反抗期(飛び入り参加)
シ~ンとした静かな車内に、エンジンだけが鳴り響いている。
助手席から聞こえるステップは、タップダンスよりもきめ細かい。
辺りは依然として建物は見当たらない。
灯りと言えば、疎らに灯る街灯とマイカーのライトのみ。
俺は汗びっしょりの掌でハンドルを握り絞め、異能があると信じ込んだ右足で僅かにアクセルを踏み続ける。
そこに到達するまでに、何とかその白い物体が消えてくれることを願いながら・・・。
ゆっくり走っていても自動車のスピードは、それなりに速い。あっという間に、その白い物体が直ぐそこと言うところへと。
そこで、ずっと凝視していた花織が、久々に声を出した。久々と言っても多分数秒のことだけれど。
「パパ、あ、足はあるみたい。あれっ、裸足かも?」
「足?何、足?
あっ、ホントある。うん、あるある」
それを知って、俺も少し安心。
でも、決して足があるからと言って決めつけはしない。その手のモノは今回が初見の経験値は全く無し。
間違いなく言えることは、その真意は噂の範疇と言う事のみ。
「靴?手で持ってるみたいだよね」
「うん、ホントだ。裸足だ、裸足」
つい意識が足にばかり言ってしまうが、花織の言ってることは理解はしている。
靴を手に持つお化け系統の話は、俺も聞いたことが無い。しかも手に持つパンプスのヒールが折れているのは、現実感もある。
これで俺の気持ちはかなり”生あるモノ”へと傾き始める。車内の温もりも肌で感じれるようになる。
だが、用心深い俺はまだ安心はしはない。
白く長い着衣に長い黒髪は、それだけでもインパクトがあるし。
車は更に近づく。
白い物体の振る手が激しくなる。
その姿はどう拒否しようが、こちらに向けてなのは間違いないい。
錯覚でなければ、声も発している気がするし、その声は気のせいか日本語のようにも聞こえる・・・。
車はあっという間に、白い物体の表情までが見えるところにまで到達してしまった。
その表情からは、悲壮と懇願が見て取れる。気がする。
さあ、そこで俺はどうするべきなのか?
もし本当にそれが現生のモノならば放って置ける場所ではないし、それが許される世間でもない。
しかし、もしそれが未知なるモノならば、接触後の俺たちは、この先どんな未来を見ることになるのか・・・いや、未来が見れるかどうかも分からない。
そんな思案が頭の中でぐるぐる駆け巡る俺。そこに、
「パパ、止めて!生きてる、生きてる!!
女の人だよ。止めて、ねえ止めて。多分困ってるんだよ!」
先んじて確信を得た花織が大声を上げる。
「わかったぁ!」
花織の声の大きさに釣られて、叫んでしまう俺。
やっぱり、そだよね。人だよね。そうそう、そうに決まってる・・・。
冷静ならば普通はそう思うはず。でも、俺は花織の声でやっと自縛から解放、俺のレベルはいつもの自分へと急上昇。近似値までに達することが出来た。
大まかな確信を得た俺は、車を止めて窓を開けた。
「ど、どう、どうしました?」
多少どもりはしたが、花織の手前、極力声は震わせない様に言ったつもりであるけれど、どう聞こえたことか・・・。
「すみません、乗せてもらえませんか?」
訴えるような目つきを俺に向けて来る。
「どちらに向かってますか?」
俺を話が分かる相手と思ったのか、女性はホッとした顔でこちらに向かって歩を進めて来た。
その様子から疑い深い俺も、やっと残っていた若干の不信感も消え、最悪の代物でないことを100%確信。
それでも未だ身構えたままの体は直ぐには反応出来すに、掌の汗が接着剤になったかのように、俺は意味なくハンドルを強く握ったままであった。
「わたしぃ、あの~わたし、ここで捨てられちゃったんです」
今にも泣きそうな声だけど、涙は出ていないような気がする。
「えっ、捨てられたって?」
捨てられたって、ゴミじゃあるまいし。俺は捨てられたと言う言葉に直ぐにピンと来ない。
それは言葉の意味じゃなく、その言い方にである。
でも、俺は彼女のその一言で完全に落ち着くことが出来た。
彼女も自分の言い回しに、俺がピント来ていないと感じたのか、言い方を変えて来た。
「乗って来た車に置いて行かれちゃったんです。お願いです、助けて下さい!」
「こんなところで?」
車どころか人っ子一人らない山の中。それも夜道を明かりも持たずに。しかもヒールの折れたパンプスを手に持つと言う状況。
そんな状況には、普通なかなかなるものではない。
それなのに、何故か俺は直ぐに行動に移せない。
多分、俺に下心の欠片でも生まれていれば、俺も直ぐにその女性を助けようと全力を注いだのかもしれないけど、残念ながら花織が横に居る状況では、そんな下心は枯れた泉も同然。
「パパ、取り敢えず、車に乗って貰えば」
「ああ、うん、そうだね」
確かに現生のモノであることが確認できた今、それが人の道である。
こんなところに、女性を置いたままにして通り過ぎる選択肢は普通有り得ない。
俺は、花織が押してくれた背中のおかげでやっとその行動に移った。
ルームライトを点け、俺は後部座席に乗るように彼女を促す。
車に乗った彼女は、安心したのか溜息を吐くと、何度も俺に向かって頭を下げて来る。
バックミラー越しの彼女は、若干ぽっちゃり目で見た感じは二十代半ば。
近くで見ると黒髪ではなく茶髪のロングヘアーで、白いワンピース姿。美人とまでは言えないが何処か人を惹きつけそうな謎の色気を俺は感じさせる。
まだ殆ど会話もしていないのに、俺がそんな感じを持ってしまうのは、きっと、彼女の口調と身のこなしからなのかもしれない。
車の中で聞いた話では、彼女の名前は辻本乃里。専門学校を卒業してフリーター5年目。実家を離れて一人暮らしだそうだ。
今日は、知り合ったばかりの男性と日帰りの予定で柔井沢高原に遊びに来ていたそうである。
色々聞きたかったことはあるが、別荘まではもう直ぐそこである。
こんな状況下で、直ぐに色々聞きまくるのもどうかと思い、取り敢えず詳しいことは別荘に行ってからと言うことにした。
探していた目印の看板も直ぐに見つけかり、そこから別荘までは5分程で到着。
別荘を見た彼女はその凄さに驚き、瞳に星を輝かせたのが印象的であった。それは俺も同じあったのだけど、招いた俺が驚いては体裁が悪い。
なので、何でもない普通の別荘であるかの如く対応をとることを心掛ける。
「えっ、ここ?
ここ何ですか?ホントに?」
「ええ、ここみたいですね」
「わ~、すごい、すごいですぅ」
彼女の感激が止まらない。
「じゃあ、中に入りましょうか」
「・・・」
「辻本さん」
「すごーい」
「辻本さん?」
「・・・」
別荘をウットリと見つめたままの彼女。
「え~と、辻本さん?辻本さん!」
「は、はい。すみません」
「凄い立派な別荘ですね」
「うちのじゃないんですけどね」
「でも、お知り合いのなんですよね」
「義理姉の実家がちょっと・・・」
「わー、凄いですね。お姉さん、お嬢様なんですね」
「本人には、全く自覚はないみたいなんだけど・・・、それよりな中に入りましょか」
「は、はい、すみません。お邪魔します」
思い出してみると、確かに俺が初めて会った頃の義理姉はお嬢様感満載で、世間離れしていると感じさせられることもしばしばであった。
だけど、それも日に日に無くなって行き、いつの間にか見る影も無し。逆に、俗世間の様々な部分に馴染み過ぎている気もする。
でも、この別荘を見ると、改めてお嬢様であることを再認識してしまう。
この別荘は、本庄家が3つ持つ別荘の内の一つ。
今春、以前持っていた別荘を売却し、少し離れたこの場所に新築したばかりのご主人自慢の別荘である。
総床面積は50坪を越える二階建て4LDKで、だだっ広いリビングにベランダ付きの檜風呂。更に、二階のデッキからは湖が見える。
俺は今回別荘をお借りしに行った時には、ここの自慢話を散々聞かされ、中に入らずともガイド並みに案内する自信がある程である。
言ってみれば、それ程ご主人自慢の別荘と言うことになる。
今回、俺はその別荘を自由に使って良いとの嬉しいお言葉を頂いた上に、ワインセラーにある手ごろな価格のワインは飲んでも良いとの太っ腹な心遣いまでを頂いてしまった。
流石は地主、地域の名士なだけあって、胴回りすらも俺ら庶民とは別世界の太さである。
俺は心底、その末席に親戚として加えて頂けたことに、この一か月間に何度人影で手を合わせ感謝したことか・・・。
「私の家なんか凄く貧乏で、別荘に入るの何て生まれて初めてです」
辻本乃里は、花織と一緒に感激に瞳を潤ませている。
「辻本さんは、確か、今は一人暮らしでしたよね。実家はどちら何ですか?」
「実家は狭いアパートなんですよ。私もその実家を離れて、もっと狭いアパートで7年一人暮らしなんです。もう、結構経つんですけど、まだ時々寂しくなっちゃうんですよね・・・」
お茶目そうに片目を瞑って口角を上げる。
返って来たのは、聞いたことと噛み合わない、”狭いアパート”アピールと取ってしまいそうな、そんな回答。
俺としては、特にそこが聞きたかったことでもないので、それは話の掴みとして突っ込まずに、それとなく流し確信に触れてみることに。
と、本当は話を持って行きたかったが、どうも核心に迫る前に何処かで話すがずれてしまう。
結局は、何を聞いても苦労話に行き着く事に。
彼女は実家を離れ、専門学校に通い始めてからは相当金銭的に苦したと見えて、その専門学校の挫折や、バイト先の苦労話ばかり。なかなか確信に話が進まない。
俺としては、
どうしてこんな状況になってしまったのか?
これからどうしたいのか?
そこだだけを詳しく聞きたかったのだけれど。
それでも、色々と話している内に次のような内容であることが分った。
彼女から聞いた部分を簡潔に纏めると、
彼女は、友人の付き合いで渋々行った合コンで、少しだけある男性と意気投合。
話も面白く優しそうだったので、その後、別途二人で食事に。そして、その場のノリでドライブに行く約束をついうっかりしてしまう。
彼女は自称嘘は吐けない性格らしく、今回、その約束を果たすべく柔井沢高原に来ることになった。
柔井沢高原に来てみると彼女もそれなりに楽しく、いつの間にか時間は過ぎてしまう。
すると、これから帰ると遅くなってしまうと言う理由で、男性が彼女に泊まりを迫って来た。だが、彼女としては当然それに応じることは出来ない。
その彼女の反応に急に怒りだした男性は、人気のない山の中まで車を走らせ、そこで彼女を強制的に車から降ろそうとする。
それに抗っては見るもののその迫力に負け、彼女はしぶしぶそこで車を降りることに。
そして、一人歩いて人気の有るところを探そすことに。しかし、土地勘のない彼女は道に迷ってしまい、時間だけが刻々と過ぎて行く。
そんな路頭に迷っている時に現れたのが、俺と花織だったとの事である。
因みに、手荷物は何処かで無くしたらしいとのことである。
元々、人を置き去りにして行くと言うことに敏感な花織は、この話を聞いて酷く怒りと同情を覚えたようだった。
俺は、自分の所有する別荘でも無いところに、見ず知らずの人を泊めるのはあまり気が進まなかったが、この時間からではホテルを探すのも難しい、それに、ここで花織の機嫌を損なうわけにもいかない。
彼女に対して思うところが無いた訳では無かったが、とにかく今晩は泊まってもらうしかない。俺はその結論に達した。
これからのことは、明日聞くことにして。
別荘に到着したのは、午後11時の少し前。
取りあえず、晩御飯を食べてない彼女の為に、俺は明日以降の食事として用意していた焼きそばを作り、彼女に食べてもらうことにした。
その間に彼女と花織にはシャワーを使ってもらい、その日は疲れたこともあって、彼女が食事を終えると直ぐに就寝することとなった。
<つづく>




