反抗期(探し人1)
翌日の柔井沢高原二日目、俺はいつも通り朝7時に起きた。
リビングに行くとキッチンの方で音がする。今日の朝食の当番は俺のはず。
まさか俺の代わりに花織が?と思いながらキッチンを覗くと、そこに居たのは何処から探したのか、昨日俺が焼きそばを作る時に使ったエプロンを付けた辻本乃里であった。
彼女は、俺よりも先に起きて朝食の準備をしていたのである。
もちろん、それは全て俺が用意していた食料ではあるのだけど。
「おはようございます」
俺に向けて来る笑顔が朝陽以上に眩し過ぎて、俺はそれから思わず目をそらしてしまう。
それは、別に彼女どうこうと言うわけではなく、眩し過ぎる光は目に良くないと言う意識が、反射的に働いたから。ではないかと思う。
「あっ、おはようございます。昨日は眠れました?」
明るさに押されて、俺も自然に笑顔を形成してしまっている、主体性の無い俺。
「はい、あれから花織ちゃんと話がはずんじゃって。でも、1時頃には寝むったと思います」
寝室は二階に3部屋ある。俺が一部屋を使って、残りの二部屋の使用は花織に任せたのだけど、どうやら彼女は花織と同じ部屋で寝たようだった。
「あの~、勝手に朝食の準備をさせてもらっています。お口に合うといいんですけど」
彼女の用意しているのは、恐らくハムエッグと、レタスとフルーツの簡単なサラダ。そして、あるものを挟んで作ったサンドイッチ。俺の用意した二日分以上の食料は使っていると思われる。
二人分と考えて持ってきたのだから、予定をオーバーするのは当たり前ではあるのだけど、そんなに作らなくても・・・。
一方的に気を利かされてしまった俺は、その対応をどうしよう?と、咄嗟に悩んでしまう。どうするべき?かと。
そして、出した答えは「まあ、いっか~、好意と受け取ることにしよう」の無難な対応。
取りあえず、今日は明日の朝食の買い物に行かなければならないのはこれで決定となった。
「気を使わせちゃって、すみません」
「いえ、とんでもない。こんなにご親切にしていただいたのですから。
私には、このくらいのことしか出来ないので・・・。
ああ、コーヒー。今、淹れますね」
「いや、そこまでしていただかなくても・・・。自分でやりますから」
とは言ったものの既に彼女は淹れ始めている。行動が早いのは好感が持てるが、直ぐに目につかないところに置いておいたはずのコーヒーの場所まで把握しているのには引いてしまう。
因みに、彼女の淹れたコーヒーは、以外にもまあそこそこ、淹れ慣れてる感じがした。
俺がそれを飲みながら窓から朝の景色を眺めているうちに、花織が起きて来た。
「おはよう、パパ」
「うん、おはよう」
眠そうな目をしながらも、いつもの休日よりかなり早く起きたのは、きっと彼女が既に起きたのが分かったからだろう。
「あっ、乃里さん、おはようございます」
「おはよう、花織ちゃん」
花織の眠そうだった目がパッと覚めたのが分かる。
人当たりの良い花織としてはそれ自体は普通のことだけど、俺には一目でそれだけではなく、既に彼女が花織の心を掴んでいるのが分かってしまう。
以外とそこそこだった朝食を終え一段落をすると、俺は彼女を駅まで送ることを提案してみる。当然、歩いて行ける距離では無い。
ところが、彼女はどうやらお金が全く無いらしい。
「あの~、もし可能であればですが、お二人が帰る時に乗せて頂けないでしょうか。全然無理にでは無くて・・・。
財布もスマホも全てバッグの中に入れていて、そのバッグを失くしてしまったのでお金が無いんです。
あの~・・・もし宜しければなのですけど」
「何処で無くしたか分かります?」
昨日、手荷物を無くしたと言っていたので、「多分そうだろうなぁ」とは俺も思ってはいた。
「多分、車の中、いや、その前にごはんを食べたところかも、いやその後かもしれないし。良く分からないんです」
常に手にするバッグを失くしたにしては随分曖昧なことである。
「一緒に捜しに行きましょうか?」
本心からそう提案してみた。すると、
「いえ、それじゃあ、折角のお休みを私の為に台無しにしてしまうんで、それは後でも良いんです。そんなにお金も持ってなかったですから」
あっさりと、回避されてしまったような。
さあ、どうしよう? 交通費を貸すしかないかな?と思ったのだけれど、
「ねえ、パパいいでしょ。困ってるんだから泊めてあげようよ。
乃里さん、丁度、お盆はバイト休みなんだって。人が多い方が楽しいよね。帰る時に送ってあげればいいよ。家が○○町なんだって」
花織に援護されてしまうと、俺としてはそれを飲むしかない。
恐らく、お金を貸してそれを踏み倒されたとしても、その方がかなり安く済みそうである。
しかし、花織との関係改善と言う目的がある俺には、そこで俺の提案を強引に押す訳にもいかない。
「じゃあ、花織も居て欲しいみたいなので、良かったらどうぞ。
花織の言う通り、明後日俺たちが帰る時に送って行きますよ。○○町だったら、そんなに遠回りにもならないだろうし」
「えーっ!ホントですか!!いいんですか!!!有難うございます」
そう言うと、嬉しそうにチラッと花織と目を合わせる。
やはり、彼女はすっかり花織の心を掌握しているようである。もしかすると、昨夜出来上がった既定路線なのかもしれない。
そう思うと、今回の旅行は、彼女が花織の心を掌握したそのテクニックを盗むことが俺の目的になりそうな、そんな気がして俺は笑顔の裏で苦笑いをしてしまう。
取りあえず、その分の食料の買い足しも決定だし。
そんなことで麻緒が行けなくなって二人だけとなった旅行だったが、飛び入り参加の一人が加わり、結局当初の予定通りの三人となった。
それは、お互いの同意の上で決めたことなので、当人同士は了承済みだ。
でも、とは言っても彼女は昨夜知り合ったばかりの他人。
せめて俺のスマホで、実家にだけでも電話をするようにと提案してみた。
まだ若い女性だし、もしこの間に実家から彼女に連絡を取ろうとした場合、行方不明と言う解釈にもなりかねない。
常識ある大人としては、当然のことである。
しかし、彼女は実家への電話は親に心配させると言う理由から、頑なとも思える雰囲気でそれを遠慮して来る。一応、丁重な言葉遣いではあるけれど。
彼女は母子家庭らしく、今まで散々母親に迷惑を掛けたので、極力心配させたくないとのことらしい。
あまり意味が分からなかったが、それぞれの家庭の有り方があるので、無理を言うことでもないので、俺は取りあえず引き下がることにした。
ここまで来たら、後は余計なことを考え過ぎず、とにかく三人で楽しむこと、それが花織の心を開かせることに繋がるはずである。
少し状況は変わったが、朝食を済ませるといよいよ俺の立てた計画の実施だ。
でも、その前に彼女の靴に諸々を買いに行かなければならない。もちろん、これも気前の良い俺のお金。
早速、柔井戸の一番の繁華街に行き、靴屋らしきところを捜し出す。
中に入ってまず見るのは値札。もちろん、まちまちである。そこで、一応俺は彼女の好みらしきものを恐る恐る聞いてみた。
すると、彼女は俺に気を使ってか、店頭のワゴンの中から洋服に似合わない、一番安い小学生が学校で履くようなスニーカーを選んでくれた。
一応、常識はあるらしく俺は一安心。
であれば、こちらもそれなりの常識を見せなければならない。
男ならともかく女性が何の着替えも無しと言う訳には行かない。毎日女子高生と父子家庭をしている俺にとっては常識である。
俺は花織に5千円を渡し、今日からの二泊三日で、彼女が必要な最低限のモノを購入させることとした。
その間、彼女に気を遣わせない様に、俺は一人別行動をとり買い出しへと。
買うものは、もちろん今朝の朝食で予定外に使用した食料の補填。それと、一人分が増えたことによる追加食料の買い出しである。
既に俺は、靴屋を捜している間にコンビニより少しだけ広いだけのスーパーを見つけていた。
<つづく>




