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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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血の繋がり以上の2

 兄との二人暮らしの日々も過ぎて行く。

 やがて、俺が高校3年生になる春がやって来た。丁度、両親が再婚した時の兄と同じ歳である。

 あの時の兄から比べると、なんとも頼りなく仕上がってしまった俺。そんな俺でも、進路を決めなければならない時は平等にやって来てしまうのだ。


 俺と兄の生活はすっかり安定していたが、それとは正反対に元々優秀でなく&勉強嫌いの俺の成績は芳しくない。

 当時の兄と俺との差は歴然としていた。

 持って生まれたモノがからっきしにも関わらず、目標も持たず漠然と過ごしていたのだから、それも当然の結果と言える。


 しかしそうと分かってはいても、流されるままに身をどっぷりと浸たした俺は、何の行動へも移せないでい日々を送るのみ。

 そんなある日のことである。

 俺は、兄から祖父母の家に行くことの誘いを受けたのである。


 忙しい兄と一緒に出掛けることは珍しく、何かあるのだろうか? と内心、俺は不安に思っていた。

 しかし、それも祖父母の家に到着すると祖父母の雰囲気で、その理由がを直ぐに理解することが出来た。


 その意味することろ、それは、他でもない差し当たっての俺の進路、高校卒業後のことであった。


 その時の俺の現状では、自宅から通える国立大へ通うことはどう逆立ちしても、転がっても無理の極みであった。

 恥ずかしながらその可能性については、その場の全員の脳裏を掠めることも無く暗に一致。

 しかし、俺は専門学校や私立大なんて兄の負担になることは考えもしていなかった。となると、自ずと高校卒業後の進路は就職と言うことになる。

 俺もそれに対して何の異論も持ち合わせてはいなかった。


 実際、兄と兄の彼女を見ていた俺が大学生活に憧れていなかったと言えば嘘になるが、それが身分不相応だとは何となくは感じていた。


 ところがである。それに強い気持ちも無い俺に、兄は「何処でもいいから大学には行け」と言ってくれたのである。


 その言葉が、俺には正直嬉しかった。顔は綻んでいたと思う。

 何の努力もしない俺の進路に対し、兄はてっきり無関心だと思っていたから尚更のことである。


 でも、俺はそれに素直に従えなかった。

 これ以上、兄に無理をさせる訳はいかない、そう思った。

 それは、偉大な兄の言うことが絶対に正しいと思っていてもだ。だから、


「いいよ、俺、働くよ」

 そう口にしていた。すると、兄は


「金か?」

 端的にそう聞いて来た。


 祖父母は、その時まで頷いて話を聞いているだけで、兄に任せっきりであった。後で考えると、兄と祖父母の間では、既に話は済んでいたのだろうと思う。

 しかし、今まで何も言わなかった祖母が徐に立ち上がりその場を離れると、少し経って戻って来た。手に一冊の小冊子のようなものを持って。


 そして、それを祖父が受け取ると、俺の前に差し出してくれた。

 見ると、それは預金通帳であった。

 俺はそれをドキドキしながら開いた。


 すると、そこにはたった1行だけの切りのいい数字だけが印字されていた。

 それは卒業までにかかる学費くらいは充分の金額であった。


「オヤジとオフクロの残した最後の金だ。これは、お前が使え。俺はオヤジのおかげで大学に行けたし、今がある」


 兄の言う”最後の金”と言うことは、父の生命保険が降りたお金だと、俺もそれは直ぐに理解した。


「あなたが使うことを息子も、望んでいるはず。お母さんもね」

 兄に続いて、祖母が口を開いた。


「それが、お前の親孝行だと思うよ」

 祖父が優しく続いた。 


 涙が出て来た。それを隠す為に下を向くには、俺は俯くしか無かった。

 入金の欄に1行切の記帳だ。俺のために兄も祖父母も一円も使わなかったと言うことになる。

 俺は、肯く以外のことができない状況までお膳立てしてもらっていたのだ。

 これ以上ない幸せ者だ。俺はそう思った。


 それから俺は自分に与えられた幸せを噛み締め、大学進学を目指すことを決意した。

 あの時の兄のようとは言わないまでも、テスト前日意外に勉強などしたこなかった俺が、ほぼ毎日、とはいかないまでも週五日は机に向かった。と思う。

 問題集も初めて買ってみた。


 なのに、そこからが情けない。それなりには頑張ったつもりではあったが、あがり症の俺はここ一発に弱過ぎる。志望大にはことごとく落ちてしまうこ結果に。

 そして、唯一の合格はまさかの為の滑り止めのFランク大。

 浪人なんて出来ない俺には、そこに進学する以外の道は無かった。

 情けない結果であった。


 ただ、そんな俺なんかでも兄は俺の合格をもの凄く喜んでくれた。当時、兄の彼女であった義理姉と一緒に、自宅でお祝いまで開いてくれた。

 その時、兄の元を離れ一人暮らしになる俺に対し、兄ははなむけの言葉を贈ってくれた。

 その言葉が、今でも俺の座右の銘となっている。


「全てに全力を注がなくてもいい。全力はそうは続けられない。ただ、全てのことを考えろ。終わってからでもいい、考えろ」


「うん、分かった」

 その時、俺は余り意味も考えずにそう応えていた。

 今思うと、兄は”考えること”を常に意識しているのだろう、振り返るとそう感じる。

 ただ、兄の場合は、俺よりも相当長く”全力”を出し続けられるのは間違いない。なので、そこは俺の性格と能力を考慮した上で、”無理をし過ぎるな”と言う意味をアレンジしての言葉だったと思う。

 そして、兄は更に続けて、


「生活費は心配するな。だが、遊ぶ金は自分でバイトで稼いで欲しい」

 そう言ってくれた。


「うん」

 俺は申し訳なくて頭を下げた。兄はそれに微笑んで続けた。


「これから、お前には大義名分の4年間が与えられた。

 意味は分かるな。

 後は自由にしろ。有意義だったと、後で思えるのなら俺はそれで嬉しい」と。


 ”大義名分の4年間”俺はその意味を噛みしめた。Fランクではそれなりの就職先に就くことは厳しいだろう。

 仮に多少のコネがあっても大企業はまず無理だろう。

 その時、俺はそう思っていた。

 だから、兄はきっと、4年間を使って自分の道を自力で切り開けと言ってるのだろう。そう理解した。


「今度は、見ててくれよ。同じてつは踏まないから」

 俺の昂ったその場の言葉に、


「たとえわだちを踏んでも絶えろ、転ばなければいい。それが必ずしも失敗となるとは限らない。別の道へのチャンスかもしれない」

 俺の性格を見抜いている兄は、冷静にフォローを入れてくれた。


 俺は兄の言葉を噛みしめた。それ以上言葉が出なかった。

 その場の緊張した空気で、俺は背筋が伸びる思いだった。

 すると、そんな場を和ますように一呼吸おいて兄の彼女が一言。


「大学ではね、可愛い女の子に沢山出会うわよ。どうする~。

 もしね、いい女性があなたに思いを寄せているのが分かったら臆することなく攻めるのよ。そして、掴み取るの。決して恥ずかしがったらダメ。躊躇ったらダメよ」


「でも、それ、俺の勘違いでストーカーと間違われたら・・・」

 要らぬ一言を言ってしまう俺。


「もう、”気持を”ってことよ、気持ちを攻めるの、擽るの。犯罪はダメよ。

 ”勘違い”かもしれないって空気を読むのも大切だけど、ちょっと慎重すぎるのもね。

 読もうとし過ぎるとね、返ってドツボってことが多いのよ。

 間違ってたら、分かった時点で知らんフリすればいいの」


 いかにも体育会系の彼女らしい発言で、兄は思わず噴いてしまい、彼女に怒られた。

 今の俺なら気づけるのだろうけど、あれは、神妙になってしまた俺への、単なる気遣い。重く考えすぎるなって言うことだったと思う。

 兄は、それに気づいた上でワザと噴いたのだろう。


 それからの大学四年間が楽しく有意義に過ごすことが出来たのは、その時の二人の温かい言葉と、息の合った即興の小芝居に和まされた影響が多分にあったと俺は思っている、今でも。


 

 因みにその二人は、それから一年後に入籍の運びとなった。


 驚くことに、兄と兄の彼女(ここから義理姉と呼ぶ)の馴れ初めは、二人とも人生初の合コンであったらしい。

 そして、それ以来二人は合コンには行ってないと言っていたので、最初で最後の合コンと言うことになる。

 そこで、二人が出会ったのは、まさしく運命と言うものではないだろうか。


 なぜ石より堅物の兄が合コンに参加したかと言うと、当時大学3年生で女っ気の無かった兄は、友人に面白半分に騙されて連れて行かれたらしい。

 また、当時音大の1年生で合コンの話を全く受け付けようとしなかった義理姉も、こちらも友人に内輪のパーティーだと騙されて連れて来られたそうなのだ。


 超硬派な兄。それと、箱入りで音大なのに何故か心身共に体育会系、更に当時は初心で堅物の義理姉。

 この騙された二人は、合コンではほぼ口も開かずのままだったらしい。

 取り敢えず合コンは最後までは参加はしたものの、空気を読まずに二次会には不参加。別々で帰路に着くことに。


 しかし、偶々その帰りに二人は駅で再開。

 合コンで殆ど口を開かなかった二人だったが、運命のイタズラが話を弾ませた。お互いに恥ずかしがりながらも、意外にもメールアドレスの交換までしてしまうことに。

 でも、硬派でシャイな二人は、その後お互いにメールをするには至らず仕舞い。


 ところが、再び運命のイタズラが起こる。他界した父に言わせればキューピーのイタズラと言うことになる。


 翌春、再び二人は運命のイタズラの餌食となり、偶然にも同じ駅で出会うことになる。

 メールを出し損ねた二人は、互いに後悔をしていたのだろう。そこからは互いに積極的となり、まもなく交際が始まることに。


 しかし、そんな二人の交際も長くは続かなかった。

 それは俺のせいである。その夏に兄が俺を引き取ることになったからだ。


 別れは、明確な理由も無く兄から一方的なものだったとのことだ。

 真面目な義理姉は、そんな真面な理由も無く別れを告げられたことには相当に憤慨。義理姉も意地で数カ月間は連絡をしなかったらしい。更に、義理姉はそこから酒豪の道に。


 ところが、ある時昼間っから酒が入って酔った義理姉は、今までの鬱憤が弾けてしまい、我慢しきれずにその勢いで兄のアパートまでまっしぐら。

 だが、既に転居後で撃沈。


 しかし、そこから体育会系の義理姉の心に猛火が付いた。

 会社帰りに兄を待ち伏せし、そのまま尾行。まんまと居所を突き止める。

 だが、俺の存在を知りびっくり仰天。頭を冷やすために日を改める。


 冷静になった義理姉はまずは真相を究明をしようと、俺にコンタクトを取ることに方向転換。

 見事に当時小学生の俺を丸め込み、歳の差友人の立場をゲット。内情を知るに至る。

 そして、何だかんだあって義理姉は、俺を経て兄との交際復活。

 以降、そのまま兄と義理姉は交際を続け現在に至ることに。


 これは俺の推測だが、多分、二人の結婚は俺が高校を卒業するまで待っていたのだと思う。

 更に、卒業して直ぐに結婚しては、俺の為と言うのが見え見えになるで、敢えて一年の期間を開けたのではないだろうかと思っている。

 ある日、それを兄と義理姉に、それとなく相当遠まわしに探ってみたが、偉大な彼らは俺如きの策略に引っ掛かることは無かった。

 なので、その真相は闇の中のままだ。


 以上がこれが俺と兄とのつながりの経緯となる。


 父母が他界してから、兄が俺にしてくれたこと。それに、義理姉や祖父母がしれくれたこと。

 この恩の大きさや、彼らの取った行動の一つ一つが、その後の俺に大きく影響したのは間違いない。それからの俺は、この受けた恩は当人たちに返すことは勿論のこと、俺は次の誰かに繋げなければならないと感じるようになってい行ったのだ。


 もしかすると、次に”繋げる”ことはその”返す”と言う表現とは違っているかもしれないけど、その気持ちを持つことが、人が共存する中で大事なことだと俺が思うようになったのは間違いない事実である。


 あの暑い日、俺は目の前で俺のことをパパと呼ぶの女の子とは、きっと運命で繋がっていたのだと思う。

 あの時、付き合っていた彼女とは残念ながら繋がることが出来なかったが、それは、その時の運命だったのだろう、俺はそう思ている。


 だから、その時俺は繋げられる運命を大切にしようと思ったのだと思う。いや、絶対に花織を幸せ一杯に育てたい、心からそう思ったのだと思う。

 まず、何より、誰より可愛かったし・・・。


<つづく>


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