反抗期(掛け違い1)
幸先よく始まったはずの二人だけの旅行が、一転、こんな歓迎の出来ない事に巻き込まれてしまう。
招かざる偶然なんて、何処で拾ってしまうか分からない。
そして、その偶然の巡り合わせに対しての一つ一つの行動、いや、もしかすると気持ちの持ち方のちょっとした違いでもその先の人生と言うのは、大きく変わってしまうことがあるのかもしれない。
その時には、些細な出来事の一つとして通り過ぎたとしても。
この旅行の出来事にしても、過ぎてしまった今に思うと、その中の一つのような気がしてしまう・・・。
そもそも、この旅行は計画からすんなりと進んだ訳ではなかった。
それは、知らない内に俺と花織の間に生まれていた溝が、その頃にはそれなりに深くなっていたからである。
当初、その溝の原因となった花織の心の変化を、俺は単なる反抗期の訪れだと思い、花織のことだからそんなに長く続かないだろう。その内、自然に終わるだろう。そう思い込んでいた。
しかし、これは後で分かったことだけど、実はそんなに一過的な単純なものでは無かったのである。
そうとは思いもしない当時の俺は、その原因を知ろうとはしないまま、無駄に時間だけを費やしてしまう。
そのせいで、それが二年以上続いた頃には納まって行くどころか、出来でしまった溝は次第に深いものになって行ってしまったのである。
俺は、そこでやっと何か行動を起こさなければと思い焦り始めるも、何も思いつかない。
それでも、今度の俺は考え続けることは止めなかった。何もせずに時が解決してくれるのを待つだけなのは、もう止めようと思い。
そんな中、ふとこの旅行の実施を思いついたのである。
花織を連れ出すことは難しいとは思いつつも、少しでも花織の何かを知れれば良いと思う気持ちで・・・。
そんな俺も二年以上の間、花織の父親として全く何も知ろうとしなかった訳ではない。
反抗期って何なのか?
その根本的なところぐらいは理解しようとはしていた。
それが分かれば、きっと花織の今を知ることが出来、それを和らげることが出来るのではないか、そう思って。
俺自身にとっての反抗期はと言うと、そもそも反抗する相手事態がいなく、気が付けばその時期が過ぎ去っていた、そんな感じであった。
それは、只々、兄弟となってまだ日が浅い俺を養ってくれる兄に、感謝する日々でしかなったからだ。
だから、花織の感情に対して俺は感覚的に掴むことが出来なく、頭の中で”反抗期”事態が何なのか、そのことばかりを色々と模索していたのである。
そして、その辿り着いた答えが、「絶対的に服従していた大人の威厳に対して、その崩壊の始まりなのではないのか」と言うことであった。
絶対的だったものに心身ともに近づくことにより、今まで感じていた不満がぶつけられる存在になった証ではないだろうかと。
要は、”人間として大人に近づいた”証だと。
そうなると、それ程の不満を感じずに育った子供には、反抗期は存在しないことになるし、反抗期を迎えた子供たちだって、その後、絶対的だった大人に対し、思いやれるまでに成長してしまうと反抗期は終焉を迎えることになる。
だから、俺の場合は、反抗期が存在しなかったのは必然とも言えるし、時の流れと共に皆が自然にその終わりを迎えるのも当然の成り行きだと思う。
その考え方、それ自体は今でもあながち間違ってはいないとは思っている。
では、花織はと言うと。
中学2年生になった頃の花織は、きっとそこに差し掛かりつつあったのだろう。俺はそう考えた。
そして、時機に一回り成長した時、花織は元の花織に戻ってくれるのだろうと。
だから俺は、それに何らかの理由が含まれているのだとは思っても、それは俺や俺の回りの心を許せる者への漠然とした不満程度のものなのだろう、そう思い、その理由を真剣に探そうとはしなかったのだ。
もし、理由を探っていれば、花織の場合は対処のしようもあったのかもしれない。
今思えば、どうしてそうしなかったのかと、自分の思慮の浅さに腹が立ってしまう。
そのせいで二年以上も俺と花織の大事な時間が無駄に費やされてしまったし、もしかしたら、その後の日々にもそれなりの影響を与えてしまったのではないか?そんな気がしてならない。
今となっては、悔やむことしか出来ないが・・・。
その花織の反抗対象となったのは、麻緒に対してが一番多かったように感じられた。その少し前までは俺が嫉妬する程仲が良かったのに。
それを俺は良い意味で麻緒の方が俺よりも近い存在だから、気持ちを表現し易いのだと考え、自分の中で納得させていた。
でもそれは、俺に対してが一番酷く無かったことへの安心からだったのかもしれない。麻緒の心境を親身に考えもせずに。
その麻緒への態度は、次第に激しさを増して行った。
麻緒も最初はそれを何とかしようと努力をしていたが、それもやがて無理だと判断したのか、麻緒は花織を刺激しない様にと遠ざかるようになって行った。
その後は花織と顔を合わせても、作り笑顔を見せるだけとなってしまっていた。
そんな花織でも不思議と友達とは上手くやっているのは窺えた。学校にも不満は無さそうであった。
それは、花織と同級生の歩ちゃんの母、義理姉の後輩からの情報からなので、今までお世話になった情報の実績から言っても信用が出来るものであった。
そんな状況、以前なら真っ先に花織が師と慕う義理姉に相談していたところなのだけど、その時の彼女は兄の転勤に帯同して海外生活。直接会うことは叶わない。
それに30代も半ばとなった俺が、わざわざ国際電話で心配させるのも親として「どうなんだろう?」そんな気がしてしまい出来ず仕舞いになってしまった。
結局、俺が取った行動は、ただ花織を刺激をしないようにと、俺から麻緒を家に招くことを無くしたことのみ。
もちろん麻緒からも以前の様に、直接我が家に訪れることが無くなってしまったので、我が家は元の俺と花織の二人だけの日々となってしまった。
そうなると、麻緒が家事の一端を担っていた部分が空白になってしまうことになるのだが、そこは俺から何かを言った分けでもないのに、それに合わせたように率先して花織がやってくれていた。
後で思うと、敢えて麻緒の手を借りない様に花織がやっていたのだと思う。
そんな不安定な状況がその後一年以上も続き、花織の高校受験も間近に迫る。
その頃になっても、相変わらず花織の成績は文句の付けようがなく、進学する高校だって選り取り見取りな状況であった。
なので、そこについての心配は全くなかったが、普段の学校生活についてはその後どうなったのか俺は少し心配をしていた。
しかし、進路に当たっての三者面談で俺が学校に行った時も、担任の先生からは評価は学力だけに留まらず、生活態度までもがべた褒めで、依然として学校では人気者状態のようであった。
先生からは、常に笑顔で俺までもが称賛されてしまう始末であった。
それに反して、家での花織は殆ど口を開かなくなっていた。
自分の部屋に籠る時間も依然に比べ格段に多くなり、何か俺に対してもイライラしているようにも感じられた。
その頃から俺も”時間が解決する”だろうと言う安易な考え方が、間違っていると思い直すようになり、俺は解決に向けて頭を悩ますようになっていた。
不満が家庭にあるのは明らかなのである。でも、
一体、その不満の根源は何なのか?
どうしてそうなったのか?
俺には花織の回りで何が変わったか全く見当もつかなかった。
身勝手ながら、俺は自分に対する反抗が大きくなってから、その理由について考え出し始めたのである。
とは言いながら、今思うと”何とかしなければ”と考えながらも、実際には花織に触れることが怖くて、ただの頭でっかちであった気もする。
事が起こることを恐れていた俺は、直接花織と向かい合うことも出来ずにいたのだから。
そんな情けない状況なものだから、何度も何度も何とかしなければと考えはするも、気づいてみれば、いつも昔の楽しかった頃のことを思い出しては、懐かしさに浸ってばかり。
お茶目で無邪気で、大変だったことも多かったけど、それ以上に楽しいことも多かったあの日のこと。
数年前までは家には花織と麻緒が居て、帰るのがのが楽しみだったなあ・・・何て。
少しも前に進めない俺は、解決の糸口を探るために会社の先輩に聞いてみたりもした。
しかし、「親父なんてそんなもの。特段珍しい状況では無いよ」と言われ、それで終わり。
確かに、時々ある義理姉からの電話には、楽しそうに話しているし、年に一度の帰国の際はすっかり昔の花織に戻っている。
きっと義理姉が近くに居れば状況は違ったのだろう。
そう思ってしまうと、花織にとっての自分の存在価値は一体何なのだろうか?と、自分の存在を疑ってしまい、結局は自信を無くして終わってしまう。
<つづく>




