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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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反抗期(下心VS上心2)

 その後も記憶に残らないような他愛もない話ばかり。なのに、時間はあっという間に過ぎて行く。

 それは、彼女との時間が俺にとって楽しい時間であったと言うことに他ならない。

 きっと、くすぐられ続けで膨らみ始めた煩悩が、その時の俺の感性を飲み込みかけていたからなのだろう、そう思う。


 話し始めて30分くらい経った頃には、二人でワインボトルも半分くらいは開けていた。

 その頃になると、彼女の瞼は重そうにトロ~ンし出して、体は気怠そうに手摺に預け始めた。

 暗いせいなのか顔が余り赤くは見えていなかったので、その仕草が俺には意外に見える。

  

「私、顔に出ないんですけど、お酒弱いんです。

 弱いんですけど、でも好きなんで飲んじゃうんです」


 本当に酔っているのかどうかは俺には不明だ。でも、どちらにしても酔ってるアピールの言葉には変わりはない。

 女性がその言葉を発したことに、何らかの意味を受け取ってしまうことは、そんなにおかしなことではないはずである。一般的には。

 

 ご多分に漏れずそう思った俺も、彼女の体を支えたくなってしまい、彼女に向かって一歩前に踏み出そうと・・・。


 ・・・してしまった。のだけれど、寸でのところで俺は何とかそれを踏み堪える。

 俺の心臓の鼓動は、頭にまで響いているのが分かる。

 彼女の雰囲気と相まって、俺の心は彼女の言葉に飲み込まれそうになっていた。


 会ったばかりの見知らぬ女性の神秘さ。

 その女性が手の届くところに居る距離間。

 Tシャツにはち切れそうなショートパンツ。

 手摺に体を預けることによって、押さえつけられたTシャツが胸の膨らみを強調している。その容姿が作り出す雰囲気に抗うことが俺には難しくなって来ていたのだ。

 もし彼女の言葉が一般的な範疇ならば、一体俺には何処までが許されるのだろうか?

 そして、何処からが越えてはならないことなのか?

 彼女にとって。

 頭のなかでには、彼女に触れたい自分で埋め尽くされてしまっている。


 しかし、それに反して未だ何か躊躇う気持ちが、モヤモヤとした気持ちが、未だ俺の中ではくすぶってもいる。

 俺は、何のためにデッキに出る前に腕立て10回に腹筋10回をしたのかを思い出してみる。

 思い出してみるも、もう、何でそこまでしたのかが今一ピンと来ない。

 もちろん、その行為を行った理由は分かるのだけれど。


 今、自分の一番欲しているモノが何なのかも、曖昧になって来ている。

 でも、それが拙い事だとは分かっている。それは感覚的では無く、記憶として。

 

 つい数時間前までは、辻本乃里を魅力的とは思っていなかったはずである。

 であれば、これはアルコールの仕業だけなのかもしれないし、ただの男の本能だけなのかもしれないのだ。

 いや、それとも元々彼女の持っていた魅力に今まで俺が気づかなかっただけなのだろうか・・・。


 もっと彼女を酔わせてしまいたい。

 もっと近づきたい。

 気持ちは大きく揺らいでしまっている。

 その揺れが心地よい。はっきり言って。


 俺がそんなことで頭が埋め尽くされていた時であった。

 俺を目覚めさせるような物音が、花織の眠る隣の部屋から微かに聞こえた気がした。

 その音で俺は、前向き過ぎる自分が居ることにハッと気付いた。


 反射的に拙いと思った俺に、辻本乃里を捜している畑中さんが電話で教えてくれた、あの言葉が咄嗟に頭の中で蘇った。

 それで、俺は「こんなところで、花織や俺を信じてくれている麻緒を裏切る訳には行かない」そう思い直す。


 俺は何度も畑中さんが教えてくれた言葉を頭の中で復唱する。

 そして俺は純情派に成り切っているのだと言い聞かせる。

 部屋を出る時にそう決めたはずなのだ。

 きっと、今は正気ではないのだ。


「お酒が弱い比べだったら、俺も負けない自信があるけど」

 葛藤の末に、なんとか彼女の攻撃を交わす言葉を、俺は絞り出した。


「じゃあ、これ一本開ける頃には二人で酔っ払いですね」

 デッキのテーブルの上に置いたワインのボトルを指さし、彼女が暗闇でも眩しいくらいの笑顔を俺に向けて来る。

 どうやら一本開ける気でいるらしい。それも、俺と一緒に。


 次から次へと俺を惑わすその言葉。買い被っていなければ、この先のことは、俺次第の雰囲気になっている気がする。

 俺がその先の色んなことを握っていると思うと、再び快楽追求への欲望が湧き上がってしまう。

 彼女に触れたいそんな気持ちを抑えることで一杯一杯。

 花織だって、今は隣の部屋で疲れて眠っているのだ。起こしさえしなければ、無かった事も同然なのだ。そう、見つからなければ。


 そこからは俺と彼女ではなく、俺の持つ二つの頭の戦いとなる。色んな意味で。


「そうしたら、明日帰れなくなっちゃうよ」

 迂闊にも誘発させる言葉とも取れる言葉を選択してしまう俺。

「それもいいかも」

 敢えて誘発と捉えることを選択したのか、そう応える彼女。


「えっ?」

 上目遣いの彼女に、不覚にも頭の先から声を出してしまう俺。

 乗って来てしまったことに驚きながら、喜んでいる自分が居る。もう、自分の意思が何なのか分からない。


「もっと此処に居たいなあ~なんて。だって、相川さんと居ると凄く楽しいし」

 気持ちを持っていかれることが、そんなに悪い事なのだろうか?

 そんな俺の本能が、俺をそう誘惑してくる。

 

 気が付くと、少し前よりもさらに彼女が接近している。

 その距離30cm足らずのホットディスタンス。最初は1m以上はあったはずだ。

 ジリジリと俺に接近していたのは、偶然なのかそれとも・・・。

 彼女に触れたい、肌で感じたい、そんな気持ちが疼き出す。


「相川さんの回りには沢山の女性が居るんでしょうね。凄く優しいし、それにカッコいいから。

 奥さんと離婚されてから、今まで再婚しなかったのは、どうしてなんですか?

 あっ、私なに言ってるうんだろ。こんなこと聞いちゃってごめんなさい」


 離婚したのは花織が話したのだろう。

 彼女の意図は分からない。だけど、俺としては”離婚”と言うその言葉で、前田有希の不愉快だった行動が蘇ってしまう。

 幼かった花織を苦しめたあの行動を。

 俺の知っている女性の怖さの中で、一番だったあのことを。

 俺はあの時から花織のことを常に一番に考えて来たのだ。


 俺はその言葉で少し現実に引き戻された気がした。辻本乃里の持つ世界の中から。


 今、俺が彼女の肩を抱いたとして、彼女はどんな対応をするのか?

 俺には、凄い興味がある。

 でも、”興味”と考えるその時点で、俺の心はそれなりに正気に戻されて来ているのかもしれない。


「モテないですよ職場でも、ぜんぜん。花織が今回一緒に旅行してくれただけでも感激するくらいですから」

「も~う、謙遜ばっかり。女性の少ない仕事をされてるんですか?」

 その言葉の言い回しが、表情が、目の輝きが、仕事先聴取に聞こえてしまう。


 少し落ち着き始めた俺は、少し盛ってみたくなってしまい、


「すみません、人には言えない仕事、と言っても危ない仕事じゃないですよ」

 と言って試してしまうのは、俺の悪いところなのかもしれない。


「わ~、気になる~」

 思っていた以上に気を持たせた言葉になってしまった。


「法律関係とか官公庁だったりして、憧れちゃうなあそんな仕事。そんな仕事って、年収も良いんでしょうね、きっと」

 そう乗って来てしまった彼女。ついさっきまで、トローンとしていた目を大きく見開いて。

 それで、一気に先ほどまでの気持ちが、嘘のようにちょっとした気の迷いの様に思えてしまう。

 異常だった血液の流れも落ち着き始める。心臓の鼓動だって響いては来ない。


 その言葉は、電話で畑中さんが教えてくれた一言”彼女に対する忠告”まさしくそのものであるから。

 そして、その仕草も彼が電話で言っていたそのものだから。


 そもそも俺はここに何のために来たのか?

 それは、もちろん花織との関係の修復。

 俺が今一番欲しているは何なのか?

 少し前までのような花織との暮らし。


 俺がもし、此処で・・・していたらどうなるのだろうか?

 花織に対して、麻緒にだって。それを想像しただけで、真夏の夜なのに一瞬寒気のようなものを感じてしまう。

 それに耐えられる訳が無い。


 どうしようもなく一時の快楽を欲する俺がいるのは事実。それに、捕まってしまいたい欲望が働いてるのも事実。

 対して、この先の長い時間を考える俺も居る。大切な人の気持ちを考えられる自分も戻って来ている。

 どちらが大切なのか、どうするべきかは今更考えるまでも無いこと。


 花織が一番であることは変えられない。

 少なくとも花織が一人立ちするまではガッカリさせる人間になる訳には行はかない。

 そのことが俺に取って一番であることを、改めて強く感じてしまったから。

 これから迷うことが、もう無い自信が俺にはある。彼女のおかげで。

 俺はそう思った。


 結局、この後俺はそれを支えに、少年漫画の清純派の主人公の様に、彼女の色香かから逃れることに何とか成功。

 ワインも、4分の1程度を残して。

 

 自室に一人戻った俺は、ベッドの中で「多分、”柔井沢の夏の陣”と呼ばれるだろう」とか、「歴史的な勝利となって良かった」とかくだらない言葉で自分を誤魔化し、少しだけ、いや、かなり残念な気持ちは心に収めることに。

 俺は、そんなことを考えてる内に、いつのまにか枕を抱いて眠りについていた。 

 

<つづく>

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