反抗期(思惑1)
翌日、この旅行最終日のこと。
早起きした俺が、湖に向かって散歩をしていると花織が俺の後を追いかけて来た。
「パパ、おはよう。昨日、乃里さんと何を話してたの?」
いきなりそう言うと、花織は俺の腕にしがみついて来た。
数年ぶりの距離感に、娘とはいえ心臓が高鳴ってしまう俺。
そして、別の意味でも。
どうやら前日の行動が花織に見られていたらしいのだ。
とは言っても、それを笑顔で受け止められる俺がここにいる。
良かった、ホント良かった。「有難う俺の理性!」と、「危なかったぁ~!」と空に向かって叫んでしまいそうになるが、それは微塵も顔には出さず、俺は心の中だけに留め冷静を装う。
ただ、俺撫で下ろした俺の胸は2cmくらいは下がっていたかもしれない。
「んっ?ただの世間話だよ。それより、辻本さんと随分仲良くなったみたいだね」
平然と流せることに誇りを感じる俺。でも、一応話は逸らしておくことに。
「うん~、まあ、そこそこにね」
「なんか、今度買い物に行く約束してなかった?」
「まあ、そうなんだけど・・・」
すっかり辻本さんを気に入ってしまったと思っていたのに、何かそのトーンも低く感じられてしまう。
初め俺は、花織が辻本乃里に簡単に心を許したことを、麻緒への対応との違いに不思議に思っていた。
でも、何か花織のこの変わりようを見ていると、単に山道で捨てられた彼女への同情と、麻緒への嫌悪からの反作用だったのかもしれないと思ってしまう。
俺は、人と言うのは複数を敵にすることは避けようとする傾向があると思っている、何処かで敵を作れば、違うところでは出来るだけ仲良くしたいと。
それは、気持ち的な部分だけでなく、本能的にもそうだと思っている。生物が自分を守る為の行動として。
多分花織は昨夜見た彼女から、それを覆すに足る何かを感じ取ったのだろうと思う。
もちろん彼女との会話を何処まで聞き取ったのかは不明ではあるのだけど・・・。
「パパさぁ、午前中はちょっと人と会わなきゃならないんだ。直ぐに戻るから辻本さんと留守番しててもらえるかなぁ」
「うん、いいけど。知り合いが居るの?」
「一昨日、買い物している時に偶然会ったんだ。昔、お世話になった人に」
「ふ~ん、そうなんだ・・・。分かった、湖畔でも散歩でもしてる」
「ごめんな」
「いいよ、もう凄く楽しかったし」
それから20分も湖畔を散歩しただろうか、俺と花織は朝食の準備の為に別荘へと戻った。
戻ってみると、辻本乃里が爽やかな顔で朝食の準備をして待っていた。
彼女は、俺とすれ違いざまに、
「昨日はごめんなさい、少し酔ってしまったみたいで」
そんなことを言って来た。
昨日は俺も酔ったせいか多少危なかった、いや、かなり危うかったけれど、一晩経ってみると「その場の雰囲気って大きいな」と感じてしまう。俺の気持ちはすっかり元に戻ってしまっている。
でも、彼女は昨日の夜のことで、俺との距離を縮められたと思ったのかもしれない。俺にはそんな耳打ちに思えた。
それに、昨日は用意するのを控えた朝食の準備をしていると言うことは、無粋に考えるとそれなりの手ごたえを感じたとも受け取れる。俺の錯覚かもしれないけど。
そう思うと、なにか甘く見られている気がして、俺の本音は更に彼女から遠ざかっていしまう。
そんな気持ちを抱きながらの朝食を終え、少し休むと花織と辻本さんに留守番を頼み、俺は畑中さんとの待ち合わせ場所に向かった。
その場所は、柔井沢駅前のカフェ。駅前に来るのは、これで三度目。そんなに広い街並みでは無いので場所は直ぐに分かる。
到着すると、そこは二階建ての大きなカフェであった。
陽ざしの入る明るい作りが、ちょっとチェーン店ぽい感じもするが、避暑地には似合っているのかもしれない。
中に入ると、まだ午前中と言うこともあり、男性一人の客は一組のみ。
その男性は、入り口から見て一番奥側の並びではあるものの、見やすい場所に座っていた。
お互いの洋服を教え合っていたので、俺にはそれが畑中さんであることが直ぐに分かる。
「畑中さんですか?」
「はい、そうです。わざわざすみません」
俺の問い掛けに、彼は立ち上がって笑顔で応えてくれた。
年齢は30代後半くらいだろか?
顔を見るだけで人の好さが誰にでも分かる感じで、ただ、失礼ながら女性にはモテないのは想像がついてしまうタイプの人である。
「いえ、とんでもない。私も気になってましたので。
まずは、その探している人の確認をしたいのですが」
「そうですね、分かりました」
そう言うと、彼はまずスマホを取り出し、収めていると言う彼女の写真を見せてくれた。スマホにはかなりの数が保存されていたが、数枚の確認でその探し人が辻本乃里で間違いないと、俺は確信が持てた。
それでも、一応彼女の年齢と特徴等を聞いて見たが、それにも相違点は見られない。
「どうですか?」
「ええ、間違いないと思います」
「そうですか、それは良かった。彼女は元気なんですね」
「はい、元気ですよ。かなり」
つい、皮肉を込めてしまった。それに苦笑いする彼。
それで、彼は俺の現状をそれなりに掴んだのだろう。
「彼女に忘れて行ったバッグを渡したいので会いたいのですが、恐らくご一緒なんですよね」
そう聞いて来た。
頭の回転の良い人だ、俺はそう思った。
でも、俺まだそこでその質問に答える程、彼を信じてはいないし、彼も同じであるはずだ。特に、彼は今の俺と辻本乃里の関係も色んな意味で疑心暗鬼であるに違いない。
だから、彼は当然見ず知らずの俺にバッグを渡すことを頼まないのだ。
それは俺も当然のことと思う。
俺としても当然、訳の分からない人間を無責任に連れて行くことは出来ない。
「その前に、失礼ですけどまず彼女との関係と経緯をお聞きしても宜しいですか」
まず、彼女のことを教える前に、ます彼女との関係を聞くことにした。
「それが当然だと思います。まず関係からお話します」
無駄に説明をしなくても良いのは話が早い。彼は何の疑問も待たずに、早速、俺の質問に応えてくれた。
<つづく>




