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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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反抗期(夏休み別荘へ)

 花織 高校一年生、夏休み・・・


「さてと、出発しようか。花織、忘れ物は大丈夫?」

 その問いかけに、


「持って行くものなんて、そんなにないから大丈夫だよ」

 と、助手席の花織からの返しは、いつも通り少しつれない。


 分かっていながらの出発前の確認。一応父親らしくしてはみたものの、返って来た応えは想像通り。当然、花織に限って忘れ物などある訳が無い。

 偶に忘れ物でもして慌ててくれた方が、気が楽なくらいに花織はしっかりしていたりする。


「ああ、そっか、そっか、そうだよね。そうそう・・・」

 これが、この1~2年のいつもと変わらぬ光景。

 それでも、今回は一緒に出掛けてくれるだけでもまだマシな方。

 「まあ、そんなもんだよな~」なんて思いながら、車を出そうとしたその時、


「それより、パパこそ大丈夫なの?」

 と、思いも掛けない切り替えしが返って来て、


 えっ、か、会話・・・続けていいの?

 と、驚きと興奮で一杯になるパパの俺。

 そうなると、出来る限り会話を続けたい欲求が頭の中で呻きすのが、寂しがり屋のパパの宿命。


「あっそうだ、忘れた!うさぴーの抱き枕!!・・・」

 何か面白いことを・・・と、咄嗟に頭をフル回転するも、焦って出した一言が我ながらつまらな過ぎる。



 「しまった」と思ったところでもう取り返しはつかない。

 声を張って言い放ってしまった恥ずかしさに顔は熱を持ち、ハンドルを持つ掌は汗で濡れる。それに反して心は冷え冷え。

 でも、ここで止めてしまっては、それがつまらないことであっても、意図することが伝わらない。返っておかしなことになってしまう。

 であれば、続ける以外の選択肢が俺には残ってはいない。


「あれが・・・無いと・・・」

 尻すぼみに小さくなる俺のトーン。苦しい。

 苦しいが、負けてはならない。ここは迷いも躊躇いも捨て、最後まで言い切るのが笑いの鉄則。とばかりに、笑えない笑いの為に努力を試みる。


「・・・パパ、一人で寝れないかも」

 言ってしまった、終いまで言い切った、その俺の努力は俺が認める。

 

 因みに、うさぴーとは花織が子供のころから大好きなウサギのキャラクター。高校生になっても花織はそのグッズを沢山持っていた。

 もちろん、そんなもの俺が持っている訳が無い。それどころか、その単語すら最後に口にしてから少なく見積もっても3年以上は経っていると思われる。


 俺は、ついうっかり口から出てしまった、つまらないボケに後悔しきり。

 すっかり冷たく固まってしまった体で、ぎこちなく車を出発させるのが精一杯に。


 冷え切って感じる車内で、チラ見するも花織は想像通りに無表情。

 どう考えてもこのつまらない会話に花織が乗ってくれるはずもない。

 きっと、これは聞こえない振りでスルーなのだろう。そう受け止め肩を落とす。



 寂しい、寂しいけど大丈夫、俺は大丈夫、これはいつものこと・・・

 心の立て直しに自己暗示の採用を開始。後は、時の持つ浄化作用に期待するのみと。

 そう諦めていたところ、それから少しの微妙な間の後に、


「じゃあ、パパ一緒に寝る?」

 何と、このつまらないボケに対し、何か月かぶりの、いや、数年ぶりかもしれない花織の心地よい突っ込みが車内に轟くが如く俺の耳に届いて来た。


 ”一緒に寝る”その御言葉。

 活舌良く、聞き違いの有りえないその言葉。


 もちろん寝たい。

 俺は寝たい。

 それは決してやらしい意味ではなく、もちろん我が子とのスキンシップとして・・・。


 思い出されるのは、花織が我が家にやって来た時。

 布団の半分も必要なかった幼かった頃、毎日、花織の頭を撫でながら、渾身の作り話を子守歌代わりにして眠らせていたあの時のこと。


 もしも花織もそのことを覚えていてくれての発言ならば、俺はバンジージャンプだって3分以内に飛んでみせるし、ドーバー海峡だって遊泳場所があるなら泳いで見せる。宝くじだって3,000円位だったら当てられそうな気がする。


 しかし、ここは嬉しくなって浮かれている場面ではない。気の利いた言葉の一つも返さなければ、この会話は終わってしまう。

 とは言っても、ここで気の利いた言葉の一つも思いつかないのが俺の言葉の貧困さ。



 結局、緊張した俺の口から咄嗟に出て来たのは、


「どうも、お気遣いありがとうごさいます」

 情けないことに、ご丁寧なお礼の定型句。この程度のボケで終了が精一杯。

 花織には鼻で笑われてしまうお粗末さ。


 ただ、幸いにもこの後もこんな感じに時は進み、自ら会話を振って来ることまでは無いものの、俺の問いかけに花織は誠意的に応えてくれてたし、それに、機嫌も最近になく良好であった。

 俺のつまらないジョークにさえも、顔は顰めながらもそこそこの笑顔では応えてくれていた。


 俺は、正直なところこの三泊四日の二人っきりの旅行で、花織との距離を縮めるどころか、旅行中に現状の関係を保ち続けることすら難しいだろうと、凄く心配をしていた。

 でも、この時点でその懸念も、取り越し苦労に終わるだろうと俺は感じていた。

 何となくだけど、いい旅行になりそうな、そんな気がしていた。


 心は久しぶりにウキウキしていたと思う。

 数年前の旅行のように・・・。


<つづく>


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