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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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血の繋がり以上の1

 俺には既婚の兄が1人いる。

 頭の回転の速さ、知識量、状況認識の的確さと対応能力。あと、持久力に運動神経。何処をとっても俺とは似つきはしない兄だ。

 それに加えて、他人の能力を見抜いたり、それを上手く伸ばすことだて普通にやってのけてしまう。まさしく万能人。


 ”俺なんか一生をかけて努力してもきっと足元にも及ばないだろう”俺はずっとそう思って来たし、実際、その予想もミジンコ一匹分も外さずに終えてしまいそうである。


 きっと、兄は常に周りの人間がもどかしく見えてしまうのだろう、そう思う。間違いなく俺が兄の立場なら、ストレスで胃に穴が開いてしまうのではないか、そう思う。


 でも、だからと言って兄がイラついていたり、驕ったりするところを俺は見たことが無い。それどころか、他人を受け入れる器も大きければ、思いやりも深い。だから人望だって人一倍厚い。

 兄が言ったことはいつだって的確だったし、俺が困った時はいつだって助けてくれた。


 俺から見ると、本当に兄は俺と同じ人間なのだろうか?

 もしかすると、人間って何種類か存在するのではないか?

 そう思えてならない。例えば、タイプAとかBとか。或いは、第一形態、第二形態とか、そんな感じで。

 

 普通、そんな人物が自分の周りに一人いるだけでも珍しいと思う。

 だけど、俺の周りにはこの滅多にいない国宝級な人物がもう一人いたりする。

 で、その人物は?と言うと

 それは、兄が選んだ俺にとっての義理姉にあたる人だ。さすが兄が選んだ女性なだけはあると思ってしまう。


 彼女も俺がどう転げ回っても及びようがない、凡人の想像の範疇を軽く超えた人なのである。

 それは、兄とはちょっと違った意味にではあるけれど・・・。


 凡人の俺から見ると、彼女の思考の本体は、俺の頭上の斜め上、その遥か上空辺りにあるとしか思えない。

 何処から、何を見てるのだろう?そんな気がしてしまう。


 そんな特別過ぎる二人。俺は本人たちには言ったことは無いが、本当は俺とその周囲のダメな人間たちを助けに我が家系に入り込ん出来た、”宇宙人”ではないかと思っている。

 そして、多分その助ける筆頭が俺なのではないかと疑っている。これは、かなりマジで。

 

 その宇宙人の疑いのある兄だが、我が家系に紛れ込んでくれたのだから、当然のごとく俺とは全く別の遺伝子であり、もちろん血の繋がりもない。

 だけど、俺は血以上の繋がりが兄との間にはあると思っているし、きっと、兄もそう思っていてくれていると俺は思っている。


 偶然、俺と兄は世間一般で言う兄弟としては生まれはしなかった。だけど、それ以上の”必然”と言う目に見えない繋がりは、きっと俺が生まれる前からあったはずなのである。

 そうでないと、俺には納得出来ない事が在り過ぎてしまう。


 その兄との出会いであるが、それは俺が小学校に上がる直前にまで遡る。兄の母と俺の父の再婚が決まり、兄とその母が乗用車一台に積める程度の荷物のみで、父と俺の住む家にやって来た時のことである。

 その時、兄は高校3年生であった。


 当時、兄の家の生活はかなり苦しかっと聞いている。

 それは、既に他界していた兄の実父の闘病生活が、長かったことが原因であった。


 その為、兄の家は綱渡りの借金生活を強いられ、兄は高校に通いながらバイトをこなし、兄の母も朝から夜遅くまでパートの掛け持ちをして日々を凌いでいのであった。


 しかし、それでも二人の生活は日増しに苦しくなって行く。

 遂には大学進学希望だった兄も、高校の中退も考えなくてはならない程の状況にまで、追い詰められることになって行ったらしい。

 俺の父と、兄の母が仕事先で出会ったのは、そんな時であったのだ。


 結婚までの経緯には色んな偶然もあったらしいが、出会って3カ月後には、二人は籍を入れていた。

 急いで結婚したのは、兄の進学が理由の一つであったようだ。


 幾ら成績が良かったとは言え、高校中退を考えていたくらいである。当時の兄は、大学進学など夢のまた夢と殆ど諦めていた。

 しかし、優秀な兄の将来の為に、兄の母はどうしても進学をさせたかったのだ。一方俺の父も、俺の為に何とか母親をと思う気持ちが強かった。


 そして、そんなある日、そのお互いの状況を知る某人が、その二人を引き合わせたのである。

 その人のことを後に父はキューピーと呼んでいたが、それはマヨネーズ好きだからではなく、キューピットの間違いだと俺は思っている。


 因みに、その時点で二人は出会って2カ月弱、挨拶以外の会話はその時が初めてであったらしい。

 なのに何が根拠か不明なのだが、お互いに好意を抱いていると信じて疑わなかった父は、交際期間も全く無いままに自分の気持ちを、母にぶつけてしまうことに。

 謂わば、プロポーズの強行である。

 普通で考えると、ちょっとせっかち過ぎる行動である。それに、俺の知る父は、そんなタイプの人間ではない。


 それから考えると俺が思うに、この結びつきは二人の、いや四人の必然だったのではないのか?そんな気がしてならない。


 最初兄の母は、多額の借金があることから断るつもりで、父に借金のことを全て正直に話したらしい。

 真面目な兄の母は、父には好意はあったが、自分の負担を押し付け形になることは心苦しかったのである。


 しかし、それでも父の気持ちは全く揺らぐことが無かった。引きに引く兄の母を、押しに押しまくったのである。

 積極的な父のハートには一片の迷いも無かったのであった。


 そして、それから1カ月足らず。父の熱意は、兄の母の引け目を行き止まりにまで追い詰め、遂には涙のゴールテープを切るところにまで導くことになったのである。

 そこから、俺の記憶に母と言う存在が登場することとなる。


 当時、父と俺は祖父母と同居していたので、新たに母(ここからは母と呼ぶ)と兄の二人を加え、そのまま6人での生活を考えていた。しかし、実際に6人が集まると、家が狭い実情を痛感。直ぐに断念することに。

 それで、賃料の安い築30年と言う古い一軒家を見つけ、一家四人の生活が始まることとなったのである。


 母は借金を返す為に結婚後も働くことを希望していた。でも、父と祖父母(父の実父母)は、借金は自分達で何とかするから、俺が小さい内だけでも専業主婦でいて欲しいと母にお願いしたらしい。

 それに最初はそこだけは譲れないと、頑なだった母ではあったが、最終的にはその気持ちを理解し「ご厚意に甘えさせていただきます」と頭を下げて専業主婦を選ぶこととなった。


 そんな状況なので、俺は母と二人っきりになることが多かった。

 実の母の記憶の無い俺は、初めての母と言う存在に、最初はどう接して良いか分からなく戸惑うことも多かった。

 しかし、母の垣根の無い優しさは、俺の戸惑いを直ぐに解かしてしまっていた。

 俺が母に対して何の隔たりも感じなくなるまでには、そんなに時間を要しなかったと思う。


 それからの俺は毎日が楽しかった。当時、家での兄は自室で勉強ばかりしていたので余り話すことが無かったが、それでも弟と言う存在を受け入れてくれたのは俺も感じていた。

 両親の期待に応え方針を急遽変更した兄は、失いかけていた自分の道を取り戻す為に猛進していたのであった。


 そして1年後、努力の甲斐あって、兄は見事に志望の難関国立大学に合格。

 大学は自宅からの通学には少し遠かったので、兄は家を出て一人暮らし始めることとなった。

 と言っても、自宅からは二時間ちょっとだったので、講義とバイトの合間を縫って時々帰省はしていた。

 兄は、その度に俺にお土産を買ってきてくれていた。手ぶらで帰省することは一度たりとも無かった。

 俺はそんな兄の帰省をいつも心待ちにしていた。


 どこでどう知ったのか分からないが、兄は俺の欲しいモノ、必要なモノをタイミングよく買って来てくれたのである。

 きっと頭のいい兄は同居した一年間で、俺のことを既に掴んでいたのだと思う。


 そんな即席家族ではあったが、俺たち家族4人は仲が良かった。

 決して裕福とは言えなかったが、年に一度だけ夏休みには家族旅行にも出掛けていた。

 近場の一泊旅行ではあったが、兄も必ず帰省して参加をしてくれた。俺は、その旅行が一年で一番の楽しみであった。


 父も母も兄だって旅行を盛り上げる為、色んなイベントを考えてくれた。豪華ではない旅行を、余りある位に工夫で補ってくれていたのだ。


 やがて、そんな旅行も4回目を終える。そして、来年は2泊しようと言う話で盛り上がっていた。

 俺はその一年後が待ち遠しかった。毎日のようにその日のことを想像してワクワクしていた。

 

 なのに、あの日はやって来る。

 歳も明けて春が過ぎ、そんな幸せな日々が当たり前となっていた7月初めのことである。

 既に5回目の旅行の日程も決まり旅館の予約まで終えた、凄い暑い夏の日である。

 一本の電話と共に、その計画は簡単に流れてしまっていた。

 そして、その5回目の家族旅行が一生実施されないことが決まったのである。

 自動車事故であった。


 家には俺一人だけが残された。もちろん兄も直ぐに戻って来はしたが、葬儀が終わり数日を一緒に過ごすと、一旦、自分のアパ―トに戻って行ってしまっていた。

 ただ、祖父から後で聞いた話だが、全ての対処は兄が中心となって行ったとのことであった。


 それから間もなく、俺は祖父母と暮らしだした。

 俺は暫くの間は毎日が真っ白だった。日々の移り変わりが認識できないまま時だけが過ぎて行く、そんな感じだった。

 祖父母との会話も頷く以外は無かったように思う。

 そんな日々は坦々と流れて行った。


 そして、四十九日を目前にしたある日のことである。兄が連絡も無く、俺が預けられている祖父母の家にやって来たのである。初めて手ぶらであった。


 その時の兄の目は、今でも俺の脳裏に焼き付いている。


 父には兄弟がいなかった。母の祖父母も他界していた。母には妹がいたが、当然俺とは血のつながりはない。となると、この先俺は、決して裕福では無い祖父母と暮らす意外に選択肢は無いことになる、普通は。


 もちろん祖父母は俺に優しかったし、俺も祖父母のことは好きだった。だけど、好きだっただけに心苦しかった。

 既に母の借金の一部を肩代わりしていて余裕がないところに、子供が一人居候する訳である。

 父の生命保険もあったらしいけど、さほどの額では無いことは周りの話から耳に入っていた。

 当時、俺は小学校5年生となっていたので、それなりの空気は読めていたつもりである。


 兄と祖父母の話し合いが始まると、兄から席を外す様に言われ、俺は外に出た。

 長い話し合いだったと記憶している。それでも俺は何処に行くこともなくずっと家の前で待っていた。

 そして、時間は過ぎて行き、太陽が傾き、気温が少し落ち着き始めた頃である。いつの間にか外でぼーっと立っていた俺の後ろに兄が立って居た。

 それは、昼過ぎから始まった話し合いが終わったことを意味する。


 長身の兄が大きな手を俺の頭の上に乗せ、2,3度俺の頭を撫でて来た。そして、その大きな手が少し下ると、俺の肩を包んだ。

 温かさと、優しさと、強さを持った手だった。全てを委ねられる手であった。

 その兄が俺に一言だけ告げた。


「一緒に来るか?」


 俺はそれを聞いて、心に仕えていたものがスッと取れた気がした。それが俺の待っていた言葉だったような気がした。だから、

 

「うん」

 俺は迷わず声にしていた。

 それが、その日のお土産であった。

 初めて手ぶらで来た兄の、俺の心にしか映らない俺の一番欲しかったお土産であった。


 同居していた時から俺は兄を見上げていた。遠い存在の様に見上げていた。その兄をすぐ横で見上げて、俺は兄のとてつもない大きさを感じた。


 実はその日までの間、兄は俺を引き取る為の様々な準備をしていたのであった。

 アパートを俺と住める広さのところに替え、バイトも収入の良いとことに替え、更に彼女とも別れて・・・。

 兄は、俺の為に多くのことを犠牲にしてくれたのであった。


 同居が始まると、その兄は毎日の食事の支度をから掃除洗濯までを、ほぼ一人で熟してくれていた。

 俺を引き取った当初は、何度か祖母も身の回りの世話をしに来てくれてはいたが、それも数回のみであった。

 それは祖母が高齢であった為、兄が体よく遠慮したからである。兄は、それを続けることがかなりの負担になることを感じていたのだ。


 更に兄は、俺の参観日に運動会、その他諸々の学校行事や遠足の弁当作りでさえも平然とこなしてくれた。それが、あたかも通常の生活の中の一つであるかの様に。


 多分、偉大な兄はそう見えるようにしてくれていたのだと思う。

 それを、俺は一人暮らしを始めてからやっと気が付いた。そんなに簡単なことでは無い事だと。


 更に兄はバイトもこなしながら、通っていた大学も無事卒業するに至った。

 当時大学4年であったことが幸いはしたが、慣れないこととの両立で大変だったに違いない。


 そんなこんなで大変だった兄ではあったが、そんな兄にも卒業の少し前に援軍が現れることとなる。

 それは、俺と兄の同居生活が始まって、半年になろうとしていた歳明けのことである。


 その援軍は不意に俺の前に現れた。不意に現れて、俺に満面の笑みを向けて来たのである。

 俺はその笑顔を一瞬にして好きになっていた。好きになって直ぐに受け入れていた。何の不信感も抱くことは無かった。

 兄よりも少し若く見える、清楚で賢そうな女性の笑顔である。


 その女性こそが後に判明することになったが、兄が俺と同居することを優先したために別れた彼女であった。


 最初は兄の様子を窺いながら、コソコソ隠れて俺とだけコミュニケーションを取って帰って行くだけであった。

 しかし、その約一か月後には俺の応援と彼女の色んな戦略が実り、兄の居る時にもそれとなくやって来るまでになっていた。

 そして、更にその一か月後には、偶に身の回りの世話をそれとなく手を出すまでになっていた。


 そこまで来るとその頻度は急速に増して行く。

 兄が大学を卒業する頃には毎日のように堂々とやって来ては、積極的に色々と世話をしてくれるまでに至ることに。


 でも、そんな彼女も、決してどんなに遅くなっても我が家に泊まることはなかった。

 それが、生真面目な彼女のポリシーなのだと俺は認識した。


 そこからは、彼女の出現と俺の家事への進歩。それに、その後の兄の就職により生活は安定して行った。


 再び、楽しい毎日が俺の前に姿を現したのである。


<つづく>


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