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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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反抗期(理由1)

 俺が別荘に戻った時には、既に正午を過ぎていた。そこから急いで別荘の掃除を行い、それが終わると直ぐに帰る準備を始めた。

 俺は今朝早く起きて、殆ど帰る準備は終えていたので、花織の帰り支度を待つことに。

 その間のことである。俺は彼女に呼ばれて外に出た。


 その彼女が、割とあっけらかんとした顔で俺に申し出て来た。


「5万円でいいんですけど、貸してもらえないですか」

 予想はしていたものの、余りにもあっさりと言い放つその言葉に驚く俺を、彼女はお茶目な笑顔で見つめて来た。

 でも、その場違いなお茶目さが逆に俺に断る決意をあっさりとさせてくれた。


「悪いけど、貸せないかな」

 そう言うと、今度は

「バッグが無いから家に帰るお金が無いの。3万円でもいいの」

 と今度は色っぽく。


 もちろん俺は、

「ごめん、お金は貸せないけど、家までなら送って行くよ」

 そう応えた。


「お願い、明日からどうやって暮らせばいいか・・・」

 俺の腕に触れ、甘い声でそう言う。

 仕方が無いので、俺は、


「そうだよね、これからバッグを捜しに行こうか。それに、見つからなかったらスマホやカードも止めないとならないだろうし」と。


「でも、財布にもお金が無いの。ホントなの信じて」

 さっきは、バッグを持っていかれたからお金が無いと言い、今度はバッグが戻ってもお金が無いと言う。

 そもそも探しに行こうと言う問いかけの応えにはなっていない。


 そこで、俺は吹っ掛けてみた。

「お父さんからお金は借りられないの?」

「前にも言ったと思うんですけど、うちはずっと母子家庭で・・・父は私が小さい頃に亡くなってるんです」

 今にも泣きそうな雰囲気で俯く彼女。


「あれ?お父さんは、入院したんじゃなかったっけ?」

「あっ、それは前の父で、その~、今の父が・・・」


 そこまで言って、彼女は自分の過ちに気づいたらしい。

 父親は小さい頃に亡くなってずっと母子家庭と自分で言ったばかりである。であれば今の父とは何者なのか。

 そもそも父親が入院していると彼女が告げたのは、俺ではなく、畑中さんにである。


 ここで、俺は畑中さんに電話をかけ呼び出した。

 彼は既に少し離れたところで待機してもらっている。

 電話をすると、彼は2、3分後には俺たちの前に姿を現した。


 彼女はそれに一瞬驚くも、腹がどれだけ座っているのか、直ぐに平然とした顔になり、近づく彼に嬉しそうに微笑み出した。

 そんな彼女に一切の表情も見せずに、彼は彼女の前まで行くと、落ち着いた声で静かに話し出した。


「色々分かっちゃったんだ。お金それなりにはあるだろ。結構高家賃の高いマンションに住んでるし、あのキャバクラだったら、結構お金、もらってるはずだよね」


「そのマンションは友達ので、私は居候させて住ませてもらってるの。それに、私、専門学校に行ってた時の入学金を借金していて、それが残っているの。信じて、だからお金に困ってるの」

 いやいや、彼女の話を訂正させてもらえるならば、あなたは高級マンションに居候してるのではなく、狭いアパートでもう7年暮らしているはずである。

 話の腰を折らないために黙ってはおくが。


「そのお金はもう、貸したはずだよ。それに、少なくても他に2人居るよね。そうやってお金を無心してる人。過去にも居るようだし」


 彼がそこまで言うと、急に彼女は声を荒げだした。

「うそ、それは私じゃない!違う人!信じてよ、ねえ」


「何を信じても、信じなくても結果は一緒なんだ。バッグもワザと忘れたんだろ。俺に追いかけさせるために。

 でも、残念ながら、シートから落ちていて家に帰るまで気が付かなかったよ。俺にとっては幸いだったけどね。

 あと、同棲してるのも分かってるんだ。パチンコ好きの彼氏とさあ」


 彼がそう言うと、彼から借りることを諦めたのか、再び俺の方に向き直る。そして、


「お願い、相川さん、信じて。5万円でいいの、貸してくれないかなあ」

 金額が、3万円から5万円に戻っている。

 そこに、帰る準備をしていた花織がいつの間にやって来たのか、その話を聞いて顔を真っ赤にして声を上げた。


「パパはお金は貸せません!お金はそんな簡単に貸せるものじゃありません!

 私が無理に泊めて欲しいってお願いしたから。だから。どうしても必要なら、私が貸します。今、5万円は無いけど、5千円だったら・・・それだけあれば、少なくても家に帰ることくらいは出来ると思います・・・私の責任だから」

 もちろん、花織にお金を貸さなかればならない責任はないのだけど・・・。

 それを聞いた彼女は、


「5千円・・・・?少なっ」

 小声でそう呟くと、大きくため息を吐いた。花織にはそれがどう映ったのか分からないが、俺にはそれが諦めに見えた。

 もしかすると、彼女は男にはこれでもかと言うほど執着するが、女性を敵に回すと弱いタイプなのかもしれない。

 きっと、花織の言葉で彼女は諦めたのだと思う。


 彼女に必要なのは、継続的に貢いでくる金蔓。一回きりの数千円のお金が欲しい訳ではない。

 花織が居る限り俺を金蔓にするのは無理だと分かったのだと思う。そして、彼女のことを調べ上げた畑中さんに対しても。


「駅まで送ってもらえますか?」

 彼女は俺にそう告げ、以降は俺には何も話し掛けることは無かった。


 結局、その畑中さんが彼女を駅まで送り、彼女は自前で帰路に就くこととなった。

 実際のその後のことは分からないが・・・。


 俺と花織も、彼の車を見送った後、後味の悪いままに帰路に就くことに。

 それでも、その時点で俺は花織と昔のような関係に戻れている。それが俺の目的であった訳だから、結果オーライでなのである。


 これが明日以降も続けば良いのだけど・・・。

 その時、俺はそう思いながら別荘を後にした。

 そんな気持ちで我が家に戻る途中であった。疲れて眠ったと思っていた花織が、いきなり思いつめたように真剣な声で俺に話しかけて来た。


「パパ、ごめんなさい。私が無理を言ったばっかりに」

 花織はずっと、いつその言葉を言おうかタイミングを窺っていたのかもしれない。


「花織はなんにも悪くないよ。

 ほら、どっちにしても、あの晩は泊めない分けには行かなかったしさ。それに、昨日まで楽しかったのは、彼女のおかげもあるとパパは思ってるんだ」

 花織と幼い頃の様に笑って過ごせたのは、彼女の力は大きかったと俺は素直にそう思っていた。


「パパは、最初から乃里さんこと、あまり気に入って無かったでしょ」

「ん~まあ、半信半疑だったけど、胡散臭さは感じてたかもね。

 ほら、辻本さんはバッグごと財布とスマホを失くしてたでしょ。

 花織ならどうする?あんなに平気で居られないでしょ。色んな紛失物の手続きもあるし」


「うん・・・そうだよね」

 それ以前に、一番最初の会話が、あの暗闇で置いて行かれた状況の中で、”置いて行かれた”ことを”捨てられた”と言う言葉遣いをしたことだ。

 そこに俺は何かウケ狙いみたいな部分を感じ、ちょっと普通じゃない感覚だと、そもそも違和感を持っていた。


「パパさぁ、夜にベランダで一緒にお酒を飲んでた時もずっと距離を取って相手してたでしょ。それも同じ理由なの?それとも真緒さんが居るから?」


 なんか今日の花織は、随分はっきりと迫って来る。俺は、少しビビりながらそう思ってしまう。

 それよりもこの口ぶりだと、あの夜、花織は俺と辻本乃里のこと結構長い時間見ていたと言うことになる。こっそりと。 

 それを聞いて、再び「ホント何も起こさなくて良かった~」と心で叫ぶが、そんな素振りは微塵も見せずに、


「ん~、麻緒のこともあるけどさ。でも、それは一番じゃないかな」

「えっ?じゃあ、一番は何?」


「パパはさあ、花織との楽しい旅行をしたかったんだ、ずっとね。ほら、花織が受験とかあって行けなかったからさあ」

 花織はそれを聞いて暫くの間黙っていた。

 もちろん、それは本音。父親になったあの日に、花織が独り立ちするまでは花織のことが一番と決めたのだから。


 そして、今回改めて。


 もちろん、麻緒のこともそうだけど。

 あと、あのお酒を飲んだ夜に、一時の感情を抑えられた理由としては、畑中さんからの「彼女の色っぽい接近には気を付けて。特に、お金に関する話を聞いてきたら、それは返さない借金をする為の伏線だからと」

 そして、「そんな時の彼女は目を大きく見開いてくる」とその忠告があったことも欠かせない。


 でも、それより何より、彼女が前田有希を俺に思い出させたこと。

 それが、俺を一気に覚めさせた気がしないでもないが、まあ、それは花織には内緒にしておくことに。

 ともあれ、いくつも理由があって何が一番とは順番は付けられないけど。それだけ彼女には胡散臭い部分が多かったと言うことではある。


<つづく>


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