしまった。


 横目で顔だけなじみの店員さんの様子を窺うと、俺の言葉にちょっと驚きの顔を見せた後、優しい目で見守ってくれている。

 そんな目で見られたらいつもなら恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまうのに、なのに今日は何故だろう?

 もちろん恥ずかしい気持ちもあるし、きっと顔は赤くなってるのだろうと思う。でも、それよりも優越感を感じてしまったりしている俺がいる。


「きねんびぃ?」

 花織は、不思議そうに首を傾げる。ここからは”かおり”と呼ぶ。


「そう、かおりちゃんが、このお店に初めて来た”記念日”だから、いいんだよ。記念日は、誕生日とお友達だから。

 そうだ、記念日だからパパと半分こずつ食べようか」


 本当は、親子になった記念日と言いたかったんだけど、店員さんの目があってさすがにそれは口に出せない。

 それに、これから二人の記念日をたくさん作るには、この方が良い口上のような気もする。店員さんも嬉しそうだし。


「きねんびは、はんぶんこぉ!」

 花織は、目を輝かて周囲に笑顔を振りまく。

 それに店員さんも笑顔を返し、さらに半分ずつにしたケーキを乗せる為に小皿を1枚用意してくれた。

 あと、俺は自分用のアイスコーヒーと花織が飲むミルクを追加。

 二人掛けのテーブルで、片側が隣のテーブルまで続く長椅子になっている席を選択すると、その長椅子側に横並びに座ることに。

 花織にはテーブルが少し高過ぎるので、俺の補助が必要だからだ。


 早速、俺はあからさまに大きさを違えて、チョコレートケーキを二つにわける。もちろん、大きい方を花織にあげるためだ。

 二つに分かれたチョコレートケーキ。その大きい方から目を離さない花織。よっぽど好きなのだろう。そう思うと、俺も何故か興奮。


 さて、それではと大きい方のを花織の前に置こうと皿の縁を掴もうとすると、花織はいきないり小さな手を握り、大きく振り出した。そして、



「ちゃ~んけ~ん」


「えっ?」

 行き成りの行動に出遅れる俺。


「ちゃ~ん、け~ん、ぽん」


 俺に再トライを命じてくる。

 俺は、皿を掴もうとしていた手を離し、何だかわからないまま慌ててそれに合わせる。


 すると、そこで俺は訳も分からず勝ってしまった。すると、しょんぼりとして、自ら小さい方の皿に手を伸ばす花織。

 そこで、俺はじゃんけんの意味を理解した。


 ってことは、もしかすると俺のところに来る前は、二者選択は母親とも同等にじゃんけんをしていたのだろうか?

 それとも、俺を思いやっての自主的行動だろうか?いや、それは、いくら何でもないだろう。

 でも、どっちにしてもこのじゃんけんと言う民主主義は俺には切な過ぎる。

 俺は、じゃんけんに勝ってしまった運の悪さに、親として本日3回目の反省。この場の対処を考えようと、頭を・・・いや、考えるまでも無い。

 だったら、我が家の政治体制を仕切る家長である俺が変えればよいだけのことなのだ。


「かおりちゃん、パパのうちではさぁ、じゃんけんに勝った方が好きな方を選ぶんだよ。だから、パパが好きな方を選ぶね」

 その言葉に少し期待をしたのか、花織は大きい方のケーキに視線を移しジッと見つめている。


「ん~パパは、今朝はあんまり食べたくないんだよな~」

 何て、小芝居をしながら俺は小さい方の皿を自分の前に寄せ、大きい方を花織の前に置く。

 すると、花織の大きな黒目が、太陽の光のように輝いて、俺はそれだけでお腹一杯。


 因みに、これがきっかけで我が家に”記念日法”と言う法令が制定されることとなった。

 記念日には花織の好きなモノを頼み、俺と半分ずつにして食べる。

 もちろん、二者選択の優先権はじゃんけんの勝者である。


<つづく>


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