反抗期(そして)
これは、麻緒から聞いた話なのだけれど・・・。
花織の夏休みも間もなく終わろうとした土曜日の午後のことである。
休日を家で過ごしていた麻緒の元に、花織が一人で訪ねて来たらしい。
それを聞いた俺は、その珍しさに、
「いつぶりかなぁ?」
そう尋ねてみると、麻緒は少し考えて、
「3年ぶりくらいかも・・・」
そう応えた後で、
「早いよね・・・ううん、長ったかも」
しみじみとそう訂正した。
俺は麻緒の様子で、その内容に大方の見当が付いてしまったのだが、何も言わずに麻緒の話を聞くことにした。
麻緒はその日は運よく朝から掃除や洗濯やらで、偶々一日家に居たとのことである。
そんな中、滅多に鳴らない呼び出し音が鳴る。
麻緒がモニタを覗くと、そこに立っていたのはいつもより一回り小さく見える花織で、ドアに向かって俯いたまま。
その雰囲気に、今日はクレームじゃないことが直ぐに分かり、それには正直ちょっとホッとしたらしいのだけれど、いつにないその雰囲気に少し心配にもなったらしい。
カギを開け、ドアを開けた麻緒は、務めていつもの笑顔で
「いらっしゃい」
麻緒がそう言うと、
「ごめんなさい」
と、前屈運動家と思うぐらい頭を下げる花織。
「どうしたの花織ちゃん?」
「・・・」
何か喋ろうとしているのか、口が少しだけ動いているのだけど、声になって届いては来ない。そこで、麻緒は、
「取り敢えず入ろっか、ねぇ」
家に上がるように促してみる。しかし、らしくもなくモジモジして家に上がる気配も無ければ、帰ろうとする訳でもない。なので、
「一緒にケーキ食べてくれないかな~。昨日買った時は、食べれると思ったんだけど、余っちゃって」
偶然、昨日買ったロールケーキが余っていたので、咄嗟にそれを食べることで誘ってみたらしい。
ケーキは花織の大好物。そのケーキの力が大きかったのかどうかは定かではないが、麻緒が花織の手を取り、軽く引き寄せてみると花織は躊躇いながらも、麻緒の住むマンションに上がったのだそうだ。
麻緒の住む賃貸マンションは、三階建ての独身用の1Kタイプ。
マンションと言うよりもアパートに近いと俺は思うのだけど、建物名にマンションと入っているのだから、そこは先に名乗ったもの勝ちということで、俺もマンションと呼んでいる。
部屋の広さはキッチンを除くと恐らくは9畳程度。なので、それ程広くない部屋には大きなソファーを置くことが出来ない。
そこで、麻緒は小さなテーブルと二人掛けのソファーを置いていて、俺が訪ねた時はいつもそこに並んで座るのがお決まりのスタイル。
因みに俺はそのソファーの狭さがお気に入りだったりもする。
麻緒は花織をそのソファーに座らせ、麻緒も紅茶を淹れ終わると、テーブルを挟んで向かい側にクッションを下に座ったそうだ。
「どうしたの、食べないの?ケーキ。花織ちゃん、好きだよね」
麻緒の問いかけに頷くだけの花織。
「花織ちゃん、来てくれて嬉しいな」
そう話し掛けても、黙ったままの花織。そこで、麻緒は近々の話題を振ることに。
「楽しかった、別荘生活は?」
もちろん、既にの時の内容は俺から麻緒に伝えてある。問題が無いように多少掻い摘んではいるが・・・。
「うん、まあ・・・」
「そう、いいなあ、行きたかったなあ。新しい別荘、凄く豪華な造りなんでしょ」
それにも、頷くだけの花織。
「お盆はさあ、休みが交代制になっちゃってね、その話聞いた時は、もうお盆は出勤が決まっちゃってたんだよね。その代わり今がお盆休みと合わせた5連休なんだけどね」
その麻緒の言葉に、
「ごめんなさい、気を使わせてしまって」
そこで、花織がやっと自分の気持ちを声にしたそうだ。
「えっ?」
「麻緒さん、私に気を使って行かなかったの分かってます」
「いや、そんなんじゃ・・・そんなんじゃないんだよ、ほんとに」
そうは言ったものの、「バレてるよな」と麻緒も思ったので、何と言って良いか分からず言葉を選んでいると、
「ごめんなさい、私、誤解してました・・・」
花織がそう謝って来たそうだ。そして、それに続いて、俺が柔井沢高原からの帰り道で花織に話したことを麻緒に話したらしい。
花織の実の母親の前田有希には一度も会ったことがないこと。
法律的に、婚姻届けが一方的出されていたこと。花織が養子になっていたこと。
なので、俺の離婚と麻緒は何も関係が無いこと。等々。
「そっかー・・・でも、旅行は楽しかったんでしょ」
「うん、まあ・・・」
「それならオッケー。ホントはね、無理すれば行けたかもはしれないんだけどね。花織ちゃんが楽しかったなら、良かったなって」
麻緒は敢えて花織の誤解には触れなかったらしい。それよりも、花織の口から直接楽しい旅行ではあったことが聞けて、本心から嬉しかったようだった。
「うそ!なんなはず・・・ない」
「ホントよ。これはホントなの」
「なんで?パパと行きたくないの」
「それは行きたいけど、行こうと思えばまた行けるしね、それに・・・」
麻緒は次のことを話したらしい。
俺があの日帰りの車の中で、花織のことを一番と言ったことに合わせて、麻緒は、花織に自分は俺の二番目でいいんだと話したらしい。ただし、それは「今限定」の注釈付きで。
「私一番が好きなの。でもね、一番を夢見るのも好きなの。
一番になったらもう、その夢が見れなくなるの。二番ってのはね、その夢も見れるし、この先一番にもなれる可能性もあるの。
両方が得られるかもしれないのよ。
先があるって素晴らしいでしょ。
一番を目指して攻めるのみなの。守りに入らないでいいし。
そこまでの過程を楽しまなきゃね。
そして、最後は一番。絶対その内一番になってみせるからね。
最後は一番じゃないと・・・。花織ちゃんの夢が叶って、そして、彼氏が出来た後に」
そう話したらしい。そして、
「それにね、実は、私の今の一番は、花織ちゃんのパパじゃないの。
こ・れ・は、内緒だけどね」
「えっ!?」
俺ではないことに、花織はとんでもない顔を見せて来たらしい。
それは俺も一緒で、それを聞いた俺は花織以上に引き攣っていたかもしれない。
麻緒は、そんな俺の表情を楽しんでから話を続けた。
「それはね、花織ちゃんなの」と。
麻緒はそう言ったらしい。それで、その時の花織の反応が気になった俺は、
「花織はどうしてた?」
そう聞くと、
「泣いてた。泣かすことなんて、何も言ったつもりないんだけどね」
そう嬉しそうに話してくれた。でも、その後で、
「あっ、内緒って言って、話しちゃったぁ」
麻緒はそう言い笑っていたけど、俺は安心で泣きそうになってしまった。
その権利も、まだギリギリ俺にはあると思う。あの夜は危なかったけど・・・。
その日、花織は家には帰って来なかった。
麻緒の家で遅くまで話していたので、そのままお泊りすることになったからだ。
俺は、それに辻本乃里のことをどのように話されるか少し冷や冷やしたけど、結局、麻緒のご機嫌が変わらなかったので、花織は余計な味付けを加えなかったのだと思う。
その後、どんな話をしたのかは分からないけど、きっと、その夜は花織にとって感慨深いものになったに違いない、俺はそう思う。
人を受け入れる心の大きさは、受け止められる想いの深さによるのだと感じたことと思う。
俺はその一夜を二人の心に託し、不安な思いで過ごしたのだけれど・・・。
<つづく>




