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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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反抗期(下心VS上心1)

 花織の用意した朝食は、ハムエッグにトースト。それにコーンスープ。

 それを三人で食している間に、俺は今日の予定を二人に伝えた。

 俺が立てた予定では、今日は湖に注ぐ川でのアドベンチャー体験。

 それなりの料金は掛かるが、この際一人分多い出費は目を瞑ることに。とにかく花織の心にケチをつけることだけは避けなければならない。


 朝食が済むと、混まない内にと直ぐに現地へ向かう。

 現地に着き受付を済ますと、そのまま講習へと。それをが終わると早速出発。

 まずは渓流をひたすら進み、天然ウォータースライダーに滝壺へのダイブ。その後、ラフティングを熟すと、時間は午後三時。肉体の疲れと笑いの疲れで、疲労はMAX。

 陽ざしの暑さと水の冷たさ。それと、怖さ半分爽快感半分を存分に味わった。


 花織と辻本乃里は、目を合わせて「キャッキャ、キャッキャ」と騒いだり、大声をだして叫んだり。終始ヘラヘラと笑っての大盛り上がり。


 そんな様子を見ていると、何故花織の麻緒への気持ちが変わってしまったのか?

 反抗期だとしても、何故に麻緒に対してが一番キツイのか?

 余りに違い過ぎるその対応に、俺には不思議に思えてしまっていた。

 彼女と麻緒に何の違いがあるのか?

 つい最近までは、ヘラヘラ笑って接していたのに。

 俺には遠い昔のような気がしてしまう。


 そんな予定していたイベントも全て終え、別荘に帰ると花織は相当疲れた様で、寝室に入り夕食前の遅い昼寝。俺はと言うと、リビングから暮れかかる空を眺めながら、一人和んでいた。

 すると、花織と一緒に寝室に居たはずの彼女が、俺のところにやって来ると、いきなりの謝罪を始め出した。

 どうやら、昨夜、花織が我が家の事情を話したようである。


「ごめんなさい、最初、花織ちゃんの呼ぶパパって、あっちのパパかと思って、私、相川さん、若いのに援交してるんだ。って思っちゃってました」

「フッゥ、そんな風に見られのは、もう慣れっこですよ」

 軽く噴出した後にそう応えはしたけど、本当はちょっと違う。

 確かに誤解はされるけど、ロリコンとか、少女を騙しているみたいに見られることが殆どで、相互に了承の援助交際に間違われたのは初めてかもしれない。


「凄く若く見えちゃって、本当のパパには見えなくて。ホントにごめんなさい。

 でも、今はホントのパパって分かって、若くて素敵だなって思っています」


 何か、聞きようよっては年配の人だったら援交が珍しいことではないようにも聞こえないでもない。

 そんなことよりも、花織が本当のパパだと言う認識で話していることに、俺は内心大喜び。辻本乃里の評価も上げてしまいたい気持ちに。

 もちろん、この喜びは唾液と共にグッと飲み込み、微塵も表したりはしない。これ以上、花織に対して威厳が無くなってしまうのは父親として避けたいし。


「・・・私はパパが歳をとってからの子供だったので、一緒に出歩くのがあまり好きじゃないんです。だから、若いパパっていいなと思っちゃって、なんか花織ちゃんが羨ましいです」


 あれっ、これって今のことだろうか?現在進行形的な言い方に俺には聞こえた。

 確か母子家庭と聞いていたはずだ。

 まあ、両親が離婚しても親子には変わらないから、おかしくはないとも言える。俺はそう思い、何も言わずにそこは聞き流した。


 俺が聞き上手だったからなのか、次第に彼女は個人的な事も俺に話し出すようになっていた。

 当然、若い女性が近づいて来ることに男として悪い気はしない。

 俺の中でも、彼女に対する警戒感が薄らい行ったのかもしれない。


 そして、夕食も終え、それぞれが部屋に戻った後のことである。

 コンコン

控えめにドアをノックする音が俺の寝室に響いた。

 その音に「まさか・・・」と俺の心臓が高鳴る。


 花織であれば、ノックと一緒に俺を呼ぶはずである。いや、その前にドタドタと足音が聞こえるはずである。

 でも、その声も足音も聞こえては来なかった。いきなるのノックである。

 と言うことは、何れかの「まさか・・・」としか思えない。

 

 その何れかの一つは、極力避けたい霊的なもの。

 そして、もう一つは現実的な、一昨日、ここに来る時に霊的なものと見間違えた、あれなのだけれど。果たして・・・

 そう思いながら俺はドアを静かに開けた。

 期待と、何か恐れている気持ちが入り乱れながら。


 開けたドアの向こうに立っていたのは、見慣れたTシャツに、見慣れたショートパンツ姿。でも、着こなしがいつもとちょと違う。

 その違いに、脳での認識よりも先に、心臓の鼓動が自動的にパワーアップ。

 俯き加減の顔を上げると、それはもちろん花織ではなく、それを借りて着ている”まさか”の方。現実的な後者の方であった。


 花織はスリムな体型をしている。

 Tシャツの方は、花織が余裕のある物を着ているので、多少の体型の違いは、誤差の範囲として飲み込まれてしまう。だが、ショートパンツはそうはいかない。

 彼女にとってはかなり小さい様で、前から見ても鋭角に切り込んでしまっている。恐らく後姿は、それなりな状況が想像できでしまう。


 丸顔なのと胸とヒップから、ぽっちゃりタイプだと思っていたが、ウエスト辺りではTシャツがゆらゆらと揺れているところを見ると、意外とウエストは細いようだ。

 日中見ていたはずの脚も、改めて見て見るとそれほど太くはなく、ほど良い脂肪が柔らかさを強調してくれる。


 一瞬にして、彼女に対する”少し胡散臭いかも”と言う俺の印象は、”かなりエロい”に抜かれてしまいそうな勢い。

 更にお風呂上りなのか、本庄家の高級ボディーソープが俺の嗅覚を惑わしてくる。

 これはとっても拙い。


 そう思った俺はその色香から逃れるようにと、不自然にならない程度に極力距離を取り、視線を明後日の方向に外すことに。

 客観的にみると、きっと、おかしなことになってるのだろうなとは思いつつ・・・。

 俺は、極力彼女の容姿が目に入らない様に気を付けながら、


「花織は?」

 と尋ねたところ、彼女の話では、日中騒ぎすぎたせいか、部屋に戻ると直ぐにに寝てしまったとのことであった。

 こんな時の俺の精神の支えは、充電中に入ってしまったらしい。


 それを知った俺の頼りは、もう心の中の花織のみである。

 目の前の彼女が、この後何を言い出すのか?それに対し、心の中の花織で立ち向かうことが可能なのか、そこが問題である。


 無難な言葉であることを願ったり、願わなかったりしていると、

「ごめんなさい、何か目がさえて眠れなくて。あの~、晩御飯の時にお話ししていたワイン何ですけど、少しだけいただいても宜しいですか?」

 俺に投げかけられたのは、難題に属するものであった。

 確かに話の流れで、義理姉の父である本庄家のご主人から飲んでも良いと言われたワインの話をした記憶はある。


「ワインセラーの一番上の段であれば、どれを飲んでも良いですよ。酔わない程度にね」

 事無く終えようと、引かれる後ろ髪に反発して、何とかそう言うと、

「あの~、もし宜しかったらご一緒に、どうですか?」

 そう、俺を誘って来た。


「一緒に?」

「ダメ、ですか?」


 目尻を下げて、懇願するようなその誘い方が、鋭い矢となり心臓に突き刺さる。それに出血するどころか、俺の血は瞬時に倍増。それを処理するための心臓の鼓動は5割増し。これでは、断る言葉も出るはずがない、男として。

 どうすればいい?

 ここで・・・

 ただ、充電中とは言え花織も一緒だし、もちろん、ここから遠距離とは言え麻緒のこともある。一方、心の中の花織は黙して語らず。


 そこで出て来た心の声は妥協の産物。

 「飲むだけならば問題なし」

 俺は自分を信じ、彼女を二階のデッキに先に行くように促した。

 こんな状況下でも、咄嗟に部屋の中を避けるだけの理性を持っていたことに感動。

 今日の俺の脳のコンディションが良い方なのかもしれない。


 一旦、一人になった俺は窓を全開にする。そして、そこから腕立て伏せ10回に、腹筋10回を熟す。

 邪念を少しの汗と疲れで発散させ、これから起こりうる事象に対し、合理的に考えられるように思考を整理。

 続いて大きく息を吸うこと2回に、頬を軽く叩く事3回で精神統一。

 これで、気分は少年漫画の初心な主人公。清純派に変身したと思い込む。

 そして、「大丈夫」と言い聞かせた俺は気分一新、爽やかな心で、いざ出陣。


 その俺が部屋から出ると、彼女はベランダから笑顔で手を振って来た。

 見ると、既にワインとグラスと笑顔の準備は済んでいる。

 遠目から改めて見る彼女の姿は、見事なまでの美しい曲線で、つい俺は見とれてしまいそうになる。

 やはり、丸顔なだけで体はそれ程太くはない。ただ出ているところの主張が強いことで俺が勝手に思い込んでいただけのようであった。


 俺は、彼女の待つデッキに出ると、

「一人じゃ飲み憎いですよね。

 少しだけ、付き合います」

 そう言って、清純派の俺も彼女が注いでくれたワインを口にした。


 二階のデッキで夜風に当たりながら飲むお酒は、妙にロマンチックになってしまう。

 暗くて見えないが、視線の先には湖が広がっているはずだ。

 手摺に持たれた腕から伝わる、ひんやりとした冷たさもまた気持ちが良い。

 雰囲気までもが俺を惑わしてくる。

 そして、彼女の声がそれまで感じなかった艶やかさで、俺の脳裏に吸い込まれて行く。


 その夜の彼女は饒舌であった。俺の心が分かるかのように時に静かに話したり、時に騒いでみたり。盛り上げ上手にもなり、聞き上手にもなる。

 彼女がたまに取る間も心地よく、ワインを飲みながらの他愛もない話をするだけで、俺はその雰囲気に次第に飲まれてしまい、「もしかして、意外といい子なのかも」と思いたい俺が居る。

 俺、どうしたんだろう?

 そんなことを思い始めた矢先である。


「相川さんは、優しいですね」

 しんみりと口にした彼女の一言が、清純派に扮した俺の心を大きく揺さぶって来た。それは、もう絶妙なタイミングで。

 

 それに、その筋のプロっぽさを感じた俺は、「拙いかも」と思い、それに飲み込まれまいと、彼女の不審な部分を思い出しては頭の中で復唱。

 いくつか引っ掛かっていることを、有耶無耶に出来るまでには至っていないはずと、自信にそう必死に言い聞かせる。


 それに、スーパーでの探し人が彼女であることはまず間違いない。そうなると、その彼女を探している彼が昨日電話で教えてくれた一言、”彼女に対する注意”が非常に気になって来る。

 彼女の裏にある顔が、ホントに俺に優しいとは限らない。それに、本当に優しい人であったとしても、優しさにも色々ある。

 俺は、必死に彼女には酔わない様にと自分を戒め、


「そうでもないと思いますよ。そう見えたとしたら、花織が辻本さんのことを気に入っているから、自然とそれに倣ってしまってるのかもしれないですね」

 その場は、それなりに交わす言葉を紡ぎ出すことには成功した。


<つづく>


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