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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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卒 業2

(兄さんの声だ?

 いつ戻って来たんだろう?

 全然知らなかった


 何か話してる?

 誰と?

 お医者さんのようだけど

 と言うことは、俺は病院に居るのか・・・


 何で?

 俺はどうしたんだっけ?

 あっそうだ、俺は倒れたんだ

 駅の前で倒れたんだ


 あれっ、そう言えば花織の声が聞こえない

 花織は?

 花織は居ないの?)


 

 花織が俺にくれたものは、何故か大きなぬいぐるみだった。

 3歳児くらいはありそうな、うさぴーと言うキャラクターの大きなぬいぐるみ。


 それには名札が付いていて、書かれている名前は”うさぎしゃん”。

 花織が我が家に来た時に呼んでいた、そのキャラクターの呼び方だ。


 その日、俺はその”うさぎしゃん”をベッドの枕の横に置き、ベッドに横になるとそれを見つめながら一日を振り返った。

 花織が傍に居るような、そんな温かさを俺は感じていた。

 また一つできた思い出が、俺の心を満たしていた。


 でも、疲れていた俺はいつの間にか眠りについていたらしい。

 心地よい心そのままに。

 朝までぐっすりと。

 俺は眠っていたのだった。


 その翌日のことである。

 いつもなら休みであっても朝食の時間に遅れることのない花織が、その日は起きて来なかった。

 「珍しいな」とは思ったが、受験、卒業式にそのお祝いと立て続いたし、昨日だって二人で散々歩き回ったのだ。いくら元気な花織だって疲れが出たのだろう。

 そう思い、俺は暫くは起さずにそっとしておくことにした。


 しかし、30分経っても、一時間たっても花織は起きては来ない。

 次第に俺は心配になって行った。

 そこで、悩むくらいならと思い、記憶にないくらい久しぶりに花織を起しに部屋へと向かった。


 コンコン

 ・・・。


「かおり」

 ・・・。

 ノックをしても、呼んでみても返事が無い。


「かおり・・・」

 ・・・。

 再度呼ぶも何の反応もない。部屋の中からは物音すらも聞こえてこない。

 それから何度か呼ぶも、俺の声が廊下に響くだけ。

 本気で心配になった俺は、慌てて花織の部屋のドアを開けた。


「かおりっ?かおり!」

 日頃から奇麗な部屋が、更に奇麗になっている。

 人のぬくもりが消え去っているのを感じる。

 俺は、視線を直ぐにベッドに移した。

 そこは、ホテルのベッドの様に掛け布団が皴一つなく奇麗なまま。

 部屋の中に花織の姿は無い。

 俺は慌てて部屋に入った。


 6畳程度の部屋だ、見回すまでも無い。

 俺は直ぐに机の上にある封筒に気が付いた。


 ”パパへ”

 封筒の中央には、そう書かれてある。

 嫌な予感が全身を走り抜け、俺は慌てて封を開けた。


―――

 パパへ

 昨日のプレゼントは、財布に付けました。

 パパ有難う、凄く嬉しかった。


 花織は、お家に帰ることにしました。

 パパと暮らした毎日、凄く楽しかったです。

 落ち着いたらママとお礼に伺います。


 麻緒さんに伝えて下さい。

 もう、麻緒さんが一番だからと。

―――


 

 花織は家を出て行った。

 俺に短い手紙だけを残して。

 短いけど、俺はそれで理由の全てが理解出来た。ただ、理解は出来ても納得はいかない。


 体の力が抜けて行く。

 全身の血液が抜けて行くそんな感じがした。

 頭が混乱して上手く働かない。

 でも、動かなきゃ、考えなきゃ。そう思って真っ先に頭を過ったのが、 


 そうだ、花織は大学はどうする気なのだろう?

 そのことだった。


 あんなに頑張って合格したのに。努力も、夢も無下にしてしまうのだろうか?

 花織はそれでいいのだろうか?

 本当であれば、来月からは晴れてリケジョになるはずであったのに。


 花織には新しいステップが待っていたのに。

 なぜ?

 何が良くなかったんだ?

 追って、俺の頭に後悔が襲って来た。


 俺と麻緒の間では、既に来年結婚を約束したいたのだ。

 こんなことなら、先に話すべきだった。

 話してしまうと、あからさまに花織の為に結婚を伸ばしていたと言わんばかりとなってしまう。だから、敢えて俺は兄が俺に対して取った様に、花織が大学に入って少し経ってから結婚することにしていた。

 俺は花織の気持ちも知らずに。それが当たり前であるかのように決めつけてしまっていた。

 

 俺のせい。

 俺が鈍感なせいだ。

 何年、花織のパパをやってんだよ。そう思った。

 今更ながらと、自分のバカさ加減に腹が立った。

 

 悔しい。ただ悔しかった。

 他でもない自分の至らなさに・・・。


 この時の花織は家を出るギリギリまで普通に暮らしたかったらしい。

 家を出ることを前提としない、日々を送ることを望んでいたらしい。

 だから、頑張ったことが事実上無駄になっても、自分が目指していた大学の受験をすることを選んだのだった。

 例え希望の大学に行くことが出来なくても、可能であった事実だけさえあれば満足出来る。そう思って。



(あっそうか、花織は居ないんだ

 俺のせいで花織は出て行ってしまったんだ

 そっか、出て行ったのだった・・・)



 俺は自分の頬を叩き気を取り直すと、直ぐに家を出た。花織を探しに。

 何の当てもなかった俺は、取り敢えず駅へと向かった。


 今のところ唯一の手掛かりは、手紙にあった「ママのところ」、それだけだ。

 一体、ママって誰のことなのか?

 その時の俺は、まだ前田有希が花織の前に現れたことを知らない。


 駅舎内を探し回った後で、義理姉に電話をした。行き先に心当たりが無いかを確認してみる為に。

 義理姉は一呼吸入れると、まず俺に落ち着くように諭してくれた。

 そして、花織のことで手掛かりのなり得る知ってる限りのことを教えてくれた。だが、義理姉の心当たりと言えるどころは、全て俺の知ってることばかり。

 俺は、何かわかったら連絡をすることを告げ、肩を落とし電話を切った。


 義理姉の実家、本庄家にも一応連絡を取ってみた。でも、やはり俺の知らないことを知っているはずも無い。

 それでもご夫妻はとても心配してくれて、別途手を尽くしてくれることを俺に告げてくれた。


 その後に麻緒にも連絡をしようとしたが、それは思い留まった。

 麻緒に話せば俺に伝わることが花織は分っている。だから花織がその手掛かりになることを麻緒に話す訳が無い。

 それに、人一倍気を遣う麻緒はきっと責任を感じて自分を責めてしまい、いつまでも当たり構わず探し続けてしまうだろう。

 だから俺は、麻緒に告げるのはもう少し後からにすることにした。


<つづく>


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